- AMDが完全オープンなMoEモデル「Instella-MoE-16B-A3B」を2026年7月24日に公開
- NVIDIAのGPUを一切使わず、自社のInstinct MI300X/MI325Xだけで7.1兆トークンを学習
- 総パラメータ160億のうち、1トークンで動くのは28億だけという省エネ設計
- ベンチマーク平均76.7点で、同じ「完全オープン」勢のOLMo-3-7B(70.1点)を上回る
- 学習コード・データ配合・途中のチェックポイントまで全部公開。ただしライセンスは研究用途限定
AIモデルの「オープン」って、どこまで公開されていると思いますか?実は多くのモデルは、完成した重みだけを配って中身の作り方は秘密です。そこにAMDが、学習の全工程をまるごと公開したモデルを投げ込みました。しかもNVIDIA製GPUを1枚も使わずに、です。
AMDが公開した「Instella-MoE」とは
AMDは2026年7月24日、公式ブログ「ROCm Blogs」で新しい言語モデルを発表しました。
名前はInstella-MoE-16B-A3B。読み方は「インステラ・エムオーイー」です。
数字の意味はシンプルです。16Bは総パラメータ160億個、A3Bは1回の計算で実際に動くパラメータが約28億個(約3B)ということを表しています。
パラメータとは、AIが知識をしまっておく引き出しのようなもの。数が多いほど賢くなりやすい代わりに、動かすためのコンピューターも大がかりになります。
学習に使ったのはAMDのGPUだけ
今回いちばん注目されているのは、学習に使った機材です。
Instella-MoEはAMD Instinct MI300XとMI325Xだけで、ゼロから学習されました。NVIDIAのGPUは使われていません。
ソフトウェアもAMD製で統一されています。土台となる「ROCm(ロックエム)」、学習を回す「Primus」、強化学習を担当する「Miles」という組み合わせです。
学習に投入した文章の量は7.1兆トークン。トークンは単語をさらに細かく割った単位で、日本語なら1文字〜数文字ぶんにあたります。
「完全オープン」は何が違うのか
ニュースでよく見る「オープンモデル」という言葉。実は中身に大きな差があります。
オープンウェイトと完全オープンの差
一般的なオープンモデルは「オープンウェイト」と呼ばれます。完成品の重み(学習の成果物)はダウンロードできますが、どんなデータをどう混ぜたかは非公開です。
料理でいえば、できあがった一皿はもらえるのに、レシピと材料の産地は教えてもらえない状態です。
一方の完全オープン(fully open)は、重み・学習コード・データの配合まで公開するやり方です。他の研究者が同じ手順をなぞって再現できます。
学習の「途中経過」まで丸出し
Instella-MoEがユニークなのは、公開範囲の広さです。
事前学習、中間学習、長文対応の拡張、SFT(お手本を見せて教える工程)、DPO(良い答えを選ばせる工程)、強化学習。この6つの段階すべてのチェックポイントがHugging Faceに置かれています。
ある大学の研究室を想像してみてください。「AIは学習の何合目で計算問題が解けるようになるのか」を調べたくても、完成品しか手に入らなければ検証できません。途中の重みが全部あれば、その成長過程を1コマずつ追えます。
MoEの仕組みをやさしく解説
MoEは「Mixture of Experts(専門家の混合)」の略です。
Instella-MoEの中には64人の専門家が入っています。質問が来るたびに、全員ではなく共有担当2人+その質問に強い6人だけが働きます。
大きな病院の受付が、症状に応じて内科や整形外科へ案内するのと同じ発想です。全科の医師を毎回集める必要はありません。
この仕組みのおかげで、160億パラメータを抱えながら、実際の計算は28億ぶんで済みます。つまり賢さは大型モデル級、動かすコストは小型モデル級を狙えるわけです。
速度を上げる2つの工夫
アーキテクチャ(設計)にも新しい要素が入っています。
1つはGated MLAという注意機構。もう1つがFarSkip-Collectiveという、GPU同士の通信と計算を同時進行させる技術です。
AMDによると、この工夫で事前学習の速度が12.7%向上しました。さらに推論時は、最初の1文字が返ってくるまでの時間(TTFT)が最大39.2%短縮されたとしています。
扱える文章の長さは4Kトークンから拡張され、最終的に64Kトークンまで対応します。文庫本1冊ぶんに近い量を一度に読ませられる計算です。
性能はどれくらい?ベンチマークを見る
気になるのは実力です。AMDが公表した数字を整理します。
ベースモデルの標準ベンチマーク平均は76.7点。完全オープン勢のなかでは最高でした。
- Instella-MoE-16B-A3B-Base:76.7点(動くのは28億パラメータ)
- SmolLM3-3B-Base:70.5点
- OLMo-3-7B:70.1点(70億すべてが毎回動く)
- OLMoE-1B-7B:61.9点
- Qwen3.5-4B-Base:79.5点(完全オープンではない)
注目したいのはOLMo-3-7Bとの差です。相手は毎回70億パラメータをフル稼働させるのに、Instella-MoEは28億で上回りました。
個別項目では常識推論のWinoGrandeが86.5点、コード生成のHumanEval+が65.7点。推論特化版の「Think」は平均73.22点で、Olmo3-7B-Think(71.97点)を抜いています。
指示に従う力を測るIFEvalは83.70点、学力テスト系のAGIEvalは82.50点でした。
ただし正直な弱点もあります。Qwen3.5-4B-Baseには届いていません。完全オープンという縛りの中では首位、という位置づけです。
