50万人の人力AIが9月終了|時給2.5ドル

伊東雄歩
監修者 伊東 雄歩

株式会社ウォーカー CEO。東北大学卒。MENSA会員、JDLA認定講師、健全AI教育協会理事。生成AI×教育・学習科学を専門とし、2億円超のシステム開発プロジェクトを統括。

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  • Amazonが2026年9月30日に「Mechanical Turk」を終了。2005年開始から21年の歴史に幕
  • ピーク時は50万人超が働いた「人力のAI」。ジェフ・ベゾス氏は「人工的な人工知能」と呼んだ
  • 終了の背景はAIの進化。2023年の研究では作業者の最大46%がAIツールを使っていた可能性
  • 後継はScale AI・Mercor・Prolificなど。Mercorは評価額3兆円規模まで急成長
  • 日本のアノテーション市場は年38%成長。単純作業から専門知識勝負へ移りつつある

1件たったの数円。そんな仕事を世界中の50万人が分け合っていた場所が、まもなく閉じます。AIブームを裏側で支えてきた「人力のAI」に、なぜ終わりが来たのか。誰が仕事を失い、需要はどこへ移るのか。日本の在宅ワークへの影響まで整理します。

アマゾンが「人力のAI」を9月30日に閉じます

Amazonが、20年以上続けてきたサービスを閉じます。

対象は「Amazon Mechanical Turk(アマゾン・メカニカル・ターク)」。世界中の人が数セント単位の細かい作業を請け負う、クラウドソーシング(ネット経由で不特定多数に仕事を頼む仕組み)のサービスです。

終了日は2026年9月30日。2005年の開始から、ちょうど21年での幕引きになります。

Amazonの説明はごく短いものでした。「私たちは定期的にプログラムやツール、サービスを評価し、その結果に基づいて調整を行っています」。評価の結果として閉鎖を決めた——公式に語られたのは、それだけです。

詳しい理由は明かされていません。ただ、業界の受け止め方はほぼ一致しています。AIが、この仕組みを不要にしたのです。

そもそもMechanical Turkとは何だったのか

名前の由来は「インチキなチェス機械」

この名前は、18世紀の見世物からとられています。

1770年、発明家ヴォルフガング・フォン・ケンペレンが「チェスを指す自動人形」を発表しました。トルコ風の衣装をまとった人形が、人間の名手を次々と打ち負かす。ヨーロッパ中が熱狂しました。

種明かしをすると、箱の中にチェスの強い人間が隠れていただけでした。機械のふりをした人間。それが「ターク(トルコ人)」です。

Amazonはこの名前をあえて選びました。皮肉というより、正直な自己紹介だったと言えます。

「HIT」と呼ばれた数セントの仕事

使い方はシンプルでした。企業や研究者が大きな作業を細かく分けて出す。世界中の作業者(ターカー)が、好きなものを選んでこなす。

この1件をHIT(Human Intelligence Task=人間の知能が必要な作業)と呼びます。

中身は、写真に写っているものへのラベル付け、音声や動画の文字起こし、アンケートへの回答、投稿内容のチェックなど。単価は1件あたり数セント、日本円で数円という水準が普通でした。

Amazonは依頼側から報酬の20%を手数料として受け取ります。1つの作業を10人以上に頼む場合は、さらに20%が上乗せされる仕組みでした。

ピーク時には50万人を超える作業者が世界中から参加していたとされます。

なぜ終わるのか——AIが人間を追い越した

2007年、ジェフ・ベゾス氏はこのサービスを「artificial artificial intelligence(人工的な人工知能)」と表現しました。

機械にはまだできない仕事を、裏で人間がこなす。だから「人工知能のふりをした人工知能」。当時としては、これ以上ないほど的確な言葉でした。

ところが今は、画像の分類も文字起こしも要約も、AIが数秒で片づけます。しかも人に頼むより安い。「機械にはできない作業」という前提そのものが崩れたわけです。

そして、もっと皮肉な話があります。

2023年にスイスの研究チームが調べたところ、Mechanical Turkの作業者のうち最大46%がAIツールを使って作業していた可能性が示されました。

人間に頼んだつもりの仕事を、その人がAIに投げていた。「人間らしさ」を買っていたはずの依頼者にとっては、致命的な指摘です。

研究の世界でも同じことが起きていました。心理学や社会科学では、アンケートの回答者集めにMTurkが定番として使われてきました。ところが2014年の調査では、回答者は中央値で300件もの学術調査に参加した経験があると答えています。「普通の人の反応」を測る場所としては、以前から無理が出ていたのです。

時給380円の現実——50万人はどこへ行くのか

Mechanical Turkには、長く指摘されてきた問題があります。報酬の低さです。

複数の研究が、作業者の時給の中央値を2〜2.54ドル(約300〜380円)と算出しています。米国の連邦最低賃金である7.25ドルの、半分にも届きません。

7.25ドルを超えて稼げていた人は、わずか4%だったという分析もあります。Pew Research Centerの調査では、回答者の52%が「時給4.99ドル以下」と答えました。

それでも、この仕組みを必要としている人がいます。

作業者を支援する団体Turkopticonのクリスタ・パウロスキ氏は、一部の人がフルタイムで生活の糧にしていると指摘しています。育児や介護、持病などで決まった時間に働けない人にとって、「好きな時間に、好きな量だけ」という働き方は代えがたいものでした。

