英国俳優80人が「声の所有権」要求|3秒で複製

伊東雄歩
監修者 伊東 雄歩

株式会社ウォーカー CEO。東北大学卒。MENSA会員、JDLA認定講師、健全AI教育協会理事。生成AI×教育・学習科学を専門とし、2億円超のシステム開発プロジェクトを統括。

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  • 英国の俳優80人以上が「声を法律で所有する権利」を政府に要求した
  • 今のAIは、わずか3秒の音声があれば本人そっくりの声を作れる
  • 英国の成人の28%が、すでに音声クローン詐欺の標的になったと回答している
  • デンマークは顔と声を著作権に近い権利で守る法改正を進めており、先例として注目されている
  • 日本でも法務省が2026年8月7日に「声の権利」の解釈指針を公表したが、罰則はない

留守番電話に吹き込んだひとこと。SNSに上げた15秒の動画。それだけで、あなたの声が知らない誰かの道具になるとしたら、どう感じますか。英国では80人を超える俳優が、政府に対して「声を法律で守ってほしい」と声を上げました。何が起きているのかを、順番にほどいていきます。

英国で80人以上の俳優が政府に要求したこと

キャンペーン名は「Save Our Voices Now」

2026年8月28日、英国で新しいキャンペーンが大きく報じられました。

名前は「Save Our Voices Now(私たちの声を今すぐ守れ)」です。

賛同したのは80人以上の俳優やクリエイティブ業界の関係者。ドラマ『ブリジャートン家』のニコラ・コクラン、コメディアンのマット・ルーカス、『ダウントン・アビー』のヒュー・ボネヴィルといった顔ぶれが名を連ねました。

発起人は俳優のピーター・コーフィールドさん。キャンペーンは英国のアンディ・バーナム首相宛の公開書簡と、政府サイト上の請願(せいがん=署名を集めて政府に要望する仕組み)という2本立てで動いています。

求めているのは「声の法的な所有権」

要求はシンプルです。すべての英国民に、自分の声を法律上「自分のもの」として持つ権利を与えてほしい、というものです。

名前や肖像(顔写真など)には、すでに一定の法的な保護があります。ところが声には、それに当たるはっきりした権利がありません。

コーフィールドさんはもうひとつ重要な指摘をしています。「声を使ってよいという同意を確認する責任は、プラットフォームとAI開発者側に置くべきだ」という主張です。

被害者が後から気づいて追いかける仕組みでは遅い。使う側が最初に確認しろ、という発想の転換です。

ちなみに公開書簡には、こうも書かれています。「私たちはAIに反対しているのではない。窃盗に反対しているのだ」。技術そのものを止めたいわけではない、という立場をはっきりさせています。

声はたった3秒で複製できる時代になった

必要なのは、ほんの短い音声だけ

コーフィールドさんはキャンペーンでこう述べています。「適切なAIシステムがあれば、わずか3秒であなたの声は複製され、盗まれ、まったく別の内容に作り変えられる。しかも本人は気づかない」。

3秒。電話に出て「もしもし、はい」と言うだけの長さです。

数年前まで、音声クローン(本人そっくりの合成音声を作る技術)には数十分から数時間の録音が必要でした。それが今は、SNSの短い動画1本で足りてしまいます。

狙われるのは有名人だけではない

「自分は有名人じゃないから関係ない」と思ったことはありませんか。

実は、標的は俳優や声優に限りません。

たとえば、地方に住む70代の女性のもとに、東京で働く息子の声で電話がかかってきます。「事故を起こしてしまった、今すぐお金が要る」。声も話し方も本人そのものです。この手口は、日本のオレオレ詐欺がAIで精度を上げた形といえます。

企業も無縁ではありません。中堅メーカーの経理担当者が出張中の社長から電話を受けます。「取引先への支払いを急いでほしい」。声は間違いなく社長のもの。後で確認したら、社長は電話などかけていませんでした。

