• 東京・文京区の本郷真砂ハートクリニックが、院長自らMac StudioでローカルLLMを構築しX表示59万回超の話題に
  • 使うのはGoogleの無料モデル「Gemma 4 31B」。診療情報の要約と音声カルテ作成に活用
  • 患者情報はすべて院内の機器で処理。ChatGPTなど外部サービスには一切送らない
  • Mac Studioは約42万円から。一方、ベンダー経由だと初期約400万円+月額約30万円
  • 「医療機器より安い」は自作なら本当、業者に頼むと話が変わる

「自分の診察内容がChatGPTに送られていたら…」と不安に思ったことはありませんか?東京の小さなクリニックが、その不安をまるごと解消する方法を選びました。院長が自分でAIサーバーを組んだのです。この記事では、その仕組みと本当の費用、そして「医療機器より安い」という評判のウラ側までわかります。

何が起きた?院長がAIサーバーを自作したクリニック

2026年9月16日、東京都文京区の本郷真砂ハートクリニックが公式サイトに1本のお知らせを出しました。

内容は「院内に設置したAIサーバー(Local LLM)で診療情報を処理しています」というもの。

これを見たXユーザーの「ところてん」氏が「病院のWebページ見てたら、(ローカル)LLM利用の注意書きが書いてあってびっくり」と投稿。この投稿が59万回以上表示され、一気に注目を集めました。

ITmedia AI+が9月17日に取材したところ、院長の村岡洋典氏が自らApple「Mac Studio」でローカルLLM(自分のパソコンの中だけで動くAI)の環境を構築していたことがわかりました。

ちなみに本郷真砂ハートクリニックは春日駅から徒歩1分の内科・循環器内科です。大病院ではなく、街のかかりつけ医がここまでやったという点が驚きを呼んでいます。

どんな仕組み?Mac Studio+Gemma 4で院内完結

使っているAIモデルは無料の「Gemma 4」

クリニックが使うのはGoogleが2026年4月2日に公開したオープンモデル「Gemma 4 31B-it」です。

Gemma 4はApache 2.0ライセンス(商用利用も改造も無料でOKという条件)で配布されています。つまりモデル自体の利用料はゼロ円です。

31Bという数字はパラメータ(AIの賢さを決める内部の数値)が310億個あるという意味。オープンモデルの中では上位クラスの性能で、140以上の言語に対応しています。日本語の要約やカルテ整形にも十分使えるレベルです。

ハードはMac Studio、メモリ96GBモデル

ITmediaによると、院内で動いているのはメモリ96GBのUltraチップ搭載Mac Studioです。

記事では価格の目安として、最安構成(M5 Max・36GBメモリ)が約42万円、96GBメモリのM5 Ultra構成が約95万円からと紹介されています。

なぜMacなのか。Macは「ユニファイドメモリ」という仕組みで、CPUとGPUが同じ大容量メモリを共有します。310億パラメータの大きなAIを丸ごとメモリに載せて動かすには、この構造がとても相性がいいのです。

やっていることは「要約」と「音声カルテ」の2つ

用途はシンプルです。

1つ目は過去の診療情報の要約。長年通う患者さんの記録を、AIが短くまとめて診察前に確認できます。

2つ目は音声認識を使ったカルテ作成の補助。診察中の会話を文字にして、カルテの下書きを作らせるイメージです。

そして重要なのは、これらの処理が「すべて院内の機器内で完結」している点。公式サイトにも「ChatGPT等の外部AIサービスへ患者様の情報が送信・流出することはありません」と明記されています。

さらに、AI処理を希望しない患者は受付で申し出れば除外してもらえます。「お申し出による診療上の不利益はございません」という一文まで添えられています。

なぜ「ローカル」にこだわるのか?医療とAIの相性問題

実は、医療現場で普通のChatGPTを使うのはかなりハードルが高いのです。

日本には「3省2ガイドライン」と呼ばれるルールがあります。厚生労働省・経済産業省・総務省が定めた、医療情報を扱うシステムの安全管理ガイドラインです。

このルールのもとでは、患者情報を扱うAIは「入力データを学習に使わない契約」「国内サーバー」「正式な委託契約」といった条件を満たす必要があります。汎用の生成AIに患者情報をそのまま入れるのは原則NGとされています。

ローカルLLMなら、この問題をまとめて回避できます。データがそもそも外に出ないので、「どこのサーバーに保存されるか」「学習に使われないか」を心配する必要がなくなるのです。

医療AIベンダーGENSHI AIの長嶋大地代表(医師でもあります)は、ITmediaの取材に「ローカルLLM事業は立ち上げたばかりだが、20件以上の問い合わせを受けている」と答えています。医療現場の関心の高さがうかがえます。

「医療機器より安い」は本当か?自作と業者の費用比較

SNSでは「先進的」「医療機器に比べたら安いのかも」という声が上がりました。ITmediaはこの点を検証しています。結論から言うと、自作なら安い、業者に頼むと安くないです。

自作ルート:ハード代だけで済む

本郷真砂ハートクリニックのように院長が自分で構築する場合、かかるのは基本的にMac Studioの本体代だけです。

最安構成なら約42万円、実用的な96GB構成でも約95万円。Gemma 4は無料。電気代を除けば、月々のランニングコストはほぼゼロです。

比較対象として、超音波診断装置や内視鏡といった医療機器は数百万円〜数千万円が相場。それと比べれば確かに「安い」と言えます。

ベンダールート:初期400万円+月額30万円

ところが、同じことを業者に頼むと話が変わります。

ITmediaによると、GENSHI AIがNVIDIA「DGX Spark」を使って構築する場合、初期費用は約400万円から(マシン代込み)。保守費用は月額約30万円からです。

