- 2026年8月、ローカル文字起こしの新ライブラリ「transcribe.cpp」が公開された
- 定番だったwhisper.cppを、ほぼそのまま置き換えられる設計になっている
- 16以上のモデルファミリー・60種類を超えるAIモデルを1つの仕組みで動かせる
- Whisperより最大49倍速いとされるモデルも選べるようになる
- 日本語では文字誤り率8%台のモデルもあり、議事録づくりが変わる可能性がある
会議の録音を文字にするのに、毎回クラウドへ音声をアップロードしていませんか。社外に出せない話が混じっていると、それだけで使えなくなります。2026年8月11日、その悩みに効きそうな新しい土台が公開されました。パソコンの中だけで文字起こしを完結させる「transcribe.cpp」です。
transcribe.cppとは?whisper.cppを置き換える新しい土台
transcribe.cppは、音声を文字に変換するAIを動かすためのライブラリ(アプリの部品となるプログラムのかたまり)です。
開発したのはCJ Pais氏。完全オフラインで動く音声入力アプリ「Handy」の作者です。開発はMozilla.aiの「Builders in Residence」という支援プログラムのもとで進められました。
ライセンスはMIT。誰でも無料で使え、商用利用も認められています。
いちばんのポイントは、これまで定番だった「whisper.cpp」をほぼそのまま置き換えられる点です。whisper.cppは、OpenAIの音声認識AI「Whisper」をC/C++で動かせるようにした有名なソフトでした。ローカル文字起こしといえばこれ、という存在です。
transcribe.cppは、その役割を引き継ぎつつ、扱えるAIの種類を一気に広げました。
なぜ新しく作る必要があったのか
きっかけは、開発者自身が困ったことでした。
音声認識AIは毎月のように新しいものが出ています。ところが、それぞれがバラバラの作りで公開されていました。
Mac専用の形式でしか動かないモデル、GPUを使えないモデル、独自の呼び出し方しか用意されていないモデル。1つのアプリに複数のAIを載せようとすると、モデルの数だけ組み込み作業が増えていきます。
そこで「入り口を1つに統一する」という発想が生まれました。どのAIを使っても同じ呼び出し方で動き、GPUによる高速化も共通で効く。それがtranscribe.cppの狙いです。
60種類以上のAIを1つの仕組みで動かせる
バージョン0.1.0の時点で、16以上のモデルファミリー・合計60種類を超えるモデルに対応しています。GIGAZINEの報道時点では、対応ファミリーは20まで増えているとされています。
並んでいる名前を見ると、その幅広さがわかります。
- Whisper:OpenAI製の定番。12種類のバリエーションに対応
- Parakeet:NVIDIA系の高速モデル。10種類に対応
- Qwen3-ASR:日本語の精度が高いと評価されているモデル
- SenseVoice・FunASR Nano:軽量で素早く動くタイプ
- MedASR:医療用語に強いモデル
- Sortformer:話者分離(誰が話したかを分ける処理)向け
モデルはGGUFという形式でまとめられ、公開先はHugging Faceです。用途に合わせて選び、同じコマンドで呼び出せます。
Whisperより49倍速い選択肢もある
選べるモデルが増えると、速度の選択肢も広がります。
公開ベンチマークの「Open ASR Leaderboard」では、Parakeet TDT 0.6B v3の平均WER(単語誤り率)が6.32%。Whisper large-v3の7.44%を上回っています。
差がもっと大きいのは処理速度です。同じ指標で、ParakeetのスループットはWhisper large-v3のおよそ49倍という数字が報告されています。CPUだけの環境でも約4倍速いという実測もあります。
1時間の会議録音が数分で終わるか、コーヒーを淹れて戻っても終わっていないか。その差になります。
古いパソコンでも動く工夫
高速化の対応も幅広く用意されています。
AppleシリコンのMacならMetal、NVIDIAのGPUならCUDA、AMDやIntelのGPUならVulkanが使えます。専用GPUがないパソコン向けには、tinyBLASという軽量な高速化の道も用意されています。
Windows・macOS・Linuxの3つで動き、Python、JavaScript/TypeScript、Rust、Swift/Objective-Cから呼び出せます。自分のアプリに組み込みやすい形が最初から揃っているわけです。
議事録・字幕・音声入力──使いどころ3シーン
具体的にどんな場面で効くのか、3つ想像してみてください。
社外秘の会議が多い部署
ある製造業の企画部では、毎週の会議で未発表の新製品名が飛び交います。クラウドの文字起こしサービスは便利ですが、音声データを社外のサーバーに預けることになります。情報システム部の許可が下りません。
ローカルで完結する仕組みなら、音声はパソコンの外に出ません。「録音データを社外に出さない」という条件をそのまま満たせます。
動画に字幕をつける個人クリエイター
週に3本の動画を投稿する人が、毎回20分ぶんの字幕を手打ちしていたとします。1本30分の作業なら、月に6時間が字幕づくりに消えます。
高速なモデルに切り替えれば、下書きは数分で出てきます。あとは固有名詞を直すだけです。作業時間の使い道が「入力」から「確認」に変わります。
キーボードを打たずにメモを取りたい人
