国産AIチップ拒めば裏切り者|中国の号令

伊東雄歩
監修者 伊東 雄歩

株式会社ウォーカー CEO。東北大学卒。MENSA会員、JDLA認定講師、健全AI教育協会理事。生成AI×教育・学習科学を専門とし、2億円超のシステム開発プロジェクトを統括。

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  • 中国の丁薛祥(ディン・シュエシャン)副首相が「国産AIチップの採用を拒む者は裏切り者だ」と警告したと報じられました
  • きっかけは2025年夏、ファーウェイが非公開の場で伝えた「3年以内にAIチップは自給できる」という説明です
  • 中国のAIチップ自給率は2023年の約20%から2026年には40%超へ、3年で倍増しました
  • それでも企業がためらう最大の理由は、性能ではなくCUDAという「ソフトの壁」です
  • 日本の半導体製造装置メーカーにとっては、追い風と逆風が同時に吹く展開になります

「うちの会社、このチップ使わないと国に睨まれるかも」。もしそんな空気の中で仕事をすることになったら、どう感じるでしょうか。いま中国のAI企業で、それに近いことが起きていると報じられました。国のナンバー3に近い人物が発した「裏切り者」という一言が、世界のAI業界に波紋を広げています。何が起きたのか、順を追って見ていきます。

中国副首相の「裏切り者」発言、何が報じられたのか

発言の主は習近平氏の側近

2026年7月25日、複数のメディアが米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の報道を引用して伝えました。

発言したとされるのは、中国の丁薛祥(ディン・シュエシャン)副首相です。

習近平国家主席の側近として知られ、国の科学技術政策を束ねる「中央科学技術委員会」のトップを務めています。中国の技術戦略を実質的に指揮する立場の人物です。

その丁氏が、国内のAI企業に対して「国産AIチップの採用を拒む者は裏切り者だ」という趣旨の警告を発したと報じられました。

「お願い」ではなく「踏み絵」に変わった

ここが重要なポイントです。

これまで中国政府の国産チップ推進は、補助金や優遇税制といった「アメ」が中心でした。

ところが今回の発言は、企業の選択を愛国心の問題にすり替えています。性能や価格で選ぶという当たり前の判断が、忠誠心を測る踏み絵になってしまうわけです。

AIチップ(AIの計算を高速にこなす専用の半導体)をどこから買うかは、本来なら経営判断です。それが政治判断に変わった、という点でこのニュースは重い意味を持ちます。

きっかけはファーウェイの「3年で自立できます」

なぜ中国政府はここまで強気に出られるのでしょうか。背景には、ある非公開の説明会があったとされます。

WSJによれば、2025年の夏、ファーウェイが丁副首相を招いて自社の最新AIチップを説明しました。

その席でファーウェイが伝えたのが、「中国はAIの主要分野で3年以内に自給自足を達成できる」というメッセージです。

米国が中国向けの先端AIチップ輸出を厳しく制限してから、すでに3年以上が経っていました。打つ手を探していた政策責任者にとって、これは最も聞きたかった言葉だったと報じられています。

この説明会を境に、丁氏は国産チップ推進に一段と前のめりになったとされます。つまり今回の「裏切り者」発言は、思いつきの一言ではなく、国家戦略の温度がそのまま出たものと見るべきです。

数字で見る、中国の国産チップはどこまで来たか

威勢のいい発言の裏で、実力はどこまで育っているのでしょうか。具体的な数字を並べてみます。

  • 自給率は3年で倍増:モルガン・スタンレーの試算では、中国のAIチップ自給率は2023年の約20%から2026年には40%超に上昇しました
  • 量産計画:ファーウェイは主力の「Ascend 910C」を2026年に約60万個生産する計画とされ、これは前年比でおよそ2倍にあたります
  • 出荷総数:JPモルガンは、ファーウェイとカンブリコン(中科寒武紀科技)の2社だけで2026年の出荷が100万個を超えると予測しています
  • プレーヤーの層:出荷または受注が1万枚を突破した中国のAIチップメーカーは、すでに9社以上に達しました
  • 地方政府の目標:主要な地方政府は、2027年までにデータセンター向け半導体の国産比率を70%超に引き上げる方針を掲げています

数字だけを見れば、勢いは本物です。

ただし死角もあります。60万個という生産計画を実現するには、製造を担うSMIC(中芯国際)の先端ラインの15〜20%をAIチップに回す必要があるとされます。

しかも歩留まり(作った製品のうち良品になる割合)は50〜60%程度と推定され、TSMCの80〜90%に見劣りします。10枚作って4枚を捨てている計算です。作りたいだけ作れる状態には、まだ届いていません。

国産チップとNVIDIA、実際どれだけ違う?

気になるのは中身の実力です。代表的なチップを比べてみます。

  • Ascend 910C(ファーウェイ):FP16で約800TFLOPS、メモリ96GB、帯域は毎秒3.2TB。NVIDIAのH100と比べて8割前後の性能とされますが、実際の推論作業では6割程度という評価もあります
  • Ascend 950PR(同):FP4で1.56PFLOPSを実現。年内に登場予定の950DTはメモリ144GB、帯域は毎秒4TBに強化されます
  • NVIDIA H200:2026年1月14日に米国が対中輸出を正式承認。ただし第三者機関の検査が条件で、対中出荷は米国顧客向け総量の50%以内に制限されます

ここで見落とせないのが、米国側の動きです。

H200の輸出解禁の翌日、トランプ大統領は同じチップに25%の関税を課しました。買えるようにはなったけれど、割高になった、というのが中国企業から見た現実です。

解禁の狙いについて、米政権のAI担当高官は「先端チップを売った方が、ファーウェイのような競合が本気で追いつこうとする動機を削げる」と説明しています。国産化を加速させないための、あえての開放というわけです。