電子カルテとの連携などカスタマイズを加えると、初期費用が約1000万円になる可能性もあるとのこと。

月額30万円は年間360万円。3年運用すれば保守だけで1000万円を超えます。こうなると「医療機器より安い」とは言い切れません。

差額の正体は「人件費」と「責任」

なぜ10倍近い差が出るのでしょうか。

業者の費用には、構築作業の人件費、電子カルテとの接続、セキュリティ設計、トラブル時のサポート、ガイドライン対応の書類整備などが含まれます。

院長が自分でやれば、これらの費用はすべて「院長の時間」に置き換わります。つまり安さの正体は、技術を持った医師が自分の時間を投じているということ。誰でも真似できる話ではないのが正直なところです。

クラウド型AIカルテとの違いは?3つの選択肢

クリニックがAIでカルテ業務を楽にしたい場合、実は選択肢は3つあります。

①クラウド型AIカルテサービス

代表例がmedimo(メディモ)です。診察の会話を録音してSOAP形式(医療カルテの標準的な書き方)の下書きを約5秒で作成します。

料金は初期費用5万5000円、月額2万2000円から。全国600件以上の医療機関に導入されています。2026年2月にはスズケングループに参画しました。

月2万円台という手軽さが魅力ですが、データはクラウドに送られます。医療用に設計されたサービスなのでガイドライン対応はされていますが、「外に出す」こと自体に抵抗がある医師もいます。

②ベンダー構築のローカルLLM

GENSHI AIの「MedLocal」のように、Mac StudioやDGX Sparkを院内に設置して業者が構築するタイプです。

MedLocalの公式サイトでは、退院サマリー生成・AI音声カルテ・紹介状OCRの3機能を提供し、ハードの目安を50〜90万円からとしています。ただし前述のとおり、構築・保守込みの総額は数百万円規模になります。

③自作ローカルLLM

今回のクリニックがこれです。最も安く、最もデータが安全ですが、技術力と時間が必要。故障やアップデートも自己責任です。

ざっくり整理すると、①は「安くて手軽だがデータは外へ」、②は「安全だが高い」、③は「安全で安いが自分でやる」という三択になります。

日本の医療現場への影響:ローカルLLMは広がるのか

今回の話題は、日本の医療AIにとって小さくない意味を持ちます。

まず、「街のクリニックでもローカルLLMが現実的になった」という事実です。数年前なら数千万円のGPUサーバーが必要だった性能が、100万円以下のMacで手に入る時代になりました。

実際、日本ではローカルLLM向けハードの需要が伸びています。NVIDIA DGX Sparkが価格.comのデスクトップPC売れ筋1位になったり、Mac Studioを複数台つないで巨大AIを動かす動画が話題になったりと、追い風が続いています。

一方で課題もあります。多くの医師はAIサーバーを自分で組めません。「自作できる院長」は例外的な存在です。

そこで注目されるのが、GENSHI AIのようなベンダーによる「構築代行」と、その価格の下落です。20件以上の問い合わせが集まっているという事実は、市場が生まれつつあることを示しています。競争が進めば、今の400万円という初期費用も下がっていくでしょう。

もうひとつ見逃せないのが、患者側の意識です。このクリニックは「AIに情報を使ってほしくない人は申し出てください」と明示しました。これは今後、他の医療機関でも標準になっていく可能性があります。

よくある質問(FAQ)

Q1. ローカルLLMとは何ですか?

インターネット上のサーバーではなく、手元のパソコンの中だけで動くAIのことです。入力した情報が外部に送られないため、機密データを扱う場面で重宝されます。

Q2. なぜMac Studioが選ばれたのですか?

Macはメモリを大容量にしやすく、CPUとGPUが同じメモリを共有する設計です。310億パラメータ級の大きなAIを1台で動かすのに向いています。同じ性能をWindowsのGPU搭載機で組むと、より高価で消費電力も大きくなりがちです。

Q3. 患者の情報はどこに保存されるのですか?

本郷真砂ハートクリニックの場合、すべて院内の機器内で処理・保管されます。公式サイトにChatGPTなど外部サービスへの送信はないと明記されています。

Q4. 自分のクリニックでも真似できますか?

ハードとモデルは誰でも手に入ります。ただし構築・運用・セキュリティ設計には専門知識が必要です。技術に自信がなければ、medimoのようなクラウド型か、GENSHI AIのようなベンダー経由が現実的です。

Q5. AIが書いたカルテをそのまま使うのですか?

いいえ。AIが作るのはあくまで下書きです。最終的な内容は医師が確認・修正して確定します。これはクラウド型でもローカル型でも同じです。

まとめ

  • 本郷真砂ハートクリニックは院長自らMac StudioでローカルLLMを構築し、X表示59万回超の話題に
  • モデルは無料のGemma 4 31B。用途は診療情報の要約と音声カルテ作成の補助
  • 患者情報は院内で完結し、外部AIには一切送らない。希望しない患者は除外可能
  • 自作ならMac Studio代の約42〜95万円で済むが、ベンダー経由は初期約400万円+月額約30万円
  • 「医療機器より安い」は自作限定の話。安さの正体は院長自身の技術と時間
  • 選択肢はクラウド型・ベンダー構築型・自作型の3つ。安さ・安全・手軽さのバランスで選ぶ

かかりつけのクリニックがAIをどう使っているか、次の診察で聞いてみてはいかがでしょうか。

参考文献