- メルカリが社内イベント「Mercari AI Career Fes 2026」のセッション動画13本を公式YouTubeで無料公開した
- 基調講演のテーマは「なぜ、CTOがCHRO兼CAIOになったのか」という異例の人事
- 社内のAIツール利用率は95%、新しく書かれるコードの約7割がAI生成という数字
- 開発現場では「ASDD」という新手法で、見積もりの1.5倍以上の速さを実現
- パナソニック コネクトやLINEヤフーの公開事例との違い、日本企業が真似できる部分
「他社は生成AIをどう社内に入れているんだろう?」と気になったことはありませんか。その答えを、メルカリが13本の動画としてまるごと無料で公開しました。しかも「うまくいった話」だけではありません。組織の作り替え方から、失敗を防ぐルール作りまで含まれています。
メルカリが公開した「AI活用の最前線」13本とは
メルカリは2026年7月22日までに、自社のAI活用を紹介する動画13本を公式YouTubeチャンネルで公開しました。ITmediaが7月24日に報じています。
元になったのは、2026年7月8日に開催された「Mercari AI Career Fes 2026」というイベントです。会場は東京・六本木ヒルズ森タワー26階のメルカリオフィスで、14時から20時までの6時間。オフラインとオンラインの両方で開かれ、参加費は無料でした。
公開されたのは、そのセッションのアーカイブ動画(録画)です。
テーマは全7分野にわたります。AI×組織、プロダクト、エンジニアリング、セキュリティ、デザイン、データ、マーケティング。つまりエンジニアだけの話ではないということです。
デザイナーがAIで何をしているか。マーケターの仕事はどう変わったか。それぞれの部門のリーダーが自分の言葉で語っています。英語セッションも用意されていました。
企業が社内のAI活用を語る場は増えました。ただ、たいていは1〜2本の講演か、きれいにまとめられた導入事例です。13本・7分野をまとめて出すのは珍しいケースだといえます。
なぜCTOが人事とAIのトップを兼ねたのか
13本のうち、いちばん注目を集めているのが基調講演です。タイトルは「なぜ、CTOがCHRO兼CAIOになったのか」。
登壇したのは木村俊也氏。2026年6月1日付で、CHRO(最高人事責任者)とCAIO(最高AI責任者)に就任しました。CTO(最高技術責任者)だった人物が、人事のトップも兼ねるという構図です。
これはかなり変わった人事です。ふつうの会社では、技術のトップと人事のトップは別の人が務めます。話す言葉も、見ている数字も違うからです。
ではなぜ一体化させたのでしょうか。
メルカリが掲げたビジョンは「HR for an AI-Native Company」。AIを前提にした会社のための人事、という意味です。
それまで、AI戦略と人事戦略はそれぞれ別の責任者が担っていました。すると「AIで仕事は速くなったのに、承認プロセスは昔のまま」という状態が起きます。ツールだけ新しくなって、会社の仕組みが古いままだと、効果は途中で止まってしまいます。
そこで木村氏は、働き方・意思決定と承認のプロセス・組織構造・リソース配分という「人と組織の運営基盤」をAI前提で設計し直す役割を負いました。木村氏はもともとCTOとして全社横断の「AI Task Force」を率いてきた人物で、この経緯が兼任につながっています。なおCTO職については、2026年7月1日に後任が就く形になりました。
数字で見るメルカリのAI活用
全社では利用率95%、100人規模の専門部隊
動画の背景を理解するには、メルカリがすでに出している数字を知っておくと分かりやすくなります。
まず全社の話です。従業員のAIツール利用率は95%に達したと公表されています。直近では100%に届いたとも報じられており、「一部の人が使うツール」という段階はとうに過ぎています。
体制も特徴的です。2025年5月、グループCEOの山田進太郎氏が全社員に向けてメッセージを出しました。「AIを導入する企業ではなく、AIを前提に再設計された組織になる」という趣旨の内容です。
これを受けて、全社から約100人が集まる「AI Task Force」が発足しました。同時に「AIセキュリティチーム」も立ち上がっています。攻めるチームと守るチームを、ほぼ同時に用意した形です。
