千代田区が月2000時間削減|97%が使うAI

伊東雄歩
監修者 伊東 雄歩

株式会社ウォーカー CEO。東北大学卒。MENSA会員、JDLA認定講師、健全AI教育協会理事。生成AI×教育・学習科学を専門とし、2億円超のシステム開発プロジェクトを統括。

taolis.net X note Voicy YouTube
  • 東京都千代田区がMicrosoft 365 Copilotを全庁に広げ、月およそ2000時間の業務削減を達成しました
  • 使い続けている職員は97%、「仕事が楽になった」と答えた人は91%にのぼります
  • 150人の実証から900ライセンスの全庁展開まで、およそ10カ月かけて段階的に進めました
  • 「なんでも相談会」「いいね選手権」「事例集」「Copilot Lab」という4つの仕掛けが定着を支えました
  • 横須賀市・東京都との比較や、Copilot・ChatGPT・Geminiの選び方もあわせて整理します

生成AIを導入したのに、ほとんど誰も使っていない。そんな話を聞いたことはありませんか?いま多くの自治体や企業がこの壁にぶつかっています。そんな中、東京都千代田区が月2000時間の削減という数字を公表しました。しかも職員の97%が使い続けているといいます。何が違ったのか、順番に見ていきます。

千代田区で何が起きた?月2000時間の意味

2026年7月29日、キーマンズネットが千代田区の生成AI導入事例を報じました。

千代田区が使っているのはMicrosoft 365 Copilotです。WordやExcel、Teamsといった普段の仕事道具の中にAIが組み込まれているサービスです。

区は2025年10月に900ライセンスを全庁に展開しました。そして2026年3月時点で、月あたり約2000時間の業務削減を確認しています。

2000時間と言われても、ピンとこないかもしれません。1人が1カ月に働く時間はだいたい160時間です。つまり職員12人分の働く時間が毎月まるごと空いたことになります。

削減の中身は派手なものではありません。調べ物、文書作成、議事録づくり。どの職場にもある地味な作業です。1人あたりの削減はもともと月2時間ほどでした。それが900人規模に広がったことで、大きな数字になったわけです。

数字より驚きなのは「使われ続けている」こと

実は削減時間よりも注目すべき数字があります。

アクティブユーザー率97%。ライセンスを配られた職員のほぼ全員が、いまも実際に使っているという意味です。

さらに「仕事が楽になった」と答えた職員は91%でした。

生成AIの組織導入では、配ったライセンスの多くが眠ってしまうケースが珍しくありません。「使われないライセンス」にお金を払い続ける状態です。97%という数字は、その常識から大きく外れています。

150人から900人へ|10カ月の歩み

千代田区は最初から全庁に配ったわけではありません。ここが重要なポイントです。

時系列を整理します。

  • 2023年ごろ:ChatGPTの活用を検討・開始。ただし文書に貼り付ける手間が課題として残った
  • 2024年6月:マイクロソフトからMicrosoft 365 Copilotを紹介される
  • 2024年8月〜11月:職員150名で実証実験
  • 2024年11月:技術支援サービス「Microsoft Unified」を契約
  • 2025年4月:ライセンスを300に拡大
  • 2025年10月:900ライセンスで全庁展開を完了

ChatGPTから入ったのに、なぜCopilotに移ったのでしょうか。

理由はシンプルです。ChatGPTだと、AIが書いた文章をコピーしてWordに貼り付ける作業が毎回必要でした。区の職員はふだんMicrosoft 365で仕事をしています。その中で完結するほうが手数が少ない、という判断でした。

1年以上かけた「小さく試す」期間

150人 → 300人 → 900人。この3段階に、実に1年以上かけています。

ここに大きな示唆があります。自治体の生成AI導入がうまくいかない典型的なパターンは、最初から全庁一斉に配ってしまうことです。

全庁一斉だと、部署ごとの調整に膨大な時間がかかります。ルールづくりも大がかりになります。そして肝心の「使い方」を誰も教えないまま、ライセンスだけが配られて終わります。

千代田区は逆でした。まず150人で試し、成果を数字にして、次の予算と説明材料にする。この順番を守っています。

実証段階のアンケートでは、アクティブユーザー率が2024年11月の92%から2025年3月には95%へ上昇しました。「今後も使い続けたい」と答えた職員も97%から99%に増えています。使うほど評価が上がる、という手応えを確認してから広げたわけです。

