世界初の商用BCI承認|中国NEOがNeuralinkを越えた瞬間

伊東雄歩
監修者 伊東 雄歩

株式会社ウォーカー CEO。東北大学卒。MENSA会員、JDLA認定講師、健全AI教育協会理事。生成AI×教育・学習科学を専門とし、2億円超のシステム開発プロジェクトを統括。

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  • 中国の国家薬品監督管理局(NMPA)が、世界で初めて埋め込み型ブレイン・コンピュータ・インターフェース「NEO」を商用承認
  • 開発元はNeuracle Technology(上海)と清華大学。8電極のコイン大デバイスを硬膜上に置く設計で、Neuralinkより侵襲性が低い
  • 2024年に脊髄損傷で麻痺した39歳の男性が埋め込み手術を受け、訓練9日目でボールをつかむ動作に成功
  • 中国は2026年内に40人の患者に埋め込みを実施予定。第15次五カ年計画でBCIを重点産業に指定
  • 日本にも約15万人の脊髄損傷患者がおり、慶應大や大阪大が独自BCIを開発中。世界の医療AI競争が新フェーズへ

「脳チップで麻痺患者が再び腕を動かす」——SF映画のような技術が、ついに現実の医療現場で使えるようになりました。しかも、その先頭を走ったのは米国のNeuralinkではなく、中国の企業です。世界初の商用BCI「NEO」とは何なのか、Neuralinkとの違い、そして日本への影響をやさしく整理します。

中国が世界初の商用BCIを承認したという事実

2026年3月、NMPAが「NEO」を承認

中国の国家薬品監督管理局(NMPA、日本の厚生労働省にあたる機関)は2026年3月13日、上海のNeuracle Technologyが開発したBCIデバイス「NEO」を承認しました。

「BCI(ブレイン・コンピュータ・インターフェース)」とは、脳の電気信号を読み取ってコンピュータや機械を操作する技術のことです。

これまで世界中でBCIの研究は進んでいましたが、すべて臨床試験という「実験段階」での使用に限られていました。「商品として販売・使用してよい」と認められたのは、NEOが世界で初めてです。

発表は3月、報道は6月

承認自体は2026年3月に行われましたが、MIT Technology Reviewが6月1日付で詳細な特集記事を公開したことで、世界中のメディアが一斉に取り上げ始めました。

つまり「中国が静かに先行していた」のが今、世界に広く知られたタイミングです。

NEOの中身——どんな仕組みで動くのか

コイン大の本体に8つの電極

NEOは、500円玉ほどの大きさのワイヤレス装置です。頭蓋骨に埋め込み、8つのセンサー(電極)を脳の表面に置きます。

ポイントは、電極を脳の組織に直接刺さないところです。電極は「硬膜」と呼ばれる脳を守る膜の上に置かれます。これが後ほど触れるNeuralinkとの大きな違いです。

脳の信号を読んで「ロボット手袋」を動かす

NEOが拾うのは脳からの微弱な電気信号です。患者が「手を握りたい」と考えると、その信号がワイヤレスでコンピュータに送られます。

コンピュータは信号を解読し、患者の手に装着されたロボット手袋に動作命令を出します。患者は手袋を介して、自分の意思で物を握る・離すといった動作ができるようになります。

手術は1時間半、開発は清華大と共同

埋め込み手術にかかる時間は約1時間30分以上。開発は清華大学(中国トップクラスの理工系大学)とNeuracleが共同で進めてきました。

清華大学は中国の「東大」のような存在で、ここの研究室と企業が組んだ点に、中国政府の本気度がうかがえます。

39歳男性が9日でボールを握れた——臨床試験の成果

Dong Huiさんの回復ストーリー

NEOの効果を象徴する事例として、MIT Technology Reviewが紹介したのがDong Huiさん(39歳)のケースです。

Dongさんは6年前の交通事故で頸髄(首の脊髄)を損傷し、両腕が動かせない状態になりました。2024年11月にNEOを埋め込み、その後11か月にわたって1日2時間半の訓練を続けました。

