AI合成写真で近大入試すり抜け|本人確認の限界

伊東雄歩
監修者 伊東 雄歩

株式会社ウォーカー CEO。東北大学卒。MENSA会員、JDLA認定講師、健全AI教育協会理事。生成AI×教育・学習科学を専門とし、2億円超のシステム開発プロジェクトを統括。

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  • 元塾講師がAIで自分と受験生の顔を合成し、近大入試の本人確認をすり抜けた事件の全体像
  • 英検の替え玉とAI顔合成を組み合わせた、二段構えの手口の流れ
  • なぜ試験官の目視チェックでは見抜けなかったのか
  • 2つの顔を1枚に溶かす「顔モーフィング」という技術のしくみ
  • 生体認証など、日本の大学や試験で進む替え玉対策と私たちへの影響

「写真と本人を見比べるだけ」。多くの入試では、いまもこの方法で本人確認をしています。でも、その写真がAIで作られた合成写真だったら、見抜けるでしょうか。2026年6月、近畿大学の入試でまさにそれが起きました。この記事では、事件の手口から、生体認証という新しい対策、私たちの生活への影響までをやさしく解説します。

何が起きた?AI合成写真で近大入試をすり抜けた事件

2026年6月9日、ある替え玉受験の事件が大きなニュースになりました。

逮捕されたのは、塾講師の野口瑞希容疑者(35)です。大阪市の「個別教室のトライ天王寺駅前校」で、業務委託の講師として働いていました。

容疑者は、教え子の男子受験生になりすまして入試をすり抜けました。そのときに使われたのがAIで作った合成写真です。

動機について、容疑者は「不合格者を出したくなかった」という趣旨の話をしているといいます。生徒思いの行動が、罪につながってしまいました。

容疑は偽計業務妨害罪(うそや計略で相手の仕事をじゃまする罪)などです。5月18日に逮捕され、その後、起訴されました。

どんな手口?英検の替え玉とAI顔合成の二段構え

今回の手口は、2つのステップに分かれています。順番に見ていきましょう。

ステップ1:英検を替え玉受験する

まず2025年9月、容疑者は教え子になりすまして英検を受けました。そして英検2級に合格します。

推薦入試では、英検などの資格が出願の条件や加点になることがあります。つまり、生徒に資格を持たせるための替え玉でした。

ステップ2:AIで顔を合成して出願する

次が2025年11月です。容疑者はスマートフォンのAIツールを使いました。

そして、自分の顔と男子受験生の顔を合成した1枚の写真を作ります。この合成写真を、近大の公募推薦入試の出願データに使いました。

試験当日には本人確認がありました。けれど不正には気づかれず、容疑者はいったん合格してしまったのです。

なぜ本人確認は見抜けなかったのか

「写真と顔を見比べれば、すぐバレそう」。そう思った人も多いはずです。なぜ見抜けなかったのでしょうか。

理由は、確認の方法にあります。多くの入試の本人確認は、試験官が目視(人間の目で見比べること)で行います。

関係者によると「初対面でぱっと見た程度では、写真の人物で間違いないと思ってしまう」といいます。短い時間で、初めて会う人の顔を見分けるのは、実はとても難しいのです。

しかも今回の写真は、2人の顔を混ぜたものでした。どちらにも少し似ているため、どちらが来ても通ってしまう厄介な作りだったのです。

では、どうやって発覚したのでしょうか。きっかけは家族でした。受験生の母親が学生証の写真に違和感を覚え、不正が明るみに出ました。最終的に、合格は取り消されています。

顔モーフィングとは?2つの顔を1枚に溶かす技術

今回のカギになったのが、顔を合成する技術です。専門的には顔モーフィング(複数の顔を1枚の画像に溶け合わせる技術)と呼ばれます。

2人分の顔の特徴を平均化し、どちらにも似た「中間の顔」を作ります。すると1枚の写真で、2人ともが本人だと主張できてしまいます。

これは入試だけの問題ではありません。世界では、パスポートやビザの不正にも顔モーフィングが使われ、国境の安全をおびやかすと心配されています。

こわいのは、その手軽さです。昔は専門ソフトと高い技術が必要でした。いまはスマホのアプリやサイトで、編集スキルがなくても作れてしまいます。

ある調査では、生体認証をだます不正のうち、5件に1件がディープフェイク(AIが作った本物そっくりの偽物)を使っていたといいます。AIに偽情報を送り込む「注入攻撃」は、1年で783%も増えたという報告もあります。

