この記事でわかること
- 創業100年のカクヤスが抱えていた30年物のレガシーシステムの深刻な課題
- 450人月の工数を1ヶ月で突破した生成AI活用の具体的な手法
- AIに頼らず「データを資産化する」という現場の発想転換
- 日本企業61%が抱える「2025年の崖」問題の最新状況
30年物のシステムが企業を圧迫していた
カクヤス(現:株式会社ひとまいる)は、創業100年を超える老舗の酒類流通企業です。同社には、30年前に構築された巨大な基幹システムがありました。
このシステムは、VB.NETで書かれた2200個ものプログラムと、Oracleデータベース上に3000以上のテーブルを抱えていました。さらに、ストアドプロシージャ(データベース内で動くプログラム)が1200個以上に分散していたのです。
つまり、システム全体があまりにも複雑になりすぎて、誰も全体像を把握できない状態でした。保守には約450人分の作業が必要と見積もられ、機能を追加するたびに予期しないエラーが起きるリスクがありました。
このような「レガシーシステム」は、日本企業の61%が抱える深刻な問題です。経済産業省は、このまま放置すると年間最大12兆円の経済損失が発生すると警告しています。これが「2025年の崖」と呼ばれる社会課題です。
生成AIで1ヶ月の奇跡を起こした手法
カクヤスは、この巨大システムの解析にAmazon Bedrock上のClaude(クロード)という生成AIを活用しました。Claudeは、Anthropic社が開発した、人間のように文章を理解し会話できるAIです。
具体的には、以下のような手順で進めました。
- ストアドプロシージャ1200個を200個のフロー(処理の流れ)単位に整理
- AIで各プログラムの役割を解析し、不要な機能を特定
- 2200個のプログラムを800個まで削減
- AWS(EC2/RDS)のクラウド環境で本番とテストを連携
- わずか1ヶ月で動作検証を完了
従来なら450人月、つまり450人が1ヶ月かけるか、1人が450ヶ月(約38年)かかる作業です。それを1ヶ月で完了させたのは、まさに「AIによるレガシーシステム解析」の威力と言えます。
AIに頼らない「ある考え」が成功のカギ
興味深いのは、カクヤスの現場が思いついた「ある考え方」です。それは、「AIに全て任せるのではなく、データをシステムの資産として活用する」という発想でした。
つまり、単に古いシステムを新しいものに置き換えるだけでなく、30年分のデータに蓄積された業務ノウハウや顧客情報を、新たな価値として捉え直したのです。
たとえば、3000個のテーブルには、顧客の注文パターンや配送ルートの最適化など、長年の経験が詰まっています。これらを捨てるのではなく、AIと人間が協力して読み解き、次世代のシステムに引き継ぐという発想です。
同社は「AIとともに考える思考方法への移行」を目指すと表明しており、AIを道具として使いながら、最終的な判断は人間が行う姿勢を貫いています。
AWS Summit Japan 2026で実践事例を発表
カクヤスは、2026年6月25日に幕張メッセで開催された「AWS Summit Japan 2026」で、この取り組みを発表しました。
講演タイトルは「450人月の見積もりという30年のレガシーの呪縛を、Amazon Bedrockで1カ月で突破」。多くの企業が同じ課題を抱える中、この実践事例は大きな注目を集めました。
同社は、システム刷新の先に「社会的に必要とされ続ける1000年企業」を目指しています。中期経営計画では、自社・他社の商品を問わず受注・発送・請求を一体運用できる独自プラットフォームの開発を進めています。
他社でも進む生成AIのレガシー解析活用
カクヤス以外でも、生成AIによるレガシーシステム解析は広がっています。
たとえば、AlgoMaticという企業は、COBOLで書かれた口座管理プログラムを生成AIで解析し、設計書・仕様書・テスト仕様書を自動生成する技術を開発しました。COBOLは1960年代に作られた古いプログラミング言語で、銀行などで今も広く使われています。
NTTデータは、2000年代初期に作られたシステムで、StrutsからSpringへのコード変換を自動化し、大幅な工数削減を実現しました。
従来なら数週間から数ヶ月かかっていたシステム理解が、生成AIによって数日から1週間程度に短縮できるケースが増えています。
レガシー市場は2028年に1兆円規模へ
レガシーシステムのモダナイゼーション(近代化)市場は、2024年度に9458億円、2028年度には1兆円規模に達する見込みです。
日本企業の約2000社がSAP ERPという基幹システムを導入しており、サポート期限が迫る中で早急な移行対応が求められています。
しかし、多くの企業が「業務に手いっぱいで十分な要員を割けない」「既存システムへのこだわりを解消できない」といった理由で、刷新が進んでいません。
こうした状況で、カクヤスのように生成AIを活用して短期間で成果を出す事例は、他の企業にとっても大きな希望となります。
生成AIがもたらす開発現場の変化
生成AIのレガシーシステム解析への活用は、開発現場にどんな変化をもたらすのでしょうか。
まず、ドキュメント(設計書)が不足している古いシステムでも、AIがコードを読み解いて説明を自動生成できます。これにより、若手エンジニアでも、ベテランしか理解できなかったシステムを把握できるようになります。
次に、不要なコードや重複している処理を自動で検出できます。30年分の改修で膨れ上がったシステムは、実は使われていない機能が大量に含まれているケースが多いのです。
さらに、テストケースの自動生成も可能です。古いシステムを変更する際、どこに影響が出るかを予測し、テストすべき項目をリストアップしてくれます。
AIでも解決できない課題はある
ただし、生成AIが万能というわけではありません。
たとえば、業務ルールが複雑で、なぜそのような処理になっているのかがコードだけでは分からない場合があります。この場合、現場の担当者にヒアリングして、業務の背景を理解する必要があります。
また、AIが生成したドキュメントが必ずしも正確とは限りません。人間がレビューして、間違いや不足を補う作業は欠かせません。
カクヤスの成功も、「AIだけに任せなかった」点にあります。AIを道具として活用しながら、最終的な判断は現場の人間が行う。この姿勢が、1ヶ月という短期間での成功につながったのです。
中小企業でも活用できる可能性
Amazon BedrockやClaudeといった生成AIサービスは、大企業だけでなく中小企業でも利用できます。
Amazon Bedrockは、使った分だけ料金を払う従量課金制です。初期投資が少なく、小規模なシステムから試すことができます。
また、2026年4月にはClaude Coworkというデスクトップアプリケーションも登場しました。これは開発者だけでなく、営業や企画などの非エンジニアでもAIを活用できるツールです。
レガシーシステムに悩む中小企業も、こうした技術を活用すれば、大きなコストをかけずにシステム刷新の第一歩を踏み出せる可能性があります。
まとめ:AIと人間の協働が未来を開く
- カクヤスは30年物のレガシーシステムを、生成AI(Claude)で1ヶ月で解析した
- 450人月の工数を大幅に削減し、2200→800プログラムに整理
- 成功のカギは「AIに頼らず、データを資産化する」発想転換
- 日本企業61%がレガシーシステムを抱え、年間12兆円の損失リスク
- 生成AIによるレガシー解析市場は2028年に1兆円規模へ
- AIは道具であり、最終判断は人間が行うことが重要
- 中小企業でも従量課金で利用できる可能性がある
レガシーシステムの刷新は、日本企業にとって避けられない課題です。しかし、カクヤスの事例が示すように、生成AIという新しい技術を活用すれば、これまで不可能だったスピードでの解決が可能になります。重要なのは、AIに全てを任せるのではなく、人間とAIが協力して最適な道を見つけることです。