体調が安定しない日は5件だけこなす。子どもが寝た深夜に3時間だけ働く。そうした使い方を20年間支えてきた場所が、9月末で消えます。

後継はScale AI・Mercor・Prolific|MTurkとの違いを比較

誤解しやすいのですが、人間の作業が要らなくなったわけではありません。要る作業の中身が入れ替わったのです。

いまAI企業が欲しがっているのは「誰でもできる単純作業」ではありません。医師、弁護士、金融アナリスト、熟練エンジニアといった専門家の判断です。AIの回答を採点し、間違いを直し、もっと良い答えを書いて見せる。そういう仕事に予算が集中しています。

主なプレイヤーを整理します。

  • Scale AI:2025年6月にMetaが49%を143億ドル(約2.1兆円)で取得。企業価値は290億ドル(約4.3兆円)規模とされる
  • Mercor:専門家とAI企業をつなぐ人材マーケット。2026年6月時点で年換算売上20億ドル、評価額200億ドル(約3兆円)での資金調達を交渉中と報じられた
  • Surge AI:外部からの資金調達をほぼ行わないまま、2024年の売上が10億ドルを超えたとされる
  • Prolific:学術調査の回答者集めに特化。回答者の質を担保することを売りにしている

MTurkとの決定的な違いは単価です。MTurkが1件数セントだったのに対し、こうしたサービスでは専門家に時給50〜200ドルが支払われることも珍しくありません。

市場調査会社Mordor Intelligenceは、AI向けデータラベリング市場が2026年に23.2億ドル、2031年には65.3億ドルへ拡大すると見込んでいます。

つまり、市場は縮んでいません。いちばん単価の安い層が、まるごと入れ替わったのです。

日本への影響は?クラウドワークスとアノテーション市場

MTurkは日本語の案件が少なく、国内での知名度は高くありませんでした。今回の終了で直接困る日本人利用者は、それほど多くないでしょう。

とはいえ、同じ変化は日本でも進んでいます。

クラウドワークスやランサーズには今、「AIアノテーション」という専用カテゴリが並んでいます。アノテーションとは、AIに学習させるデータへ正解の目印を付ける作業のことです。

ある市場調査では、日本のデータアノテーションツール市場は2024年の約1億9700万ドルから、2033年には約36億5200万ドルへ拡大すると予測されています。年平均38.3%という高い伸びです。

ここでも起きるのは、やはり二極化でしょう。

たとえば、これまで「画像に写っている車を四角で囲む」案件を受けていた在宅ワーカーを想像してみてください。この種の作業は、AIが下書きして人が確認するだけで済むようになりつつあります。1件あたりの単価は下がる一方です。

反対に、医療画像に所見を書き込める看護師、契約書の不備を指摘できる法務経験者、方言まじりの音声を正確に聞き分けられる人。「その人にしかできない判断」を持つ働き手の価値は上がっています

国内のアノテーション代行会社も、機密性の高い案件は国内で対面、単純作業は海外へ、といった使い分けを進めています。同じ「データ作業」でも、求められるものが分かれてきた証拠です。

よくある質問(FAQ)

Q1. アカウントを持っています。9月30日を過ぎるとどうなりますか?

Amazonは詳しい移行手順をまだ公表していません。一般的な備えとしては、口座残高を早めに引き出しておくこと、作業履歴や承認率などの評価データを自分でも保存しておくことが安全です。公式のお知らせは定期的に確認してください。

Q2. Mechanical Turkの代わりになるサービスはありますか?

AI学習データ関連ならScale AI、Mercor、Surge AIなどが受け皿になります。学術調査の回答者ならProlificが定番です。日本国内であれば、クラウドワークスやランサーズのAIアノテーション案件がもっとも近い選択肢でしょう。

Q3. AIが賢くなれば、人間のデータ作業は全部なくなりますか?

当面はなくなりません。AIは「自分より賢い答え」を自力では作れないためです。最先端のモデルを鍛えるには、その分野の専門家が書いた見本や採点がどうしても必要になります。ただし、誰でもできる作業から順に消えていくのは確かです。

Q4. 研究でMTurkを使っていました。データの信頼性は大丈夫でしょうか?

以前から議論がありました。同じ人が何百件も調査に答えている問題に加え、2023年の研究では最大46%がAIを使って回答していた可能性が示されています。過去のMTurkデータを論文で扱う場合は、収集した時期と品質管理の方法を明記しておくのが望ましいでしょう。

Q5. Amazonは、やめて損をしないのですか?

手数料20%のビジネスですが、単価が数セントの作業では、規模のわりに売上は大きくなりません。近年は競合サービスに作業者を奪われ、Amazon自身の投資も細っていたと報じられています。AI事業に資源を集中する判断だと見られています。

まとめ

  • Amazonは2026年9月30日にMechanical Turkを終了。2005年の開始から21年で幕を閉じる
  • ピーク時は50万人超が参加。1件数セントのHITがAI開発と学術研究を裏から支えた
  • 終了の背景はAIの性能向上。2023年の研究では作業者の最大46%がAI利用の可能性
  • 報酬は時給の中央値が2〜2.54ドルと低く、以前から批判が絶えなかった
  • 需要はScale AI・Mercor・Prolificといった「専門家型」へ移動。市場そのものは拡大中
  • 日本でもアノテーション市場は年38.3%成長の予測。単純作業と専門判断の二極化が進む

クラウドソーシングで収入を得ている方は、自分の資格や実務経験を活かせる案件へ軸足を移す準備を、今から始めてみてください

参考文献