AIが10の数学難問を突破|OpenAI次期モデル

伊東雄歩
監修者 伊東 雄歩

株式会社ウォーカー CEO。東北大学卒。MENSA会員、JDLA認定講師、健全AI教育協会理事。生成AI×教育・学習科学を専門とし、2億円超のシステム開発プロジェクトを統括。

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  • OpenAIが2026年8月1日、10年以上だれも解けなかった数学の未解決問題10件をAIで突破したと公開
  • 成果を出したのは次期主要モデル「Astra(アストラ)」の社内版
  • ポスト量子暗号の土台である「格子」の問題や、作用素環論の長年の予想が含まれる
  • Google DeepMindも5月に9件のエルデシュ問題を1問数百ドルで自力証明しており、競争は激化
  • 過去には「解いた」が誇張だった前例もあり、検証のしかたが焦点になっている

80年間だれも解けなかった数学の難問が、AIによって次々と崩れています。しかも今度は1問ではなく、まとめて10問。使われたのはOpenAIがまだ公開していない次期モデルでした。何が解かれ、どこまで信じていいのか。順を追って見ていきます。

OpenAIが公開した「10の進展」とは

2026年8月1日、OpenAIが「数学と理論計算機科学における10の進展」というレポートを公開しました。

掲載された10件はすべて、10年以上だれも本筋を前に進められなかった未解決問題です。多くはもっと長い間、放置されていました。

扱われた分野は幅広く、高次元幾何学、符号理論、算術回路計算量、群論、作用素環論、量子計算量、格子暗号、極値組合せ論にまたがります。

数学の専門家でも、このうち2つ以上に詳しい人はほとんどいません。それだけバラバラの領域なのです。

OpenAIは2026年5月にも、約80年未解決だった「エルデシュの単位距離予想」の反証をAIが見つけたと発表しています。今回はその延長線上にある、規模を10倍にした発表だと考えるとわかりやすいでしょう。

解かれた問題の中身をのぞいてみる

量子時代の暗号を支える「最近ベクトル問題」

10件のうち、いちばん実社会に近いのがこれです。

最近ベクトル問題(Closest Vector Problem)は、格子暗号(量子コンピュータでも破りにくいとされる次世代の暗号方式)の安全性を支える土台になっています。

今回のAIは、この問題の「多項式因子の近似困難性」という結果を出しました。ざっくり言えば「近い答えを探すだけでも、やっぱりものすごく難しい」ことを示したものです。

暗号にとっては、難しいことが証明されるのは良いニュースです。土台が思ったより頑丈だとわかったからです。

巨匠の予想をひっくり返した「コンヌの剛性予想」

作用素環論という分野には、「ある種の群は、そこから作られるフォン・ノイマン環によって一意に決まる」という長年の予想がありました。

AIはこれを反証しました。つまり「決まらない例がある」と示したわけです。

正解を積み上げるより、反例を1つ見つけるほうがAIには向いています。総当たりに近い探索を、疲れずに延々と続けられるからです。

エルデシュが残した宿題たち

ハンガリーの数学者ポール・エルデシュは、生涯で膨大な未解決問題を残しました。今もその一覧に番号が振られ、世界中の数学者が挑んでいます。

今回はそのうち183番(多色ラムゼー数の超指数的な下界)、146番と180番(極値グラフ理論のコンパクト性予想と退化度予想)が含まれています。

ラムゼー数は「どんなにバラバラに色を塗っても、必ず同じ色のかたまりができてしまう最小サイズ」を表す数です。値がわかっているものはごくわずかで、数学の中でも計算が絶望的に難しい対象として知られています。

正体は次期モデル「Astra」

これらの成果を出したのは、OpenAIの次期主要モデル「Astra」の社内版だと明かされました。

Astraの特徴は、1体の賢いAIではなく複数のAIエージェントがチームで動くことです。難しい課題を分担し、それぞれが長時間並行して作業し、最後に結果を持ち寄ります。

研究室に大学院生が10人いて、全員が寝ずに1週間手を動かし続けるような体制、と言えば近いかもしれません。

名前はまだ仮です。GPT-6として出すのか、GPT-5.7にするのか、既存のSol・Terra・Lunaと並ぶ別のシリーズにするのか、決まっていないと報じられています。

サム・アルトマンCEOは今週ワシントンで、Astraを議員たちに非公開でデモしました。ウォーノック議員(ジョージア州)、モレノ議員(オハイオ州)、ウォーナー議員(バージニア州)に加え、ベッセント財務長官やラトニック商務長官も同席したとされています。

背景には、8月1日に始動する連邦政府の「公開前30日審査」の枠組みがあります。強力なモデルほど、出す前に政治との調整が必要になってきた、ということです。

Google DeepMindとの比較|数学AIは2強時代へ

この分野で走っているのはOpenAIだけではありません。

Google DeepMindは2026年5月21日、「AlphaProof Nexus」に関する論文を公開しました。挑戦した353件のエルデシュ未解決問題のうち9件を自力で証明し、OEIS(整数列のデータベース)の予想も44件解決しています。中には56年間手つかずだった問題も含まれていました。

両者のアプローチには、はっきりした違いがあります。

  • OpenAI(Astra):複数エージェントが長時間協働。成果は通常の数学論文の形で提示
  • DeepMind(AlphaProof Nexus):GeminiとLean(証明を1行ずつ機械で検証するソフト)を組み合わせ、機械が確認済みの証明だけを通す
  • コスト:DeepMind側は1問あたり数百ドル程度と公表。OpenAI側は非公表

Leanを使う方式は、AIが自信たっぷりに書いた間違いをその場ではじけるのが強みです。一方で、Lean用に書き直す手間がかかるため、扱える問題の種類は限られます。

