- 2026年7月28日16時27分、熊本でM7.1・最大震度7の地震が発生し、半導体工場が一斉に止まりました
- TSMC子会社JASM(菊陽町)は全従業員が屋外に退避、29日には段階的な通常操業へ戻りつつあります
- 建設中の第2工場に被害はないものの、余震を警戒して一部の工事を中断しています
- 本当の急所は、ある製造装置で世界シェア約9割を握る東京エレクトロン九州です
- 2016年の熊本地震では、前工程工場の復旧に最大3カ月かかりました
スマホもクルマもAIも、心臓部にあるのは半導体です。その半導体をつくる工場が、たった数十秒の揺れで一斉に止まりました。世界一のAI半導体メーカーTSMCの日本工場は、いま何が起きているのでしょうか。復旧の現状と、供給網に走った亀裂を整理します。
震度7、熊本の半導体工場が一斉に止まった
2026年7月28日の午後4時27分。熊本県熊本地方を震源とする地震が起きました。
速報値でマグニチュード7.1、震源の深さは約10km。宇城市と氷川町で最大震度7を観測しています。気象庁はこれを「令和8年熊本地震」と正式に命名しました。
半導体工場が集まる菊陽町でも震度5強を記録しました。数字だけ見ると震度7より小さく思えます。ですが工場にとっては、退避基準に達する十分に大きな揺れです。
被害は工場の中だけにとどまりませんでした。熊本県内では約4万8000戸が停電(28日17時45分時点)。九州新幹線は全線で終日運転を取りやめ、高速道路は3路線23区間で通行止めになりました。
そして余震です。28日20時までに震度5弱以上が4回発生しました。気象庁は「今後1週間程度、特に2〜3日は最大震度7程度の地震に注意」と呼びかけています。
熊本は「シリコンアイランド九州」と呼ばれる半導体産業の中心地です。良質な地下水が豊富で、広い用地が確保しやすく、空港からの空輸もしやすい。その好条件が、いま逆にリスクの集中として表に出てきました。
TSMC熊本工場は「順次復旧」へ
JASMとはどんな工場か
菊陽町にあるJASMは、世界最大の半導体受託製造企業TSMCの子会社です。ソニーやデンソー、トヨタといった日本企業も出資しています。
第1工場は2024年12月に量産を開始しました。つくっているのは28/22nmと16/12nmのロジック半導体です。nm(ナノメートル)は回路の細かさを表す単位で、数字が小さいほど最先端になります。
生産能力は300mmウエハー換算で月産5.5万枚。第2工場と合わせた総投資額は200億ドル超(約3兆円)にのぼります。
地震当日から翌日にかけての動き
地震発生直後、JASMは社内手順にしたがって従業員を屋外に退避させました。そして同日夜までに全員の無事を確認しています。
台湾紙・経済日報が7月29日に伝えたところによると、工場建屋の被害調査は完了しました。構造上の安全が確認できたため、段階的に通常操業へ戻りつつあるとのことです。
ただし手放しでは喜べません。製造装置への影響や、途中まで加工されていたウエハー(仕掛かり品)の状態は、まだ調査中とされています。
隣接地で建設中の第2工場は、現場に被害はありませんでした。こちらは6/7nmという、より先端のプロセスを2027年末から動かす予定です。ただし散発的な余震を考慮し、安全上の理由から一部の工事を中断しています。
市場の反応も素早いものでした。TSMCのADR(米国で取引される株式)は、プレマーケットで2.6〜3.5%下落しています。
止まったのはTSMCだけではありません
ソニー:スマホカメラの目が止まった
ソニーは菊陽町の第1工場と合志市の第2工場で、イメージセンサーを量産しています。イメージセンサーは、カメラが光をとらえてデジタル信号に変える部品です。
両工場とも全従業員が屋外に退避し、生産を停止しました。29日朝の時点でも稼働停止が続いています。
ルネサス:建物に実際の損傷
ルネサスエレクトロニクスは、熊本市南区の川尻工場と球磨郡錦町の錦工場を止めました。
ここでは実際の損傷が確認されています。錦工場では天井パネルの落下と壁面のひび割れ、川尻工場では壁面の亀裂と漏水が見つかりました。純水の供給も一時停止しています。
連鎖はクルマ工場まで届いた
影響は熊本県外にも広がりました。トヨタは福岡県の3工場、宮田・小倉・苅田を7月29日夕方から31日まで止めると発表しています。宮田工場は高級ブランド「レクサス」をつくる拠点です。
ほかにもTOPPANの玉名工場、富士フイルム九州、三菱電機などが操業を停止しました。半導体製造装置大手の東京エレクトロン九州も、29日に安全点検のため2事業所を止めています。
本当の急所は世界シェア9割の「あの装置」
ここまで読むと「TSMCが止まったのが一番の大事件」に見えます。ところが専門家が最も警戒しているのは、別の会社です。
東京エレクトロン九州がつくる塗布現像装置は、世界シェア約9割と言われています。しかも、それを実質的に熊本だけで生産しているのです。
塗布現像装置は、ウエハーに感光材を塗って回路の模様を浮かび上がらせる工程を担います。半導体工場に必ず必要な装置です。
つまりここが長期間止まると、「半導体が作れなくなる」のではなく「半導体工場を新しく作れなくなる」という事態になります。世界中で建設ラッシュが続くAI向けのデータセンター用工場も、立ち上げが後ろにずれかねません。
