AIが今いちばん欲しい人材は電気工事士|42%高給

伊東雄歩
監修者 伊東 雄歩

株式会社ウォーカー CEO。東北大学卒。MENSA会員、JDLA認定講師、健全AI教育協会理事。生成AI×教育・学習科学を専門とし、2億円超のシステム開発プロジェクトを統括。

taolis.net X note Voicy YouTube
  • Metaが約189億円を投じ、電気工事士や溶接工を無料で育てる訓練校「America’s Workforce Academy」を稼働させました
  • 訓練はわずか5週間。航空券と宿泊費は会社負担で、修了時には請負業者からの内定がついてきます
  • 米国のデータセンター関連求人は2年で2倍以上に増加。しかも71%が上位10テック企業の求人です
  • 設置・保守の職種は、同じ仕事でも時給が42%(約1640円)高くなっています
  • 日本でも電気工事士の有効求人倍率は3.8倍。苫小牧などの建設ラッシュで人材争奪はさらに激化します

「AIに仕事を奪われる」という話は、もう聞き飽きたかもしれません。ところが2026年のいま、AI企業がいちばん必死に集めている人材は、プログラマーではなく電気工事士や大工です。数千人規模の採用と、5週間で内定が出る無料の訓練校。AI雇用論のいちばん意外な現場を、数字で追いかけます。

AIが「仕事を奪う」前に、大量募集をかけた職種

2026年7月29日、米ニューヨーク・タイムズがある報道をしました。

AI企業が、電気技師や大工を数千人規模で採用・育成し始めたという内容です。日本では7月30日にGIGAZINEが取り上げ、話題になりました。

採用対象はこんな職種です。

  • 電気技師(建物に電気を通し、配電盤や配線を組む人)
  • 溶接工(金属をくっつける人)
  • 配管工(水や冷却液のパイプを通す人)
  • 光ファイバー技術者(通信ケーブルをつなぐ人)

どれもAIとは無縁に見える仕事です。

でも、考えてみてください。AIは雲の上にあるわけではありません。実体は倉庫のような巨大な建物に詰め込まれた、大量のコンピューターです

その建物を建て、電気を引き、冷やす配管を通す人がいなければ、最新のAIは1行も文章を書けません。

つまり、AI業界が直面したのは技術の壁ではなく物理の壁でした。

Metaが189億円かけて「職業訓練校」を作った

この物理の壁に、もっとも大胆に手を打ったのがMeta(Facebookの運営会社)です。

飛行機代も宿泊費も会社が持つ5週間

Metaは2026年6月、「America’s Workforce Academy(アメリカ労働力アカデミー)」という無料の職業訓練プログラムを発表しました。

初年度の投資額は1億1500万ドル(約189億円)です。

驚くのは中身です。応募者をルイジアナ州まで飛行機で連れてきて、住まいも用意し、5週間みっちり訓練する。費用は全額Meta側が負担します。

パートナーには建設業団体のAssociated Builders and Contractors(ABC)と、不動産大手CBREが名を連ねています。

2026年のパイロット拠点は4か所。バトンルージュ(ルイジアナ州)、インディアナポリス、ヒューストン、コロンバスです。いずれもデータセンター建設が集中している地域です。

修了時に「内定」がついてくる

このプログラムの本当の売りは、出口の保証です。

修了者は2つの資格を手にします。建設業の全国認定であるNCCER認定と、独自の「America’s Workforce Certificate」です。

そしてMetaの請負業者からの求人オファーが、修了と同時に約束されています

初年度で数千人の育成を目標にしており、Meta側は「米国史上最大の民間主導の熟練職訓練・就職保証プログラム」と位置づけています。

地方都市で仕事を探している30代の元トラック運転手を想像してみてください。無料で資格が取れて、生活費もかからず、5週間後には現場の仕事が確約されている。転職のハードルとしては、かなり低い設計です。

BlackRockは3年で1万2000人の電気工事士を育てる

動いているのはMetaだけではありません。

世界最大の資産運用会社BlackRockも、財団を通じて「Future Builders」という育成事業を進めています。

全米規模では5年間で約1億ドル(約164億円)を投じ、5万人の訓練と就職を支援する計画です。

そのうちテキサス州には約3000万ドルを配分し、3年で1万2000人以上の電気工事士を育てるとしています。

Googleも既存の電気工事士の再教育と、数万人規模の見習い支援に乗り出したと報じられています。

AI企業が競っているのは、もはやGPUの数だけではありません。人の数でも殴り合いが始まっています

数字が示す「AI求人」の主戦場の移動

この変化は、求人データにはっきり出ています。

2年で2倍以上に増えたデータセンター求人

求人サイトIndeedの調査部門Hiring Labが2026年7月14日に公開した分析を見てみます。

米国の求人1000件のうち、データセンター関連の求人は2023年5月の約2件から、2026年6月には約6件へ増えました。2年あまりで2倍以上です。

ここで大事なのは比較対象です。同じ期間に、米国の求人総数は約12%減っています。データセンター以外のテック求人も6%減です。

全体が縮んでいるなかで、この分野だけが3倍近い伸びを見せているわけです。

職種の内訳も特徴的です。設置・保守の仕事が全体の約4分の1を占め、IT基盤・運用の職種と合わせると半分に達します。つまり「作る人」と「維持する人」が求人の主役です。