3つ目は、もっと身近な例です。子どもが学校で撮った動画をSNSに上げたところ、その声を使ったいたずら音声が作られて拡散する。有名でなくても、素材はいくらでもネット上に落ちています。

英国成人の28%が「すでに標的になった」

キャンペーンが示した数字は、かなり生々しいものでした。

英国の成人の28%が、音声クローンを使った詐欺の標的になった経験があると回答しています。約4人に1人以上という割合です。

被害の規模は各国のデータからも裏づけられます。米FBI(連邦捜査局)の2025年インターネット犯罪報告書では、AI関連の詐欺相談が2万2000件を超え、被害総額は8億9300万ドル(約1300億円)に達しました。

さらに深刻なのは、この数字が氷山の一角だという点です。米議会の調査担当者は、音声クローン詐欺の被害者のうち、実際に被害を届け出るのは5%未満と見ています。

企業の被害も膨らんでいます。音声詐欺1件あたりの平均被害額は約68万ドル(約1億円)。デロイトは、米国のAI詐欺被害が2027年に年間400億ドル規模に達すると予測しています。

先例として注目されるデンマークの法改正

顔と声を「知的財産」として扱う

英国のキャンペーンが手本として挙げているのが、デンマークです。

デンマークは、人の外見や声を守るための新しい権利を法律に加えようとしています。2026年3月31日に施行される見込みで、著作権に隣接する権利(著作隣接権)として設計されています。

これがなぜ画期的なのか。従来、声や顔は「人格権」——つまり人としての尊厳に関わる権利として扱われてきました。デンマークはこれを知的財産の一種として作り直したのです。

知的財産になると、権利を他人に譲ったり、対価を取って使わせたりできる余地が生まれます。守るだけでなく、正当に売れる仕組みにもなるわけです。

一般人も対象になる

もうひとつ重要なのは適用範囲です。

デンマークの新しい権利は、有名人だけでなく識別できるすべての自然人(生きている個人)が対象になります。

本人の許可なくAIで作られた自分の姿や声について、削除を要求したり、賠償を請求したりできます。デンマーク国内で拡散された場合は、外国人にも保護が及ぶ設計です。

今ある対策と何が違うのか

「AI企業はすでに対策しているのでは」と思うかもしれません。実際、主要なサービスには一定の仕組みがあります。ただ、性質がかなり違います。

  • ElevenLabs(イレブンラボ):有名人など危険度の高い声の複製をブロックし、高精度な音声クローン機能を使うには技術的な本人確認を求めています。俳優保護団体と組んだ音声ID登録の取り組みも始めました。
  • OpenAI Voice Engine(ボイスエンジン):本人の明確な承諾なしのなりすましを利用規約で禁止し、生成音声には電子透かし(見えない識別情報)を埋め込んでいます。ただし一般公開はされていません。
  • その他の音声生成サービス:米消費者団体コンシューマー・レポートの調査では、複数のサービスが「私には複製する権利があります」というチェックボックスにチェックを入れるだけで使えたと報告されています。

ここに構造的な問題があります。

企業の自主ルールは、その企業が方針を変えれば消えます。守らない事業者には効きません。そして詐欺犯は、そもそも規約を守るつもりがない人たちです。

法律で「声は本人のもの」と決めることの意味は、ルールを守る企業への縛りではなく、守らない相手に対して被害者が使える武器を作る点にあります。英国のキャンペーンが自主規制ではなく立法を求めているのは、そのためです。

日本ではどうなっているのか

法務省が2026年8月に指針を公表

日本でも、ちょうど同じ時期に動きがありました。

法務省は2026年8月7日、生成AIによる肖像や声の無断利用について、民事責任の考え方をまとめた解釈指針を公表しています。

指針は、人の声を「個人を識別する情報であり、人格の象徴」と位置づけました。そのうえで、著名人が持つパブリシティ権(有名人の名前や姿が持つ集客力を独占的に使える権利)と、人格権から導かれる「みだりに利用されない権利」の両方で保護されうる、と整理しています。