企業が本音でためらう理由は「CUDAの壁」

性能差が縮まっているのに、なぜ中国企業は国産チップへの全面移行をためらうのでしょうか。

答えは、チップそのものではなくソフトウェアにあります。

NVIDIAにはCUDA(クーダ)という開発基盤があります。2007年に登場し、登録開発者はいまや400万人を超えました。世界中のAI開発は、この上に積み上げられてきたのです。

ファーウェイにも「CANN」という対抗基盤がありますが、開発者からは移植の手間や性能低下の報告が絶えません。

長年住み慣れた家から、間取りの違う新居へ引っ越すようなものです。家具は運べても、置き場所を一から考え直す必要があります。

ファーウェイもこの弱点は自覚していて、CANNとフレームワークのMindSporeを2026年末までにオープンソース化すると表明しました。新版のCANN NextではPyTorchの推論コードの約8割がほぼ手を加えずに動くとされます。

その結果、中国企業の多くが選んでいるのが折衷案です。手間のかかる学習はNVIDIAで、量をこなす推論は国産チップでという使い分けが定着しつつあります。

現場で起きている3つの光景

抽象的な話に聞こえるかもしれないので、実際の動きを挙げます。

ひとつめは、動画アプリを運営するByteDance(バイトダンス)です。2026年にファーウェイ製チップへ56億ドル(約8400億円)を投じる計画とされ、国内最大級の買い手になりました。

ふたつめは、生成AIサービスの運営現場です。中国発の大型モデル「Kimi K3」は公開直後にアクセスが殺到し、GPU不足で新規申し込みを一時停止する事態に陥りました。チップ不足は研究所の話ではなく、ユーザーが今日使えるかどうかに直結しています。

みっつめは、データセンターの調達現場です。中国では国家主導の大型データセンター整備で国産チップ採用が事実上の条件となり、海外製が締め出される流れが強まっています。設計担当者は、性能表よりも先に産地を確認することになります。

日本にとっては追い風か、逆風か

遠い国の話に見えて、日本にも直接はね返ってきます。

まず追い風の側面です。中国がチップを自前で作ろうとすれば、その製造に使う装置や材料が大量に要ります。ここは日本勢が強い領域です。

国内最大手の東京エレクトロンは、2024年度の中国向け売上高が1兆円を超え、全体の約4割を占めました。信越化学工業などの材料メーカーにとっても、中国の投資拡大は需要そのものです。

一方で、逆風もはっきり見えています。

日系の半導体製造装置5社の中国向け販売は、すでに1割ほど減少しました。中国が装置そのものの国産化を進めているからです。

2025年には世界の装置メーカー上位20社に中国企業が3社入りました。2022年の3倍です。中国の装置国産化率は2〜3割まで上がったとの見方もあり、「猶予は5年」と警鐘を鳴らす専門家もいます。

今回の「裏切り者」発言は、この流れをさらに速める号砲になり得ます。日本にとっては、いま売れているうちに次の柱を育てられるかが問われる局面です。

よくある質問(FAQ)

Q1. この発言は中国政府の公式見解なのでしょうか?

公式に発表されたものではありません。WSJが関係者の話として報じた、非公開の場での発言とされています。中国政府は内容を認めていないため、断定的に受け取るのは避けるべきです。ただし報道後、中国側から明確な否定も出ていません。

Q2. 中国製AIチップは、もうNVIDIAに追いついたのですか?

単体の計算性能では差が縮まりましたが、追いついたとは言えません。生産量、歩留まり、そして開発ソフトの使いやすさで開きが残ります。特にCUDAを中心とした開発者の層の厚さは、数年で埋まるものではないと見られています。

Q3. 日本の企業や個人が使うAIサービスに影響はありますか?

直接の影響はほとんどありません。日本で普及しているChatGPTやClaudeは米国製チップで動いています。ただし中国製の生成AIサービスを業務で使う場合は、GPU不足による停止や仕様変更のリスクを想定しておくと安心です。

Q4. 米国が輸出を認めたのに、なぜ中国は国産化を急ぐのでしょうか?

今日認められた輸出が明日止まるかもしれない、という前提で動いているためです。実際、H200は解禁の翌日に25%の関税がかかりました。数量にも上限があります。他国の政策ひとつで自国のAI開発が止まる状態を避けたい、というのが根本的な動機です。

Q5. 今後どこに注目すればよいですか?

2026年後半に登場予定のAscend 950DTの実性能と、CANNのオープンソース化がどこまで開発者に受け入れられるかが焦点です。ソフトの壁が崩れ始めたら、勢力図は一気に動く可能性があります。

まとめ

  • 中国の丁薛祥副首相が、国産AIチップを拒む企業を「裏切り者」と警告したと報じられました
  • 背景には、ファーウェイが2025年夏に伝えた「3年でAIチップは自給できる」という説明があります
  • 自給率は2023年の約20%から2026年に40%超へ拡大し、910Cは年60万個の量産計画です
  • ただし歩留まりは50〜60%にとどまり、CUDAに対抗するソフト基盤の弱さも残ります
  • 米国はH200の対中輸出を認めつつ25%の関税を課し、駆け引きは続いています
  • 日本の装置・材料メーカーには特需と国産化圧力が同時に押し寄せます

AIチップの調達先が政治で決まる時代に入りました。自社が使うAIサービスがどの国のどんなチップで動いているのか、一度確認しておくことをおすすめします。

参考文献