開発現場を変えた「ASDD」という手法
エンジニア組織の数字はもっと強烈です。
新しく生成されるコードの約70%をAIが担っていると公表されています。エンジニア1人あたりの開発量は前年比で64%増、直近では1.9倍という数字も出ています。
この裏側にあるのが、2025年7月に始まった「pj-double」というプロジェクトです。名前のとおり、プロダクト開発の生産性を2倍にすることをミッションに掲げています。
そこで生まれたのがASDD(Agent-Spec Driven Development)という開発手法です。日本語にすると「エージェント仕様書にもとづく開発」。
2段階に分かれています。前半でAIが資料を読み、技術を調べ、既存のコードを解析して「Agent Spec」という実装計画を書きます。この計画書には、タスクの一覧、タスクごとの詳細設計、どのファイルにどんな変更を加えるかまで書かれます。後半では、その計画に沿って実装を進めます。
いきなりコードを書かせるのではなく、先に設計図を書かせる。この順番が効きました。
メルカリの報告によると、この仕様書ベースの開発を採用したプロジェクトでは見積もりに対して平均150%以上の開発速度向上が出ています。仕様書を使わない他のAI活用手法と比べても、80%以上速いという結果です。設計から実装、テスト環境での動作確認までをAIで行い、当初見積もりの5分の1の工数で終わった事例も紹介されています。
攻めと守りを両立させるAIガバナンス
13本の動画には、ガバナンス(安全に使うためのルール作り)をテーマにしたセッションも含まれています。ここが実は、多くの企業がいちばん知りたい部分ではないでしょうか。
社内でAIを広げようとすると、必ず止める人が出てきます。「顧客情報を入れて大丈夫なのか」「間違った答えをそのまま使ったら誰が責任を取るのか」。もっともな心配です。
メルカリは「AI活用基本ポリシー」を公開し、イノベーション(攻め)とガバナンス(守り)を同時に高めるという方針を打ち出しています。
ポイントは、禁止事項を並べて終わりにしていないことです。安全に使える環境を先に用意する。そのうえで「この範囲なら自由にやっていい」という線を引く。この考え方は「ガードレール」と呼ばれています。
道路のガードレールは、車を止めるためのものではありません。安心して速く走るためのものです。AIセキュリティチームのミッションが「従業員に安全・安心なAI利用環境を提供すること」に置かれているのも、同じ発想でしょう。
ある会社の情報システム部門を思い浮かべてください。生成AIの利用申請が毎日届き、1件ずつ審査していたら現場は待ちきれません。かといって全面解禁も怖い。この板挟みを、ルールと環境の設計で解こうとしているわけです。
他社の公開事例と比べて何が違うのか
社内の生成AI活用を公開している日本企業は、メルカリだけではありません。代表的な例と比べてみます。
パナソニック コネクトは、2023年2月にChatGPTをベースにしたAIアシスタント「ConnectAI」を全社員向けに展開しました。2024年度には年間約45万時間の業務削減を報告しています。国内社員1万人超が利用し、2024年度の利用回数は240万回。前年度から71%増えました。
LINEヤフーは2024年7月、社内文書を検索して答えるAI「SeekAI」を全従業員に本格展開し、導入から8カ月で累計約38万時間の業務時間を削減したとしています。
この2社の強みは、削減時間という分かりやすい成果です。経営会議で通しやすい数字だといえます。
一方でメルカリの13本は、質が少し違います。「何時間減ったか」ではなく「組織をどう作り替えたか」に踏み込んでいる点が特徴です。
CTOが人事のトップを兼ねる話。100人規模のタスクフォースの動かし方。開発手法そのものの再定義。ガードレールの引き方。どれも、ツールを配っただけでは到達できない領域です。
さらに、7分野のリーダーがそれぞれ話しているため、自分の職種に近いセッションを選べます。時間削減の実績値を知りたいならパナソニック コネクトやLINEヤフーの事例、組織の作り替え方を知りたいならメルカリ、という使い分けができそうです。