AIを根付かせた4つの仕掛け

では具体的に何をしたのか。千代田区の取り組みは4つに整理できます。

1. 毎週の「なんでも相談会」

2024年8月から10月まで、毎週「なんでも相談会」を開きました。

使い方がわからない、うまく答えてくれない、そもそも何に使えばいいのかわからない。そんな素朴な疑問を持ち込める場です。

浸透してきた11月以降は隔週に、その後は月1回へと頻度を落としています。立ち上がりに手厚く、慣れたら手を引くという設計です。

ちなみに、この「最初だけ濃く支える」姿勢が抜けている職場は多いものです。説明会を1回開いて終わり、というパターンに心当たりがある人もいるのではないでしょうか。

2. プロンプトを競う「いいね選手権」

2024年10月、区は「いいね選手権」という企画を実施しました。

職員が自分で見つけた便利な指示文(プロンプト)を登録し、良いものを表彰する仕組みです。集まったプロンプトは約20件。「副区長賞」「視点がいいね賞」「発想がいいね賞」といった賞が用意されました。

副区長の名前を冠した賞があるのがポイントです。上層部が本気だというメッセージが、賞の名前を通じて職員に伝わります。

3. 1カ月で40件集まった事例集

2025年2月、区はSharePoint Online上に活用事例集を作りました。

公開から1カ月あまりで約40件の事例が集まっています。

ここが効きます。「AIで何ができるか」を頭で考えるのは難しいものです。でも「隣の課がこう使っている」を見るのは簡単です。同じ役所の似た業務なら、そのまま真似できます。

4. 2カ月に1回の「Copilot Lab」

2025年からは2カ月に1回のペースで「Copilot Lab」を開催しています。データの作り方など、より実践的な内容を扱う勉強会です。

そして2026年の初回には、約100人の職員が自主的に参加しました。

「自主的に」という部分が大事です。動員をかけた研修ではなく、自分から手を挙げた100人。定着が本物であることの証拠と言えます。

職員の仕事はこう変わった

数字だけでは実感が湧きません。具体的な現場の風景を3つ紹介します。

会議のあと、録音と何時間も格闘していた職員。1時間の会議の議事録を作るために、録音を何度も巻き戻して文字にしていました。いまはTeamsが要点を抽出してくれるため、確認と手直しが中心の作業になります。

毎年同じ資料を作り直していた担当者。前年度の文書を開いて、日付と数字を1つずつ書き換える。この作業に半日を使っていました。過去の文書をもとに下書きを作らせれば、あとは中身の判断に時間を回せます。

外国語の問い合わせに固まっていた窓口。千代田区にはオフィスや大使館が集まり、日本語以外での対応が必要な場面があります。Wordの中で翻訳や下書き作成ができるようになり、最初の一歩のハードルが下がりました。

興味深いのは、職員から出てきた感想です。「限られた時間でも幅広く調べられ、十分に調べた自信が持てる」という声がありました。新人職員は「Copilotはもうひとりのチューター(指導役)」と表現しています。

時間短縮だけでなく、心理的な安心感が生まれている。ここが97%という継続率を支えているのかもしれません。

横並びで見ると?他の自治体との比較

千代田区の成果は、他と比べてどのくらいなのでしょうか。

先を走る横須賀市、規模で圧倒する東京都

横須賀市は2023年4月、全国の自治体に先駆けて生成AIの全庁試行を始めました。対象は約4000人。市の試算では年間約2万2700時間の削減効果が見込まれています。職員の70%以上が「業務効率が向上した」と回答し、1時間の会議で4時間かかっていた議事録作成が最短30分〜1時間に短縮されたといいます。

東京都は約6万人の全職員を対象にした生成AI共通基盤を整備し、2026年度から本格運用に入りました。職員自身がノーコード(プログラミング不要)でAIアプリを作れる仕組みが特徴です。

品川区はAI文書検索の導入で、検索や確認にかかる時間を月77時間から月40時間へ、約37時間削減しています。

並べてみると、千代田区の月2000時間は規模としては中位です。ただし900ライセンスという人数で、しかも使い続けている割合が97%という点では際立っています。

導入率はすでに高い。差がつくのは「その後」

そもそも自治体の生成AI導入はもう珍しくありません。指定都市では90.0%、都道府県では87.2%が「導入済」と回答しています。

つまり勝負は「入れたかどうか」ではなく「使われているかどうか」に移りました。千代田区の事例が注目されるのは、まさにそこに答えを出しているからです。

Copilot・ChatGPT・Gemini どれを選ぶべきか

「うちも導入したい」と考えたとき、必ずぶつかるのが製品選びです。主要な3つを整理します。

  • Microsoft 365 Copilot:WordやExcel、Teamsの中で動く。法人向けは月額4497円前後/ユーザー。すでにMicrosoft 365を使っている組織なら最有力
  • ChatGPT Enterprise:グループウェアに依存せず、AI機能だけを独立して使いたい場合に向く。モデルの性能や自由度を重視する組織向け
  • Gemini for Workspace:GmailやGoogleドキュメント中心の組織に適する。Google Workspaceとの一体感が強み

