1.9万人が使う社内AI|ソフトバンクRAGの舞台裏

伊東雄歩
監修者 伊東 雄歩

株式会社ウォーカー CEO。東北大学卒。MENSA会員、JDLA認定講師、健全AI教育協会理事。生成AI×教育・学習科学を専門とし、2億円超のシステム開発プロジェクトを統括。

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  • ソフトバンクが全社員1万9000人向けの「全社RAG基盤」を構築した背景がわかります
  • 部門ごとにAIが乱立した「泥臭い」課題と、その解決策がわかります
  • ガバナンスと使いやすさを両立させる承認ワークフローの仕組みがわかります
  • 2.5カ月で約2800時間を生み出した具体的な成果がわかります
  • パナソニックやイオンなど他社事例との違いと、あなたの会社への活かし方がわかります

「社内の規程を探すだけで15分もかかる」。そんな悩みを持ったことはありませんか?

ソフトバンクは、この地味だけど大きな問題をAIで解決しました。全社員1万9000人が使う「全社RAG基盤」です。この記事では、その裏側にあった泥臭い苦労と、たった2.5カ月で2800時間を生み出した成果をやさしく解説します。

ソフトバンクの「全社RAG基盤」とは?

まず「RAG」という言葉から説明します。

RAG(検索拡張生成)とは、AIが社内の資料を検索してから答えを作る仕組みのことです。ふつうのChatGPTは学習した知識だけで答えます。でもRAGなら、会社の規程やマニュアルを見ながら答えてくれます。

ソフトバンクが作ったのは、この仕組みを全社で1つに統合した基盤です。2026年7月、IT専門メディア「@IT」の連載で、その構築の舞台裏が明かされました。

いま利用しているのは約1万9000人。社員が「この経費は精算できる?」「この手続きのルールは?」と聞くと、AIが関係する規程を探して答えてくれます。

つまり、分厚い社内ルールブックが「話しかけられる相棒」に変わったのです。

なぜ全社で1つに?部門ごとRAG乱立という落とし穴

実は、ソフトバンクでも最初から1つにまとまっていたわけではありません。

生成AIが話題になると、社内の熱量が一気に高まりました。各部署が競うように、自分たちだけのRAG環境を作り始めたのです。

これは前向きな動きに見えます。でも、大きな落とし穴がありました。

「誰が、どこに、どんな情報を置いたのか」が全社でわからなくなったのです。

とくに問題なのは、機密情報や個人情報の扱いです。あちこちのAIツールに社員が勝手にデータを入れると、管理の目が届きません。これは会社にとって大きなリスクになります。

そこでソフトバンクは決断します。バラバラのRAGをやめて、安全に管理できる「全社共通の1つの基盤」に統合する方針に切り替えたのです。

「泥臭い舞台裏」承認ワークフローの中身

統合で一番むずかしかったのは、「使いやすさ」と「安全さ」の両立でした。

安全にしすぎると使いにくくなります。逆に使いやすくしすぎると危険な情報が漏れます。このバランス取りこそが、記事で「泥臭い」と表現された部分です。

2段階のチェックでデータを守る

ソフトバンクが選んだのは、データを登録する前に人の目でチェックする承認ワークフローです。

流れはこうです。

まず、データ管理者がファイルを登録します。このとき「個人情報が入っていないか」などのルールを自分で確認します。

次に、部門の責任者が登録内容をチェックします。「この目的で、この情報を出して本当に大丈夫か」を判断して承認します。

この2段階を通らないと、AIはそのデータを使えません。手間はかかりますが、危険なデータの混入を防げます。

誰でも見られるわけではない

利用者の管理も工夫されています。OAuth認証(本人確認の仕組み)を使い、許可された社員だけがアクセスできます。

しかも、すでに社内で使われているChatGPT Enterpriseの画面から、そのまま呼び出せます。新しいアプリを覚える必要がありません。この「いつもの場所で使える」工夫が、利用者を増やしました。

表形式データという難関

技術面でも苦労がありました。社内の規程は約150件以上。しかもPDF、Excel、Wordとバラバラの形式でした。

とくにExcelの表は、AIが読み取るのが苦手です。最初は回答の精度がなかなか上がりませんでした。

そこで「TASUKI Annotation」というデータ整理ツールを使い、表もAIが理解できる形に構造化しました。この地道な作業で、文章も表も実務レベルの精度にたどり着いたのです。