日本のパブリシティ権は、2012年の最高裁「ピンク・レディー事件」判決で確立されました。今回の指針は、その枠組みをAI時代にどう当てはめるかを示したものです。

ただし「新しい法律」ではない

注意したいのは、これが立法ではないという点です。

今回の指針はあくまで、既存の民法・判例・不正競争防止法をどう解釈するかを整理したもの。新しい権利を作ったわけではなく、刑事罰もありません

この点で、デンマークの法改正や英国のキャンペーンが目指す方向とは、まだ距離があります。

声優たちは2024年から動いていた

民間の動きは、実は日本のほうが早い面もあります。

2024年10月、山寺宏一さん、梶裕貴さん、福山潤さんら26名の声優が参加した「NOMORE無断生成AI」が始動しました。日本俳優連合などが関わる取り組みです。

この運動も、英国のキャンペーンと同じ立場を取っています。AI技術そのものへの反対ではなく、同意のないまま学習・生成・公開されることへの反対です。

その後、日本俳優連合は「J-VOX-PRO」という音声データベース構想へ進みました。出演者の声を同意付きで登録し、電子透かしや音声の指紋技術で無断利用を検出する仕組みです。守るだけでなく、AI時代の新しい仕事の受け皿にする発想も含まれています。

よくある質問(FAQ)

Q1. 自分の声が勝手に使われたら、日本では何ができますか?

削除の要請と損害賠償の請求が考えられます。法務省の指針では、パブリシティ権侵害や人格権侵害として民事責任を問える場合があると整理されています。ただし刑事罰はないため、警察がすぐ動くとは限りません。

Q2. 有名人でなくても保護されますか?

パブリシティ権は「集客力」を前提とするため、一般の人には基本的に当てはまりません。ただし人格権から導かれる「みだりに利用されない権利」は、誰にでも認められうると整理されています。デンマークの新制度が有名人以外も明確に対象としている点とは、保護の入口が異なります。

Q3. 音声クローン詐欺を見抜く方法はありますか?

耳で聞き分けるのは年々難しくなっています。現実的なのは、声を信用しないルールを家庭や職場で決めておくことです。家族だけが知る合言葉を用意する、送金の依頼は必ず別の手段でかけ直して確認する、といった手順が有効です。

Q4. SNSに動画を上げるのはもう危険ということですか?

投稿をやめる必要はありませんが、公開範囲を限定する、家族の声が入った長い動画を不特定多数に見せない、といった調整で素材の入手難度は上がります。特に子どもの声は、本人が判断できないまま素材にされる点に注意が必要です。

Q5. 英国のキャンペーンは実現しそうですか?

現時点では公開書簡と請願の段階で、法案が出たわけではありません。ただしデンマークという先例があり、被害が一般市民にも及んでいるため、議論が進む土台はできています。焦点は、俳優の職業保護と市民の詐欺対策をひとつの法律で扱えるかです。

まとめ

  • 英国の俳優80人以上が「声の法的所有権」を求めるキャンペーン「Save Our Voices Now」を始めた
  • 今のAIは3秒の音声で本人そっくりの声を作れる。英国成人の28%がすでに音声クローン詐欺の標的になった
  • 同意確認の責任を、個人ではなくプラットフォームとAI開発者に負わせるべきだという主張が中心にある
  • デンマークは2026年3月31日施行見込みで、顔と声を著作隣接権として保護する。有名人以外も対象
  • 日本は2026年8月7日に法務省が解釈指針を公表したが、新法ではなく罰則もない。民間では声優主導の「NOMORE無断生成AI」やデータベース構想が先行している

まずは今日、家族と「電話で急にお金の話が出たら、必ずかけ直して確認する」という約束を決めておいてください。法律が追いつくまでの間、それがいちばん確実な防御になります。

参考文献