- 政府が2026年8月25日、生成AI事業者向けの「プリンシプル・コード」を策定した
- 柱は3つ。学習データの概要公開、権利者への回答、利用者への回答
- 日本に拠点がない海外企業も、日本向けにサービスを出していれば対象になる
- 罰則はなく「コンプライ・オア・エクスプレイン(守るか、守らない理由を説明するか)」方式
- 日本新聞協会は実効性を疑問視し、守らない事業者が出れば法制化を急ぐよう求めている
自分の描いたイラストや書いた記事が、いつのまにかAIの学習に使われている。そんな不安を抱えたことはありませんか。日本政府がついに、AI事業者に「学習データを説明してください」と求めるルールを決めました。ただし罰則はゼロです。何がどこまで変わるのか、やさしく解きほぐします。
政府が決めた「プリンシプル・コード」とは何か
2026年8月25日、内閣府が「生成AIの適切な利活用等に向けた知的財産の保護及び透明性に関するプリンシプル・コード」を策定しました。
プリンシプル・コードとは、直訳すれば「原則の規範集」です。法律ではなく、事業者に自主的に守ってもらう行動のルールブックだと考えてください。
ねらいははっきりしています。生成AI(文章や画像を自動で作るAI)が、漫画・音楽・新聞記事などを無断で学習しているのではないか、という不信感を減らすことです。
パブコメを経て正式決定まで8カ月
案が最初に公表されたのは2025年12月26日でした。意見公募(パブリックコメント)は2026年1月26日まで行われました。
そこから約7カ月かけて議論が重ねられ、8月25日の決定にたどり着いています。生成AI分野の知財保護に特化した国内初のルール整備という位置づけです。
政府は運用状況や海外の動きを見ながら、必要に応じて中身を見直す方針も示しています。作って終わり、ではないということです。
3つの原則を、かみくだいて解説する
コードの中身は大きく3本の柱に分かれます。順番に見ていきます。
原則1:ウェブサイトで「概要」を常時公開する
事業者は自社サイトに、AIについての基本情報を公開します。
具体的にはモデルの種類、ライセンス、学習の方法、学習データに関する事項などです。知的財産の侵害を防ぐ技術的な対策をしているかどうかも書きます。
ウェブ上のデータを自動で集めるプログラム(クローラー)の概要を公開することも求められます。誰でも見られる形にしておく、というのがポイントです。
原則2:権利者からの照会に答える
漫画家や音楽家、新聞社などの権利者が「自分の作品が学習に使われたか知りたい」と申し出るケースがあります。
訴訟などの法的手続きを実際に進めている、あるいは準備している権利者から開示請求があった場合、事業者は回答します。
答える内容は、照会されたURLなどの情報が学習データセットに含まれているかどうかです。学習データを丸ごと公開するわけではありません。
原則3:AIの利用者からの照会にも答える
3つ目は、AIを使った側からの質問への対応です。
生成した画像や文章が、既存の作品にそっくりだった。そんなとき利用者は、元データが学習に含まれていたかを事業者に尋ねられます。
ただし条件がつきます。法的手続きに使わないことなど、一定の枠が設けられています。
誰が対象で、誰が対象外なのか
対象は、文章・画像・音声などを生成するAIの開発者と提供者です。
注目すべきは国境の扱いです。日本国内に本店や主たる事務所を持たない事業者でも、日本向けにAIシステムやサービスを提供していれば対象に含まれます。
つまり米グーグルやOpenAIのような海外の巨大企業も、日本のルールの射程に入るということです。
対象から外れるケース
一方で、すべてのAI開発が対象になるわけではありません。
コードは「第三者の権利を侵害する可能性が著しく低い」システムを除外しています。統計的な数値だけを出すようなシステムがこれにあたります。
専門家の分析では、受託開発で一般公開しないケースや、特定企業の中だけで使う業務特化モデルも対象外と整理されています。自社の立ち位置がどちらなのか、まず線引きを確認する作業が要りそうです。
罰則ゼロで本当に効くのか
ここが最大の論点です。このコードに法的な強制力はなく、罰則規定もありません。
採用されたのは「コンプライ・オア・エクスプレイン」という方式です。原則を実施するか、実施しないならその理由を説明するか、どちらかを選ばせます。
行政は個別に審査しません。代わりに原則の受け入れを表明した事業者の一覧を公表する建てつけです。名前が載るかどうかが、事実上の通信簿になります。
新聞協会は「改善なければ法制化を」
日本新聞協会は2026年1月26日、コード案に対する意見を公表しました。
協会は「法定ルールではなく、強制的な開示や罰則を伴わないことから、事業者が順守するか不透明だ」と指摘しています。
そのうえで、守らない事業者が出た場合は法制化を迅速に検討するよう求めました。学習データだけでなく知識データも開示対象にすること、クローラーの偽装やAPI経由での取得も含めることなども要望しています。政府調達や補助金の条件に組み込むインセンティブ案も提示しました。
技術面の壁もある