生体認証なら防げる?従来の確認方法との比較

事件を受けて、専門家からは新しい対策を求める声が上がっています。

大学入試学会の理事長で、東北大学の倉元直樹教授は「公正な入試のため、顔や指紋などの生体認証による本人確認システムの導入も検討すべきだ」と指摘しました。

生体認証とは、顔・指紋・声など、その人の体の特徴で本人を確かめるしくみです。従来の目視と何が違うのか、整理してみましょう。

  • 目視チェック:試験官が写真と顔を見比べる。費用はかからないが、人の判断にムラがあり、合成写真に弱い。
  • 顔認証システム:カメラがAIで顔を照合する。約1秒で判定でき、試験中の再チェックもしやすい。
  • ライブネス検知つき認証:写真や動画の偽物を見破る最新技術。微細な動き・血流・光の反射まで見る。

とはいえ、生体認証も万能ではありません。AIの進化で、顔だけでは本人の証明になりにくくなっています。調査会社ガートナーは「2026年には企業の30%が、顔認証だけでは信頼できないと考えるようになる」と予測しています。

そのため、これからは複数の方法を組み合わせるのが主流になりそうです。たとえば顔認証に、写真の偽物を見破るライブネス検知を足す、という形です。

日本で進む対策と、私たちへの影響

「自分には関係ない話」と思っていませんか。実は、生体認証はもう身近なところに広がっています。

たとえば、ある国立大学のリモート試験では、カメラの顔認証で本人確認をしています。試験中に何度も照合した結果、不正受験が前の年より70%減ったそうです。

国家資格の試験センターでも、顔認証カメラを入れたことで本人確認の時間が半分になり、不正ゼロを達成した例があります。1人ずつ目で確かめるより、ずっと速くて確実なのです。

学生証そのものも進化しています。TOPPANホールディングスは、顔認証つきのデジタル学生証を開発しました。2026年4月の入学生から使われ始め、2030年までに100校ほどへの採用を目指しています。

こうした流れは、受験生やその家族にも関わります。これからの入試では、会場のカメラに顔を映したり、スマホで顔を登録したりする場面が増えるかもしれません。便利になる一方で、自分の顔データをどう守るかも、大事なテーマになっていきます。

よくある質問(FAQ)

Q. AI合成写真は、誰でも簡単に作れるのですか?

はい、残念ながら手軽になっています。今回もスマホのAIツールが使われました。専門知識がなくても、サイトやアプリで2人の顔を混ぜた写真が作れてしまいます。

Q. 替え玉受験は、どんな罪になりますか?

今回は偽計業務妨害罪などで起訴されました。うそや計略で大学の入試業務をじゃました、と判断されたためです。発覚すれば合格も取り消されます。

Q. 生体認証を入れれば、不正は完全になくなりますか?

完全とは言えません。AIの進化で、顔だけでは見破れない偽物も増えています。だからこそ、顔認証にライブネス検知などを足した「組み合わせ」が重要になります。

Q. 自分の顔データを登録するのは安全ですか?

信頼できる運営なら、データは暗号化されて厳重に管理されます。ただし利用者側も、どんな目的で使われるかを確認する意識が大切です。

まとめ

今回のポイントを振り返ります。

  • 元塾講師がAI合成写真を使い、近大入試の目視による本人確認をすり抜けた
  • 英検の替え玉とAI顔合成を組み合わせた、二段構えの手口だった
  • 2人の顔を混ぜる「顔モーフィング」は、パスポート不正にも使われる世界的な脅威
  • 専門家は生体認証の導入を提言。ただし顔認証も単独では万能ではない
  • 日本の大学や試験では、顔認証やデジタル学生証の導入がすでに進んでいる

AIが作る偽物は、もう人の目では見分けにくくなっています。まずは「写真=本人とは限らない」という前提を、私たち一人ひとりが持つことから始めましょう。

参考文献

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