訓練のなかでDongさんは、埋め込みから9日目に、手袋なしでボールをつかむ動作に成功しています。これは、脳の信号で外部のロボット手袋を制御し、自分の意思で握力を再獲得した瞬間でした。

臨床試験は36件、対象は脊髄損傷の麻痺患者

Neuracleはこれまでに合計36件の臨床試験を実施してきました。2025年だけで32件が集中的に行われています。

NEOが対象とするのは、18〜60歳で頸髄損傷による四肢麻痺の患者のうち、上腕にわずかでも動かす力が残っている人です。完全に動かせない人ではなく、リハビリで機能を取り戻せる可能性のある層に絞っています。

Neuralinkとの違い——「侵襲性」の設計思想

脳に刺すか、膜の上に置くか

米国のNeuralinkが開発するN1チップは、髪の毛より細い電極(スレッド)を脳の組織に直接刺し込む方式です。脳のすぐ近くで信号を拾えるため、精度が高いという利点があります。

一方、NEOは硬膜の上から信号を読みます。脳に刺さないぶん精度では劣る可能性がありますが、出血、グリア瘢痕(脳組織の傷跡)、長期間使った時の信号低下といったリスクが小さいとされています。

商用化のステージで先行した中国

Neuralinkは2024年から人への埋め込みを開始し、2026年時点で世界で21人の参加者が臨床試験に参加しています。患者の中にはALSを患うBradさんがAIで再現した自分の声を使ってYouTube動画を編集した事例もあります。

ただし、Neuralinkはあくまで臨床試験段階で、米国FDA(食品医薬品局)からの商用販売承認はまだ取れていません。「商品として売れるBCI」を最初に世に出したのは中国だった——これが今回の最大のニュースです。

中国は次の「Beinao-1」も準備中

中国はNEOで止まりません。中国脳研究所とNeuCyber NeuroTechが開発する「Beinao-1」が次の主力候補で、2028年頃の承認が見込まれています。中国国内ではNeuroXess、StairMedなど複数のスタートアップが競っており、層の厚さでも追い上げています。

なぜ中国は急いだのか——国家戦略としてのBCI

第15次五カ年計画で「重点産業」に指定

中国がNEOを承認したのと同じ日、中国政府は第15次五カ年計画を発表しました。この計画では、中国の今後を支える「6つの重点産業」の1つにBCIが選ばれています。

つまり今回の承認は、単なる医療機器の認可ではありません。国家として「BCIを次の主力産業にする」と宣言した上での、戦略的な一手です。

医療保険にも組み込まれる

承認直後、中国の医療保険にはNEOに割り当てる固有コードが追加されました。患者は自己負担の一部だけで治療を受けられる仕組みです。

米国では先端医療が「払える人だけのもの」になりがちです。中国は国民が広く使える設計にすることで、データの蓄積でも先行しようとしています。データが集まればAIによる解析精度も上がり、技術がさらに磨かれます。

日本市場への影響——15万人の脊髄損傷患者が待っている

日本にもBCI研究の蓄積はある

日本国内には約15万人の脊髄損傷患者がおり、毎年4,000〜5,000人が新たに受傷しています。BCIの恩恵を受けられる潜在的な対象者は決して少なくありません。

研究側でも、日本の大学は地道に積み上げてきました。

  • 慶應義塾大学発のLIFESCAPESは、脳波を読み取るヘッドセット型のリハビリ機器を2023年に発売。2024年には日本初のリハビリ用BCIシステムとして医療機器承認を取得
  • 大阪大学の平田雅之研究室は、ワイヤレスで体内に埋め込めるBCIを開発中