求人の71%は上位10社が出している

もうひとつ驚く数字があります。

2026年のデータセンター求人のうち、時価総額トップ10のテック企業だけで71%を占めているのです。

ごく少数の巨大企業が、ひとつの職種の労働市場をまるごと動かしている状態です。

シリコンバレーからコロンバス・リノへ

採用の地図も塗り替わりました。

求人が集まっているのは、ハーミストン(オレゴン州)、コロンバス(オハイオ州)、ジャクソン(ミシシッピ州)、リノ(ネバダ州)、そしてワシントンD.C.(全体の8%)です。

いずれも「テックの街」というイメージはありません。電気が安く、土地が広く、水が確保できる場所です。

コロンバス、ジャクソン、リノでは、上位10社の求人シェアが2025年半ばの2%未満から10%超へ跳ね上がりました。1年で街の主要雇用主が入れ替わったようなものです。

賃金も上がっています。時間給で働く設置系の職種では、同じ仕事でもデータセンター案件だと時給が42%高く、金額で約10ドル(約1640円)の上乗せになります。年俸制の職種でも12%高いという結果でした。

米メディアの報道では、若手の電気工事士がデータセンター案件で年28万ドル(約4600万円)を得た例も伝えられています。

なぜAI企業は、わざわざ自分で人を育てるのか

ここで素朴な疑問が浮かびます。人が足りないなら、給料を上げて採ればいいのでは、と。

答えはシンプルです。お金では時間が買えないからです

電気工事士は、資格を取るまでの見習い期間が通常4〜5年かかります。募集をかけても、そもそも世の中に存在しない人は採用できません。

不足の規模も深刻です。コンサルティング会社マッキンゼーは、2030年までに電気工事士が13万人、建設労働者が24万人足りなくなると予測しています。

2025年11月時点で、米国の建設関連の労働者不足は約43万9000人に達し、そのほぼすべてが電気工事士や配管工といった熟練職だとする報告もあります。

その結果、何が起きているか。データセンター建設業者の受注残(バックログ)は平均10.6か月まで伸びました。一般の建設が8.3か月ですから、明らかに異常な水準です。

プロジェクトが承認されても、着工まで1年近く待たされるケースが珍しくなくなっています。

2026年時点でデータセンターの建設と運営を合わせると約65万のポジションが必要で、そのうち3万4000件以上が埋まらないまま残るという推計もあります。

そして投資額です。主要4社のAIデータセンター投資は7250億ドル規模にのぼります。個別に見ても桁が違います。

  • OpenAI:ジョージア州エフィンガム郡に300億ドル超(約4兆9200億円)
  • ByteDance:ブラジル・セアラ州に390億ドル(約6兆4000億円)
  • Anthropic:ケンタッキー州ホーズビルに190億ドル(約3兆1200億円)、電力容量401MW
  • Meta×BlackRock:テキサス州エルパソに1GW規模
  • OpenAI:オハイオ州の拠点を最終的に10GW規模へ
  • NVIDIA:オハイオ州施設の資金調達に2500〜3500億ドルの保証

兆円単位の設備投資が、時給の壁で止まる。この構図に気づいた企業から順に、訓練校を建て始めたわけです。

189億円という数字は大きく見えますが、7250億ドルの投資規模から見れば端数です。数時間分の設備投資額で、数千人の労働力が確保できるなら、経営判断としては即決でしょう。

従来の育成ルートとどう違うのか

「企業が職業訓練を支援する」自体は新しくありません。違いは、期間と出口の保証です。

育成ルート期間費用就職の保証
従来の組合見習い制度4〜5年低額だが長期間の低賃金労働を伴うなし(実力次第)
職業訓練校・専門学校1〜2年自己負担が中心なし(斡旋のみ)
Meta「America’s Workforce Academy」5週間無料。渡航費・宿泊費も企業負担あり(請負業者の内定付き)
BlackRock「Future Builders」プログラムにより異なる財団が助成就職支援まで含む
Googleの再教育・見習い支援既存資格者の上乗せ研修が中心企業負担案件への配属を想定

従来の見習い制度は「時間をかけて一人前にする」仕組みでした。腕は確かになりますが、AI企業が求めるスピードには合いません。

一方でMetaのやり方は、データセンター建設に必要な作業だけを切り出して、短期集中で教える発想です。

ここには賛否があります。5週間で現場に出る人材の技術水準は、4年かけた職人と同じではありません。安全性を懸念する声も出ています。

ただ、需要が供給を大きく上回っている今は、「まず現場に立てる人を増やす」方が優先されている状況です。

日本でも同じことが起きます

ここまで米国の話でしたが、日本にとっても他人事ではありません。

すでに有効求人倍率は3.8倍

日本の電気工事士の有効求人倍率は、3.8倍(2025年6月時点)です。全職業平均は1.22倍ですから、3倍以上の開きがあります。

1人の求職者に対して、約4社が手を挙げている状態です。

背景はベテランの引退と若手の入職不足です。そこにデータセンター需要が乗ってきました。

苫小牧・大阪…国内の建設ラッシュ

国内でも大型案件が動いています。

ソフトバンクは北海道苫小牧市で「北海道苫小牧AIデータセンター」を建設中です。総工費は650億円超で、国の地方分散支援で最大300億円の補助が予定されています。2026年度の稼働を目指しています。