選定の勘所は、意外なほどシンプルです。いま使っているグループウェアに合わせる。これが現実的な答えになります。

千代田区の判断もまさにこれでした。ChatGPTを試したうえで、コピー&ペーストの手間を理由にCopilotへ寄せています。AIの賢さだけでなく、普段の仕事の流れに何歩で入り込めるかを見たわけです。

なお、中小企業なら5〜10人で試してから広げるパイロット運用が一般的です。2026年に新設されたAI導入枠の補助金では、補助率最大3分の2・上限450万円が使えるケースもあります。

日本の自治体と企業に何を意味するか

この事例が日本にとって重要な理由は3つあります。

第一に、「定着」の再現できるレシピが出てきたことです。段階的な拡大、毎週の相談会、プロンプトの表彰、事例集、定期勉強会。どれも特別な技術や大きな予算を必要としません。千代田区でできたことは、他の市区町村でも試せます。

第二に、人手不足への現実的な回答になることです。多くの自治体は職員を増やせません。月2000時間が空くというのは、新しく12人雇うのに近い効果を意味します。住民サービスに回せる時間が増える、という話につながります。

第三に、民間企業にもそのまま応用できることです。「導入したけど使われない」は役所だけの悩みではありません。相談会の頻度を落としていく設計や、事例を共有して真似させる仕組みは、そのまま社内展開に流用できます。

一方で注意点もあります。個人情報や機密情報の扱いのルールが曖昧なままだと、職員が萎縮して使わなくなります。千代田区はMicrosoft Entra ID(アクセス管理の仕組み)で認証基盤を固め、マイクロソフトのエンジニアにセキュリティレビューを受けたうえで広げました。安心して使える土台づくりが先だという順番は、見落とせません。

区は今後、Copilot Studioなどを使った業務エージェント(決められた仕事を自動でこなすAI)の開発に進む方針です。時間を削る段階から、仕事そのものを組み替える段階へ移ろうとしています。

よくある質問(FAQ)

Q1. 月2000時間はどうやって測っているのですか?

職員へのアンケートと利用状況をもとにした集計値です。実証段階では1人あたり月約2時間、全体で月約300時間の削減が確認されていました。それが900ライセンス規模に広がり、2026年3月時点で月約2000時間となっています。自己申告を含む推計値であり、厳密な実測値ではない点は押さえておくとよいでしょう。

Q2. 千代田区は個人情報をAIに入力しているのですか?

Microsoft 365 Copilotは組織のテナント内でデータを扱う設計で、入力内容が外部のモデル学習に使われない仕組みになっています。加えて区はオンプレミスのActive DirectoryとMicrosoft Entra IDを連携させ、アクセス制御を強化しました。ただし実際に何を入力してよいかは、各自治体のルールで決まります。

Q3. 小さな自治体や中小企業でも真似できますか?

できます。むしろ規模が小さいほうが有利な面もあります。千代田区がやったことの多くは、相談会の開催や事例の共有といった運用の工夫です。まず5〜10人で始め、成果を数字にしてから広げる流れが現実的です。

Q4. 全庁一斉に導入してはいけないのですか?

禁じ手ではありませんが、リスクは高くなります。一斉導入では部署間の調整に時間が取られ、使い方の教育が後回しになりがちです。結果として「どの課でも使われない」状態を招きます。千代田区が1年以上かけて3段階で広げたのは、この落とし穴を避ける狙いがあったと考えられます。

Q5. Copilotを入れれば自動的に効率化されますか?

されません。千代田区の97%という数字は、相談会・表彰企画・事例集・勉強会という継続的な働きかけの結果です。ツール費用と同じくらい、使い方を広める体制にコストをかける前提で考えるべきです。

まとめ

  • 千代田区がMicrosoft 365 Copilotを900ライセンスで全庁展開し、月約2000時間の業務削減を達成した
  • アクティブユーザー率97%、「仕事が楽になった」91%という高い定着率が最大の特徴
  • 150人 → 300人 → 900人と1年以上かけて段階的に広げ、成果を数字にして次に進んだ
  • 定着を支えたのは「なんでも相談会」「いいね選手権」「事例集」「Copilot Lab」の4つの仕掛け
  • 横須賀市は年約2万2700時間、東京都は約6万人規模。導入率は指定都市90.0%に達し、勝負は「使われるか」へ移った
  • 製品選びの基本は、いま使っているグループウェアに合わせること

生成AIの導入を検討しているなら、まずは自分の職場で「毎週30分の相談会」を4回だけ開いてみるところから始めてみてください。

参考文献