AIが新薬を発明したら特許は誰のもの?日米欧が示した共通の答え

AIが設計した新薬の特許と発明者性の問題を示すイメージ

伊東雄歩
監修者 伊東 雄歩

株式会社ウォーカー CEO。東北大学卒。MENSA会員、JDLA認定講師、健全AI教育協会理事。生成AI×教育・学習科学を専門とし、2億円超のシステム開発プロジェクトを統括。

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AIが新薬を開発する時代が現実になりつつあります。しかし、そこで浮上したのが「特許は誰のものか」という法律の問題です。

この記事でわかること:

  • AIが設計した新薬が臨床試験で成功した最新事例
  • 特許における「発明者」は人間でなければならない理由
  • 日本・米国・欧州でのAI発明者に関する判断
  • AI創薬企業が実際に取っている対応策
  • 今後の法改正の可能性と課題

AIが生み出した新薬が初めて患者に投与された

2025年6月、バイオテック企業インシリコ・メディシンは歴史的な成果を発表しました。生成AI(人間のように文章や画像を作れるAI)が設計した肺線維症の治療薬「ISM001-055」が、ヒトを対象とした臨床試験で効果を実証したのです。

この臨床試験では、60mg投与群の患者の肺活量が平均98.4mL増加しました。一方、プラセボ(偽薬)群は20.3mL低下しており、統計的に明確な差が出ています。つまり、AIが考えた薬が実際に病気を改善できることが証明されたのです。

同社はこの成果を「AI創薬の臨床的証明」と呼び、プレスリリースでも「生成AIが発見した」と強調しました。ところが、この言い方が法律の世界では大きな問題を引き起こします。

「AIが発明した」と言えない理由

インシリコ・メディシンが米国特許庁に提出した特許申請書を見ると、不思議なことに気づきます。発明者欄には同社のCEOと人間5名の名前だけが記載されており、AIの名前はどこにも書かれていません。

理由は簡単です。現在の法律では、AIは発明者として認められないからです。米国特許庁は「AIは電卓と同じ単なるツール」という立場を取っており、発明者は必ず人間でなければならないとしています。

つまり、たとえAIがほとんど自動で薬を設計したとしても、法律上は「人間が発明した」ことにしなければ特許が取れないのです。

DABUS事件:ボタンを押すだけで発明者になれるのか

この問題を象徴する裁判が「DABUS事件」です。AI研究者の弁護士ライアン・アボット氏は、より優れた食品容器を設計したAI「DABUS」を発明者として特許申請しました。

しかし2022年、ワシントンD.C.控訴裁判所は申請を却下しました。判決文には「米国法では発明者を『個人(individual)』と定義しており、その平然な意味は人間である」と明記されています。

アボット氏はこの判決に懸念を示します。「米国がAI生成成果物を保護対象から除外すれば、創薬開発に悪影響を及ぼす」と警告しました。一方で、別の課題も浮上します。それは「ボタンを押すだけで発明者と認められるのか」という問題です。

日本・米国・欧州の共通見解

DABUS事件は世界各国で同時に起こされました。そして興味深いことに、判断はほぼ一致しています。

日本:2026年3月4日、最高裁第二小法廷が上告を受理しない決定を行い、「発明者は人間(自然人)に限られる」との判断が確定しました。

米国:米国特許庁はAIを発明者として認めない立場を明確にしています。著作権の分野でも、AIが生成した画像やテキストへの著作権付与が拒否されています。

欧州(英国):英国最高裁判所は2023年12月、特許法が規定する「発明者」とは自然人でなければならず、機械やシステムは発明者としての適格性を欠くと結論付けました。

つまり、先進国ではいまのところ「AIは発明者になれない」という点で一致しているのです。

AI創薬企業はどう対応しているのか

法律がAIに追いついていない現状で、AI創薬企業はどう対応しているのでしょうか。

アイソモーフィック・ラボズの最高事業責任者サラ・コーマン氏は「人間の発明者がいなければ、発明も特許も存在しない」と述べています。同社を含む先駆的なAI創薬企業は、人間を開発プロセスに関与させ、詳細な記録を保管することで対応しています。

たとえば、AIが候補化合物を提案しても、人間の研究者がその妥当性を検証し、改良し、最終的な判断を下す、というプロセスです。こうすることで「人間が実質的に発明した」という証拠を残せます。

ただし、これには限界があります。AIの能力が上がり、本当に人間の介入なしに発明できるようになったとき、現在の方法では対応できなくなる可能性があるからです。

法改正の可能性と3つの課題

日本では、特許庁が2026年6月16日の小委員会でAI自律発明について検討を開始しました。しかし、法改正には難しい課題が3つあります。

1. 発明者資格の基準:どこまで人間が関与すれば「発明者」と呼べるのか。ボタンを押すだけで良いのか、それとも実質的な貢献が必要なのか。明確な線引きが難しいのです。

2. イノベーションの促進:米国憲法は「科学の進歩を促進する」ために特許制度を定めています。AI発明を保護しなければイノベーションが遅れる可能性がある一方、安易に認めると制度が悪用される恐れもあります。

3. 権利の帰属:もしAI自体を発明者として認めるなら、特許権は誰のものになるのでしょうか。AIを開発した企業か、AIを使った研究者か、それともAI自身か。これは哲学的な問いでもあります。

コーマン氏は「法律がAIに対応するために進化する必要がある」と指摘しますが、その進化の形はまだ見えていません。

まとめ

  • AIが設計した新薬が臨床試験で初めて成功し、AI創薬の実力が証明された
  • しかし法律上、AIは発明者として認められず、人間だけが特許を取得できる
  • 日本・米国・欧州の判断は「発明者は自然人に限る」でほぼ一致している
  • AI創薬企業は人間を開発プロセスに関与させることで対応しているが限界もある
  • 法改正には発明者基準、イノベーション促進、権利帰属の3つの課題がある
  • AIが自律的に発明する時代に向けて、法律の進化が求められている

AI創薬はすでに現実です。しかし、それを支える法制度はまだ追いついていません。今後の法整備の動きが、医薬品開発の未来を大きく左右することになりそうです。