将来的には敷地面積70万平方メートル、受電容量300MW超まで拡大する構想です。東京ドーム約15個分の敷地に、原発1基の3分の1近い電力を引き込む計画です。

マイクロソフトも2026年から2029年にかけて、日本に100億ドル(約1.6兆円)を投じる方針を示しています。

国内のデータセンター建設投資は2028年に5兆円を超え、2030年代まで続くとの見通しもあります。AI向けの供給電力は2025年末の約300MWから、2026年末には約600MWへ倍増する予測です。

町の電気工事会社に何が起きるか

ここで、地方の小さな電気工事会社の社長の立場を考えてみましょう。

近くにデータセンターが建つと、若手の職人が高い単価の現場に流れていきます。一般住宅やビルの工事に人を割けなくなり、地域のインフラ維持に影響が出ます。

実際に米国のコロンバスやリノで起きたのは、これと同じ現象でした。巨大テック企業が地域の労働市場を吸い上げる構図です。

逆に、追い風になる立場もあります。工業高校の進路指導では、これまで「手堅いが地味」と見られていた電気科が、AI時代の成長分野として説明できるようになりました。

データセンターの電気設備という専門領域を持てば、市場価値は一段上がります。経験者が少ないため、高単価の案件や好条件の転職につながりやすい状況です。

日本版「訓練+内定」は生まれるか

日本では、企業が渡航費まで負担して短期訓練する仕組みはまだ一般的ではありません。

ただ、人手不足の深刻さは米国と変わりません。国内でも大手ゼネコンや通信会社が、同様の育成プログラムを打ち出す可能性は十分あります。

AI関連の求人といえばエンジニアだけを見ていた人は、視野を広げておくと選択肢が増えるかもしれません。

よくある質問(FAQ)

Q1. AIは仕事を奪うのではなかったのですか?

A. 職種によって方向が真逆です。文章作成やデータ入力のようなパソコン上で完結する仕事は、AIに置き換わる圧力を受けています。一方で、AIを動かすための建物・電気・配管といった物理的な仕事は、AIが増えるほど需要が伸びます。人材派遣会社Randstadの1.5億件の求人分析でも、熟練職の需要はデスクワーク職の3倍の速さで伸びていました。

Q2. 未経験でもデータセンターの仕事に就けますか?

A. 米国のMetaのプログラムは未経験者を対象にしています。日本の場合は、まず第二種電気工事士などの資格取得が現実的な入口です。資格を取ってから、データセンター案件を扱う電気工事会社や設備会社を狙う流れになります。

Q3. データセンターの仕事は本当に給料が高いのですか?

A. 米国のデータでは、時間給の設置系職種で非データセンター案件より42%高く、金額で時給約10ドル(約1640円)の差がついています。日本でもデータセンターの電気設備は専門性が高く、高単価につながりやすい領域です。ただし年収28万ドルのような事例は、経験と地域と残業量が揃った一部のケースと考えるのが妥当です。

Q4. このAIデータセンター建設ブームはいつまで続きますか?

A. 現時点の投資計画は2030年前後まで続く見通しです。国内の建設投資は2028年に5兆円超に達し、2030年代まで続くという予測が出ています。ただし、AI需要が想定を下回れば投資が絞られる可能性は残ります。建設だけでなく、稼働後の保守・運用の技能も身につけておくとリスクを抑えられます。

Q5. 5週間の訓練で現場に出て、安全面は大丈夫なのでしょうか?

A. ここは専門家からも懸念が示されている点です。従来の見習い制度は4〜5年かけて安全管理まで教え込みます。短期プログラムは特定作業に絞って訓練する設計で、現場では経験者の監督下に入るのが前提です。今後の事故率や離職率が、この方式の評価を決めることになりそうです。

まとめ

  • 2026年7月、AI企業が電気技師や大工を数千人規模で採用・育成していると報じられました
  • Metaは初年度189億円で無料の訓練校を開設。5週間・渡航費無料・修了時に内定付きという設計です
  • BlackRockは5年で約164億円を投じ、5万人の訓練と就職を支援します
  • 米国のデータセンター求人は2年で2倍以上に増え、そのうち71%を上位10テック企業が出しています
  • 設置・保守の職種は同じ仕事でも時給が42%(約1640円)高い水準です
  • 不足の見通しは電気工事士13万人・建設労働者24万人(2030年まで)。着工待ちは平均10.6か月に伸びました
  • 日本でも電気工事士の有効求人倍率は3.8倍。苫小牧の650億円案件などで人材争奪が激化します

AI時代のキャリアを考えるなら、「AIを作る仕事」だけでなく「AIを動かす仕事」にも目を向けてみてください。まずは自分の地域でデータセンター計画が進んでいないか、自治体の発表を検索してみるところから始められます。

参考文献