NVIDIA一強への静かな一撃
このニュースの本当の意味は、モデルの点数だけではありません。
GPU市場の現状
2026年時点で、データセンター向けGPUの売上はNVIDIAが約86%を握っています。2024年の約90%からは下がったものの、依然として圧倒的です。AMDのシェアは5〜7%程度と見られています。
差を生んでいるのはハードよりソフトです。NVIDIAのCUDAは20年かけて積み上げたライブラリと開発者の層があり、そう簡単には乗り換えられません。
「学習まで自社で完結」の証明書
これまでAMDのGPUは「推論なら使える」と評価されてきました。すでに動いているAIを動かす用途です。
逆にゼロから学習させる工程は、NVIDIA一択という空気がありました。今回の発表は、その空気に対する反証です。
7.1兆トークンの学習と強化学習までをROCmだけで完走し、その全レシピを検証可能な形で公開した。営業資料の性能グラフより、はるかに説得力があります。
ハード面でもAMDは押しています。最新のMI355XはNVIDIA B200と比べ、Llama 3.1 405Bの推論で約30%高速、1ドルあたりの処理量では約40%有利という比較結果が報告されています。
日本のユーザーと企業にどう関係するか
遠い海の向こうの話に見えて、日本にも接点があります。
国産LLM開発への追い風
日本には、1,500人以上が参加する「LLM-jp」という完全オープン志向のプロジェクトがあります。2026年3月には楽天が約7,000億パラメータのMoEモデル「Rakuten AI 3.0」をApache 2.0で公開しました。
完全オープンなMoEの学習レシピが手に入ることは、こうした国内チームにとって実務的な財産になります。データの配合比率や学習の失敗しにくい手順は、これまで各社が手探りで探していた部分だからです。
GPU調達の選択肢が増える
ある国内メーカーの社内AI担当者が、生成AI基盤の見積もりを取る場面を思い浮かべてください。NVIDIA製GPUは納期が長く、価格交渉の余地も限られます。
そこに「学習実績のあるAMD」という選択肢が加われば、条件交渉の材料になります。実際に乗り換えなくても、比較対象があるだけで話は変わります。
スタートアップにとってはコスト面が効きます。16Bクラスで実際に動くのが28億パラメータなら、必要なGPUメモリを抑えたまま実用的な精度を出せる可能性があります。
注意点はライセンス
ここは必ず押さえてください。Instella-MoEのライセンスはResearchRAILで、研究・学術用途に限定されています。そのまま商用サービスに載せることは想定されていません。
AMD自身も「高い事実正確性が求められる用途、安全に関わる用途、医療・健康の用途には向かない」と明記しています。日本語性能についても公式の評価値は示されていないため、業務利用の判断には自前の検証が必要です。
よくある質問(FAQ)
Q1. 誰でも無料で使えますか?
Hugging Faceから誰でも無料でダウンロードできます。ただしライセンスは研究用途限定です。社内の業務システムや商用サービスへの組み込みは対象外と考えてください。
Q2. AMDのGPUがないと動きませんか?
いいえ。学習にAMD製GPUを使っただけで、動かす側の制約ではありません。transformersやvLLMといった一般的なツールで読み込めます。
Q3. ChatGPTの代わりになりますか?
用途が違います。Instella-MoEは研究者向けの素材で、日常の相談相手として磨かれた製品ではありません。仕組みを学ぶ、改造して試す、といった目的に向いています。
Q4. 日本語はどれくらい使えますか?
公式に日本語ベンチマークの数値は公開されていません。学習データの中心は英語とみられます。日本語で使いたい場合は、少量のデータで追加学習させる前提で考えるのが現実的です。
Q5. なぜAMDは全部公開するのですか?
自社GPUで最先端モデルを作れると示すことが、いちばんの宣伝になるからだと言われています。研究者がROCmに慣れれば、将来の顧客になります。
まとめ
- AMDが2026年7月24日、完全オープンなMoEモデル「Instella-MoE-16B-A3B」を公開した
- NVIDIA製GPUを使わず、Instinct MI300X/MI325Xだけで7.1兆トークンを学習した
- 総パラメータ160億のうち毎回動くのは28億。64人の専門家から8人だけを呼び出す仕組み
- ベース平均76.7点で、完全オープン勢のOLMo-3-7B(70.1点)を上回った
- 学習コード・データ配合・全段階のチェックポイントを公開。ライセンスは研究用途限定
AIの中身を自分の手で確かめたい方は、まずHugging Faceのモデルカードとベンチマーク表に目を通してみてください。
参考文献
- Introducing Instella-MoE: A State-of-the-Art Fully Open Mixture-of-Experts Language Model — ROCm Blogs
- amd/Instella-MoE-16B-A3B-Think — Hugging Face
- AMDが完全オープンなMoEモデル「Instella-MoE」を公開 — GIGAZINE
- AMD-AGI/Instella: Fully Open Language Models with Stellar Performance — GitHub
- Olmo 3: Charting a path through the model flow to lead open-source AI — Ai2