ただし、日本国内で商用承認された埋め込み型BCIはまだありません。リハビリ用の非埋め込み型から、本格的な埋め込み型へどう進むかが今後の課題です。

医療AI規制と「侵襲型」のハードル

日本のPMDA(医薬品医療機器総合機構)は安全性の審査が慎重なことで知られています。脳に直接関わる侵襲型デバイスは、当然ながら審査のハードルが高くなります。

中国の承認スピードがそのまま日本に当てはまるわけではありません。ただ、NEOが世界で実績を積めば、日本のメーカーや病院もその知見を活用しやすくなります。「海外で使えるなら日本でも」という患者側の声も、今後強まる可能性があります。

BCIで何ができるようになるのか——3つの活用シーン

麻痺患者の日常動作の回復

もっとも近いゴールが、Dongさんのような麻痺患者の生活再建です。ペットボトルのキャップを開ける、スマートフォンを操作する、文字を入力する——こうした日常動作を取り戻すことが、BCIの第一の使い道になります。

家族が24時間付き添う必要がなくなれば、患者本人だけでなく介護者の負担も大きく減ります。

ALS患者の「声」の回復

NeuralinkのBradさんの事例は印象的です。ALSで声を失った後も、AIに学習させた以前の自分の声で動画にナレーションを入れ、YouTubeに公開できる。

「もう一度自分の声で家族に話しかけたい」という願いに、AIとBCIが応えはじめています。BCIが脳から言葉の信号を読み取り、AIが自然な音声を生成する——この組み合わせが急速に現実になっています。

将来的には認知機能や記憶のサポートにも

研究者は将来、認知症患者の記憶補助やうつ病の治療への応用も視野に入れています。脳の状態をAIで解析し、必要なタイミングで適切な刺激を返す。まだ実用化には遠い領域ですが、NEOの承認はその扉を一歩開けた出来事です。

よくある質問(FAQ)

Q1. NEOはいくらで使えますか?

具体的な価格は公表されていませんが、中国の医療保険に組み込まれており、患者は一部の自己負担で治療を受けられる仕組みです。中国国内の患者向けの設計で、現時点で海外への輸出計画は明らかになっていません。

Q2. NEOとNeuralinkはどちらが優れていますか?

目的によって評価が変わります。脳に直接刺すNeuralinkは精度面で優位とされますが、感染症や信号低下のリスクがあります。NEOは硬膜上のため安全性で優位ですが、信号の解像度では譲ります。「精度を取るか安全を取るか」という設計思想の違いです。

Q3. 日本人もNEOを受けられますか?

現時点では中国国内の患者が対象です。日本で使うには、日本のPMDA(医薬品医療機器総合機構)の承認が別途必要になります。日本企業や大学が中国の知見を参考にする可能性はありますが、すぐに日本の病院で受けられる状況ではありません。

Q4. BCIは健常者も使えるようになりますか?

現在の埋め込み型BCIは、麻痺やALSなど重度の症状を抱える患者向けに設計されています。健常者が使うには、頭部手術というリスクに見合うメリットが必要で、当面は医療目的にとどまる見通しです。ただ、ヘッドセット型などの非侵襲BCIは、ゲームや教育の分野での応用が広がりつつあります。

まとめ——医療AI競争の主戦場が変わった

  • 中国が2026年3月、世界初の商用埋め込み型BCI「NEO」を承認
  • 開発元はNeuracle Technology+清華大学。硬膜上に8電極を置く低侵襲設計
  • 2024年に埋め込んだ39歳の麻痺患者が、9日目にボールをつかむ動作に成功
  • 2026年内に40人へ埋め込み予定、医療保険にも組み込み済み
  • NeuralinkはまだFDA商用承認を取れておらず、中国が先行した形
  • 日本にも約15万人の脊髄損傷患者がおり、慶應・大阪大の研究が今後の鍵

BCIの開発競争は「研究」から「商用」のフェーズに移りました。次の数年、医療AIのニュースをチェックする際は、中国・米国・日本のどこが患者に届ける速度で勝つかに注目してみてください。

参考文献

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