開発者のCJ Pais氏が作った「Handy」は、ショートカットキーを押している間だけ音声を聞き取り、その場でテキストとして入力してくれるアプリです。次のバージョンはtranscribe.cppを土台に動く予定とされています。
移動中に思いついたアイデアを、話すだけでメモに残す。そんな使い方が、通信環境に関係なくできます。
whisper.cppや文字起こしサービスとの違い
似たような選択肢と並べると、立ち位置がはっきりします。
- whisper.cpp:Whisper系だけに対応。実績は豊富だが、モデルの選択肢は狭い
- transcribe.cpp:60種類以上に対応。速さ重視・精度重視・医療特化などを使い分けられる
- Notta:58言語対応のクラウド型。無料プランは月120分
- CLOVA Note:LINE提供のクラウド型。月300分無料で、話者分離の精度に定評
- Rimo Voice:日本語特化のクラウド型。1時間の音声を約5分で処理
つまり、クラウド型は「すぐ使える手軽さ」が強みです。アカウントを作れば当日から動きます。
一方でtranscribe.cppの強みは費用が使った分だけ増えないことと、音声が手元から出ないことです。月に何十時間も文字起こしする人ほど、この差は効いてきます。
日本のユーザーと企業への影響
日本語で使えるのか、という点が気になりますよね。
対応モデルの中にあるQwen3-ASRは、日本語のCER(文字誤り率)が8.20%と報告されており、日本語音声認識で最良クラスとされています。同じ音声での実測比較で7.8%という数字も出ています。
Whisper large-v3の日本語精度は約98%と言われますが、これは静かな環境での話です。会議室の反響や専門用語が混じる実務では、80〜90%あたりが現実的だと指摘されています。
ここで効いてくるのが、モデルを選べるという性質です。社内用語が多い会議はQwen3-ASR、大量の録音を一気に処理したいときは高速なParakeet。1つの仕組みのまま、用途で切り替えられます。
個人情報保護法や社内規程の関係で、クラウドへの音声アップロードが難しい組織は少なくありません。病院や自治体、法律事務所などが典型です。ローカル完結の選択肢が扱いやすくなることは、そうした現場にとって実用的な意味があります。
使う前に知っておきたい注意点
期待できる一方で、まだ荒削りな部分もあります。
まずバージョンが0.1.0である点です。開発者自身も「粗い部分がある」と認めています。whisper.cppにある細かいオプションのすべてが実装されているわけではありません。
話者分離も万能ではありません。誰が話したかを分ける機能は、選んだモデル次第です。すべてのモデルに備わっているわけではない点は押さえておきましょう。
リアルタイム性能も、モデル・量子化(AIを軽くする圧縮処理)・使うGPU・端末によって変わります。「どの環境でも必ず速い」とは言えません。
使い方自体はシンプルです。コマンドラインから、モデルファイルと16kHzのモノラルWAV音声を指定して実行する形になります。ただし、現時点では黒い画面(ターミナル)を扱える人向けと考えたほうが安全です。
なお、llamafileと組み合わせた「transcribefiles」という構想も進行中とされています。実現すれば、ファイル1つをダウンロードするだけで文字起こしが動く形になります。
よくある質問(FAQ)
Q. 無料で使えますか?
はい。MITライセンスで公開されており、無料で利用できます。商用利用も可能です。ただしモデルごとに別のライセンスが設定されている場合があるため、業務で使う前には利用したいモデルの条件を確認してください。
Q. インターネットに接続していなくても動きますか?
動きます。モデルファイルを一度ダウンロードしてしまえば、あとはパソコンの中だけで処理が完結します。飛行機の中でも、電波の届かない会議室でも使えます。
Q. 今whisper.cppを使っています。乗り換えるべきですか?
急ぐ必要はありません。「ほとんどの用途で置き換えられる」水準ではあるものの、まだバージョン0.1.0です。安定運用中の環境はそのままにして、別のモデルを試したくなったタイミングで検討するのが現実的です。
Q. どのくらいのパソコンが必要ですか?
選ぶモデル次第です。軽量なモデルなら、専用GPUのないノートパソコンでも動きます。tinyBLASによるCPU向けの高速化も用意されています。精度の高い大きなモデルを快適に動かしたい場合は、GPU搭載機か、メモリに余裕のあるAppleシリコンのMacが向いています。
Q. 精度はクラウドの有料サービスに勝てますか?
モデルの選び方によります。日本語ではQwen3-ASRのように文字誤り率8%台のモデルもあり、十分に実用的な水準です。ただし専門用語や固有名詞は間違えやすいため、公開資料に使うなら人の確認は残したほうがよいでしょう。
まとめ
- transcribe.cppは、whisper.cppを置き換えることを狙った新しいローカル文字起こしライブラリ
- 開発はHandy作者のCJ Pais氏、Mozilla.aiの支援プログラムのもとで進行
- 16以上のファミリー・60種類超のモデルを、同じ呼び出し方で動かせる
- Whisperの約49倍というスループットのモデルも選択肢に入る
- 日本語はQwen3-ASRの文字誤り率8.20%が目安。議事録用途で現実的な水準
- バージョンは0.1.0。話者分離や細かい機能はこれからの部分もある
クラウドに音声を上げられずに困っている人は、まず手元のパソコンで小さなモデルを1つ試してみるところから始めてみてください。