どれだけ効果があった?数字で見る成果

では、実際にどれだけ役立ったのでしょうか。

ある社員が、月末に新しい業務を任された場面を想像してみてください。関係する規程を探し、読み込み、他のルールとの矛盾がないか確認する。以前はこれに1回あたり約15分かかっていました。

それがAIに聞くだけで、関係する複数の規程をまとめて提示してくれます。

成果は数字にはっきり出ました。

  • リリースから2.5カ月で約1.1万回利用された
  • 合計で約2800時間の業務時間を生み出した
  • 1回あたり約15分の確認作業を短縮した

ちなみに、これは単なる時短だけではありません。AIが業務の背景をふまえて「関係するルール」をまとめて出すので、確認漏れを防ぐ効果もあります。人間なら見落としがちな細かい規程も、拾ってくれるのです。

他社の社内AIとどう違う?比較でわかる特徴

社内にRAGを入れる会社は、ソフトバンクだけではありません。他社と比べると、特徴が見えてきます。

パナソニックグループは2023年に汎用のRAG環境「PX-AI Plus」を作りました。ただ、提供から半年で50件対応したものの、精度が低く準備の手間も多く、実利用は数件にとどまったと報告されています。汎用のまま広げる難しさを示す例です。

LINEヤフーは「SeekAI」という独自ツールを開発し、カスタマーサポート業務で約98%の正答率を出しています。特定業務にしぼって精度を高めた例です。

イオンはグループ約1000人に導入し、トップ利用者は月に約130時間もの業務削減を実現しました。

この中でソフトバンクが目立つのは、「全社の統制」と「現場の使いやすさ」を同時に狙った点です。多くの会社が「精度」か「広さ」のどちらかに寄るなか、承認ワークフローで安全を担保しつつ、いつものChatGPT画面から使える手軽さを両立させました。

従来の「部門ごとに勝手に作る」やり方と比べると、管理のしやすさが段違いです。

日本企業にとって何が参考になる?

この話は、大企業だけのものではありません。日本の多くの会社に当てはまるヒントがあります。

日本企業の資料は、PDFやExcelがとても多いのが特徴です。ソフトバンクが苦労した「表形式データの読み取り」は、まさに日本のオフィスあるあるの課題です。

また、日本企業は情報管理やガバナンスをとても重視します。「便利だけど危ない」ツールは、なかなか全社に広がりません。ソフトバンクの承認ワークフローという型は、慎重な日本企業でもAIを安全に広げるお手本になります。

さらに、日立ソリューションズは「競争軸が単体機能から、複数のAIを安全に回す統制基盤へ移った」と指摘しています。これからは「派手な新機能」より「安全に運用する土台」が勝負を分けるということです。

あなたの会社でも、まず社内規程やマニュアルの検索から始めるのは、現実的な第一歩と言えるでしょう。

よくある質問(FAQ)

Q1. RAGとふつうのChatGPTは何が違うの?

ふつうのChatGPTは学習済みの知識だけで答えます。RAGは会社の資料を検索してから答えるので、社内ルールなど「その会社だけの情報」に正確に答えられます。

Q2. 中小企業でも同じことができますか?

できます。規模は小さくても、社内マニュアルや規程をAIに読ませる仕組みは作れます。まずは1つの業務にしぼって試すのがおすすめです。

Q3. 情報が漏れる心配はないの?

ソフトバンクは承認ワークフローとOAuth認証で対策しています。誰がどんなデータを入れるかを人がチェックし、許可された社員だけが使える仕組みです。

Q4. なぜExcelの表はAIが苦手なのですか?

表はセルの位置に意味があり、文章のように順番に読めないからです。ソフトバンクはデータを構造化するツールで、AIが表を理解できるように整えました。

Q5. どれくらいで効果が出ますか?

ソフトバンクの場合はリリースから2.5カ月で約1.1万回使われ、約2800時間を生み出しました。使う場面を絞れば、比較的早く効果が見えます。

まとめ

ソフトバンクの全社RAG基盤から学べるポイントを整理します。

  • 全社員1万9000人が使う社内AI基盤を構築した
  • 部門ごとのRAG乱立というリスクを、全社統合で解決した
  • 承認ワークフローで「使いやすさ」と「安全さ」を両立させた
  • 2.5カ月で約2800時間の業務時間を生み出した
  • 日本企業に多いPDF・Excel資料の課題にも通じる実践例である

まずは自社の「探すのに時間がかかる資料」を1つ選び、AIに読ませる実験から始めてみてください。

参考文献

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