実務上の課題も指摘されています。すでに構築済みの大規模モデルでは、学習に使った個別URLのログが保存されていない場合があるのです。
記録が残っていなければ、権利者から照会が来ても「含まれているか分かりません」としか答えられません。
そのため効果は新しく作られるモデルが中心になり、過去の紛争を抑える力が働くまでには時間差が生じる、という見方が出ています。
EUのルールと比べると位置づけが見える
海外の動きと並べると、日本の選択がくっきりします。
EUのAI法では、汎用AIモデルの提供者に対し、学習に使ったコンテンツの「十分に詳細な要約」を作成・公開する義務が課されています。所定のテンプレートに沿って出す必要があり、これは法律上の義務です。
対する日本は、法律ではなく自主規範を選びました。営業秘密や安全保障に関わる機微な情報の強制開示は求めず、罰則も置いていません。
- EU:法的義務。学習コンテンツの詳細な要約を定型フォーマットで公開
- 日本:自主規範。概要公開+照会対応の3原則、罰則なし
- 共通点:どちらも「権利者が権利を行使しやすくする」ことが目的
強制力で見ればEUが上、事業者の負担の軽さで見れば日本が上です。AI開発を萎縮させたくない日本政府の姿勢が、この差ににじんでいます。
日本のクリエイターと企業に、何が起きるか
抽象的な話が続いたので、具体的な場面で考えてみます。
ケース1:絵柄を真似された漫画家
個人で活動する漫画家が、SNSで自分そっくりの画風のAI画像を見つけたとします。
これまでは、学習に使われた証拠を自力で探すしかありませんでした。争おうにも入り口がなかったのです。
今後は、訴訟の準備を進めているという前提で、自作品のURLを示して事業者に照会できます。「含まれているか否か」への回答が、交渉や訴訟の最初の手がかりになります。
ケース2:販促バナーを作った会社員
中小企業のマーケティング担当者が、生成AIで新商品のバナーを作りました。社内で共有したところ、同僚が「これ、どこかで見たイラストに似ていませんか」と指摘します。
公開してから権利者ともめれば、回収や謝罪のコストは何十万円単位になりかねません。
原則3があれば、公開前に事業者へ問い合わせるという選択肢が生まれます。使う側のリスク管理が、ぐっと現実的になります。
ケース3:自社モデルを開発するSaaS企業
社内文書だけを学習させた業務用AIを開発している企業もあります。この場合、外部に提供していなければ対象外と整理される可能性が高いと考えられます。
逆に、そのAIを顧客向けに販売する計画があるなら話は別です。コーポレートサイトに開示ページを用意し、照会に応じる窓口を作る準備が必要になります。
窓口の運営には人手がかかります。専門家からは、大量の照会が寄せられて実務が回らなくなるリスクを心配する声も上がっています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 学習データそのものが全部公開されるのですか?
いいえ。公開されるのは学習方法やモデルの種類といった概要です。個別の照会に対しても、答えるのは「そのURLの情報が含まれているか否か」などに限られます。データセットの中身をすべて公開する仕組みではありません。
Q2. 個人のイラストレーターでも照会できますか?
原則2は、訴訟などの法的手続きを行っている、または準備している権利者を想定しています。企業か個人かで線引きはされていません。ただし手続きの準備という前提があるため、気軽に問い合わせる窓口とは性質が違います。
Q3. 事業者が無視したらどうなりますか?
罰金などのペナルティはありません。ただしコードを受け入れた事業者は一覧で公表されるため、名前がないことが取引先や利用者への説明材料になります。新聞協会は、無視する事業者が続くなら法制化を検討すべきだと主張しています。
Q4. 海外のAIサービスを日本で使う場合も関係しますか?
関係します。日本に拠点がなくても、日本向けにサービスを提供していれば対象です。ただし実際にどこまで応じるかは各社の判断次第で、ここが実効性の焦点になります。
Q5. すぐに何か対応が必要ですか?
生成AIを開発・提供している企業は、まず自社が対象かどうかの確認から始めるのが現実的です。対象なら、開示ページの整備と照会対応の体制づくりが次の一手になります。利用者側は、業務で使うAIサービスが開示情報を出しているかをチェックしてみてください。
まとめ
- 2026年8月25日、内閣府が生成AI事業者向けの「プリンシプル・コード」を策定した
- 3原則は、概要の公開・権利者への回答・利用者への回答
- 日本向けにサービスを出す海外企業も対象。侵害リスクが著しく低いシステムは対象外
- 罰則はなく、受け入れ表明した事業者の一覧公表で実効性を担保する設計
- EUは法的義務として詳細な要約の公開を求めており、強制力の差が大きい
- 日本新聞協会は実効性に懸念を示し、必要なら法制化を急ぐよう求めている
まずは自分が使っている、あるいは提供しているAIサービスの公式サイトを開いて、学習データに関する開示があるかを確かめてみてください。それが、このルールが機能しているかを測る一番わかりやすい物差しになります。