日本の企業と働き手にどう関係するか
「メガベンチャーの話でしょう」と感じた方もいるかもしれません。ただ、参考にできる部分は意外と多くあります。
まず、動画はすべて日本語で、YouTubeで誰でも無料で視聴できます。コンサルティング会社のレポートを買う必要も、セミナーに申し込む必要もありません。国内の実装ノウハウが、日本語のまま無料で手に入るのは大きな利点です。
地方の中小企業の情報システム担当者を想像してみてください。1人で社内のAI導入を任され、社内には相談相手がいない。そんな状況でも、13本を順番に見れば「まず何から手をつけるか」の見取り図が描けます。
採用や転職を考えている人にとっても材料になります。メルカリはこのイベントを「Career Fes」と名づけました。AI時代に自分の職種がどう変わるかを、企業側が先に見せている形です。デザイナーやマーケターの職務がどう再定義されつつあるかを、生の言葉で確認できます。
もうひとつ、経営層への説得材料としても使えます。「AIツールを入れたい」と提案しても、上司に響かないことがあります。そんなとき、上場企業のCTOがCHROを兼ねたという実例は、ツールの話を組織の話に引き上げてくれます。
もちろん、メルカリの方法をそのまま持ち込めば成功するわけではありません。利用率95%という数字は、AIに強い人材が集まった会社だからこそ出た面もあります。真似すべきは施策そのものより、「攻めと守りを同時に設計する」という順番のほうでしょう。
よくある質問(FAQ)
Q1. 動画はどこで見られますか。お金はかかりますか?
メルカリの公式YouTubeチャンネルで公開されており、無料で視聴できます。2026年7月8日開催の「Mercari AI Career Fes 2026」のアーカイブ動画で、全13本です。
Q2. エンジニアでなくても理解できますか?
できます。セッションはAI×組織、プロダクト、エンジニアリング、セキュリティ、デザイン、データ、マーケティングの7分野に分かれています。エンジニアリング以外のテーマも多く、人事や経営企画の担当者にも関係する内容です。
Q3. CAIO(最高AI責任者)は日本でも増えているのですか?
米国では設置する企業が増えており、日本でも導入例が出始めた段階です。ただしメルカリのように、CHRO(最高人事責任者)と兼任させる形はまだ珍しいといえます。AIを技術部門の課題ではなく、組織全体の課題として位置づけた判断だと考えられます。
Q4. コードの7割がAI生成なら、エンジニアの仕事はなくなりますか?
メルカリの数値では、エンジニア1人あたりの開発量が前年比で64%増、直近は1.9倍とされています。人が減った結果ではなく、1人が扱える量が増えた形です。ASDDでも、AIに実装計画を書かせたあと、その内容を判断する役割は人が担っています。仕事の中身が「書く」から「決める・確かめる」へ移っていると見るのが実態に近いでしょう。
Q5. 中小企業がまず真似できることは何ですか?
いきなり100人規模のタスクフォースは作れません。現実的なのは、安全に使える環境とルールを先に決めてから利用を広げる、という順番を守ることです。禁止事項だけを配るより、使ってよい範囲を明示するほうが浸透しやすくなります。
まとめ
- メルカリが「Mercari AI Career Fes 2026」(2026年7月8日開催)のセッション動画13本を公式YouTubeで無料公開した
- 基調講演は「なぜ、CTOがCHRO兼CAIOになったのか」。木村俊也氏が6月1日付でCHRO兼CAIOに就任した背景を語る
- 社内のAIツール利用率は95%、新規コードの約7割がAI生成、エンジニア1人あたりの開発量は前年比64%増
- 開発手法「ASDD」により、見積もり比で平均150%以上の速度向上を実現
- 約100人の「AI Task Force」とAIセキュリティチームを同時に立ち上げ、攻めと守りを両立させている
- パナソニック コネクト(年45万時間削減)やLINEヤフー(8カ月で38万時間削減)が成果の数字を示すのに対し、メルカリは組織の作り替え方を公開している点が特徴
まずは自分の職種に近いセッションを1本だけ選んで視聴し、社内で共有するところから始めてみてください。