Googleは「AI for Math Initiative」として、Gemini Deep Think、AlphaEvolve、AlphaProofを研究者に開放する取り組みも始めています。

「AIが解いた」をどこまで信じていいのか

ここは冷静に見る必要があります。実は、前科があるのです。

2025年10月、OpenAIの幹部が「GPT-5が10件のエルデシュ問題を解いた」と発信しました。ところが数学者のトーマス・ブルーム氏が「劇的な誇張だ」と指摘します。AIは解を生み出したのではなく、すでに存在していた論文を検索してきただけでした

5月の単位距離予想の反証も、内実を見ると万能ではありません。最大限の計算資源を投じても、成功したのは試行の半分程度だったと報じられています。

数学者のヤコブ・ツィメルマン氏は、AIが使った戦略を自分も考えたことがあると認めつつ、「その手のやり方は時間ばかり食って、たいてい報われない」から捨てたと述べています。つまりAIは、賢さで勝ったというより「人間が面倒で避けた道を、疲れずに歩き切った」わけです。

それでも評価は高い。フィールズ賞受賞者のティム・ガワーズ氏は「単位距離問題の解決がAI数学のマイルストーンであることに疑いはない」と述べました。

トロント大学のダニエル・リット氏は「先行指標としてではなく、それ自体が面白いと思えるAI自律生成の結果は、これが初めて」と評しています。

同じくフィールズ賞受賞者のテレンス・タオ氏は、数学と理論物理においてAIはすでに「実戦投入できる」段階にあり、「無駄にする時間より節約する時間のほうが多い」と語っています。そのうえで、正しさの担保にはLeanのような形式検証が要ると強調しています。Leanの数学ライブラリ「Mathlib」は、すでに100万行を超える規模になりました。

日本への影響|研究現場とセキュリティの両面から

遠い話に聞こえるかもしれませんが、日本にも三方向から効いてきます。

ひとつ目は研究現場です。東京科学大学の岡崎直観教授は、「アイデアの正しさを検証しやすい数学やアルゴリズムの研究はAIを適用しやすく、新たな発見につながるかもしれない」と指摘しています。今回の10件は、まさにその予測どおりの領域で出ました。

ある大学院生が、修士論文のために先行研究を3日かけて洗い出す作業を想像してみてください。タオ氏がすでにやっているように、文献探索とアプローチの筋の良し悪しの判定をAIに任せれば、そこは半日に縮みます。浮いた2日半を、自分にしかできない部分に回せるのです。

ふたつ目は国産の取り組みです。日本のSakana AIは「The AI Scientist」を開発し、v2が書いた論文は2025年3月に世界トップ級の機械学習学会の査読を通過しました。論文1本あたりのコストは約15ドルとされています。文部科学省も理化学研究所で科学研究向けAI基盤モデル(TRIP-AGIS)の整備を2024年4月から進めています。

三つ目は暗号とセキュリティです。日本の官公庁や金融機関は今、ポスト量子暗号への移行計画を立てている最中です。情報システム担当者にとって、格子暗号の安全性に関する新しい研究結果は「移行先が本当に安全か」を判断する材料になります。今回の結果は安全性を補強する方向でしたが、逆の結果が出れば移行計画そのものを見直すことになります。

そして高校や大学で数学を教える人にとっては、教室の空気が変わります。「これAIが解けるんじゃないですか」と聞かれたとき、解ける問題と、まだ人間しか筋道を立てられない問題の線引きを説明できるかどうかが問われるようになるでしょう。

よくある質問(FAQ)

Q1. Astraはいつ使えるようになりますか?
A. 公開時期は明かされていません。アルトマンCEOも記者や議員に対して、具体的な能力や公開日を語ることは避けています。名称もGPT-6になるのか別シリーズになるのか未定です。

Q2. AIが出した証明は本当に正しいのですか?
A. 今回のOpenAIの成果は、通常の数学論文と同じく人間の専門家による査読が前提です。Leanのような形式検証ソフトで1行ずつ機械チェックしたDeepMind方式に比べると、確認の負担は人間側に残ります。今後しばらくは「AIが出す→人間が確かめる」の組み合わせが続きます。

Q3. 数学者の仕事はなくなりますか?
A. すぐにはなくなりません。ただし価値の置きどころは動きます。ルーティンの計算や探索が安くなるぶん、「どの問題を選ぶか」「どう検証するか」という判断が、これまで以上に重要な技能になります。

Q4. 格子暗号が破られたということですか?
A. 逆です。近似的に解くだけでも難しいと示された形なので、暗号の安全性を支持する方向の結果です。ただし研究が進めば評価が変わる可能性は常にあります。

Q5. 日本語で同じことができますか?
A. 数式や論理は言語にあまり依存しないため、日本語でやりとりしても大きな差は出にくい領域です。ただし最先端の論文はほぼ英語なので、文献探索の精度は英語のほうが高くなります。

まとめ

  • OpenAIが2026年8月1日、10年以上未解決だった数学・理論計算機科学の問題10件を突破したと公開した
  • 成果を出したのは未公開の次期モデル「Astra」の社内版で、複数エージェントが長時間協働する構造
  • 格子暗号の最近ベクトル問題、コンヌの剛性予想、エルデシュ問題183・146・180などが含まれる
  • Google DeepMindもAlphaProof Nexusで9件のエルデシュ問題を1問数百ドルで証明済み、競争は2強状態
  • 2025年10月には「解いた」が実は検索だった前例があり、検証プロセスの透明性が今後の焦点
  • 日本では研究現場の効率化と、ポスト量子暗号への移行判断の両方に影響する

まずは公開されたレポートの原文に一度目を通し、自分の専門分野に近い項目がないか確かめてみてください。AIが「共同研究者」になる速度は、思っているより速く進んでいます。

参考文献