アメリカのアリゾナで新しいAIチップ工場を立ち上げようとしている技術者を想像してみてください。装置の納入日が1カ月ずれれば、量産開始も1カ月ずれます。その遅れは、翌年のAIサーバー出荷計画にそのまま響きます。
もうひとつ気になるのが三菱電機です。同社のSiC(炭化ケイ素)8インチ前工程は、菊池市泗水町にある唯一の拠点です。2025年11月に動き出したばかりでした。SiCは電気自動車の電力制御に使われる、これから伸びる材料です。
他の工場で代替できる?2016年の教訓
代替のしやすさは会社ごとに違う
同じ「停止」でも、他拠点で肩代わりできるかどうかは大きく分かれます。
- 代替しやすい:JASM。22/28nm・12/16nmのロジックは、台湾の台中Fab15A(月産約10万枚)や南京Fab16に数倍の余力があります
- 中くらい:ソニー、ルネサス川尻。ソニーは長崎が主力ですが熊本分の全量移管は難しく、ルネサスは那珂・高崎・西条という他拠点があります
- ほぼ代替不可:東京エレクトロン九州、三菱電機SiC。世界シェア9割の装置と、国内唯一のSiC拠点は替えが効きません
10年前は何日で戻ったのか
2016年の熊本地震のときの実績が、いちばん現実的な物差しになります。
装置組み立ての工場だった東京エレクトロンは、約10日で段階的に再開しました。組み立てラインは、点検して部品を並べ直せば動き出せるからです。
一方、ソニーの前工程クリーンルームは違いました。ウエハー投入の再開まで約1.5カ月、完全復旧には最大3カ月かかっています。ソニーは後に「BCP(事業継続計画)が不十分だった」と総括しました。
クリーンルームはホコリが1立方フィートあたり数個という世界です。揺れで舞い上がった粒子を落とし切り、配管の漏れをつぶし、装置の精度を出し直す。この積み重ねに時間がかかります。
「台湾集中」を解いたはずが
皮肉なのは、熊本工場そのものが「リスク分散」の答えとして建てられたことです。
TSMCは世界のファウンドリ売上の約7割を握り、3nm・5nmといった最先端では9割を超えると言われています。この一極集中を和らげるため、各国が誘致に動きました。米アリゾナには1650億ドル、Intelも米国に1000億ドル規模を投じています。
その分散先のひとつが、地震大国の日本だったわけです。地政学リスクを減らしたら自然災害リスクが顔を出す。供給網の分散は、そう単純な話ではありません。
日本のくらしと産業への影響
では、私たちの生活にはどう響くのでしょうか。
まずクルマです。ルネサスの車載マイコンやパワー半導体、三菱電機のSiCが止まれば、納期に効いてきます。2021年に「新車が半年待ち」と言われた半導体不足を覚えている方も多いはずです。ディーラーの営業担当が、契約済みのお客様に納車延期の電話を入れる。あの光景が再び起きる可能性はゼロではありません。
次にスマホやカメラです。ソニーのイメージセンサーは、監視カメラや産業機器にも幅広く使われています。カメラメーカーの調達担当者は、いま在庫表とにらめっこしているはずです。
そしてAI関連です。JASMがつくる28nm・16nm級は、AIの学習に使う最先端GPUそのものではありません。ですから「AIチップがすぐ品薄になる」という話にはなりにくいでしょう。
効いてくるのは装置経由の遅れです。塗布現像装置が滞れば、世界中の新しい工場の立ち上げが後ろにずれます。影響が出るとしても半年から1年先という、じわじわ効くタイプの打撃です。
忘れてはいけないのは、工場が動くには前提条件が要ることです。従業員が出勤できること、部材が搬入できること、電力と水が安定して供給されること。新幹線と高速道路が止まった状態では、建物が無事でも本来の力は出せません。復興と生産再開は、同じ地面の上で進みます。
よくある質問(FAQ)
Q1. JASMはもう普通に動いているのですか?
「段階的に通常操業へ戻りつつある」段階です。建屋の安全は確認されましたが、製造装置や仕掛かり品への影響は調査が続いています。完全に元通りとは言い切れません。
Q2. AI用の最先端半導体は足りなくなりますか?
すぐに品薄になる可能性は低いとみられます。熊本でつくっているのは車載や産業機器向けの世代が中心だからです。ただし製造装置の供給が滞れば、新工場の立ち上げが遅れる形で間接的に響きます。
Q3. クルマやスマホの値段は上がりますか?
停止が数日で終われば影響は限定的です。数週間から数カ月に及ぶと、車載半導体の不足を通じて納期の長期化や値上げにつながる恐れがあります。今後1〜2週間の各社発表が判断材料になります。
Q4. なぜ地震の多い日本に工場を建てたのですか?
台湾への一極集中を減らす狙いがあったからです。豊富な地下水、材料・装置メーカーの集積、政府の補助金も後押ししました。地政学リスクを下げる選択が、自然災害リスクを引き受ける選択でもあった、という構図です。
Q5. 完全復旧にはどれくらいかかりますか?
2016年の実績では、装置組み立て工場が約10日、前工程のクリーンルームは最大3カ月でした。今回も工場のタイプによって差が出ると考えられます。
まとめ
- 2026年7月28日16時27分、M7.1・最大震度7の「令和8年熊本地震」が発生した
- TSMC子会社JASMは全員退避のうえ稼働停止、29日に段階的な通常操業へ移行中
- 第2工場は無傷だが、余震を警戒して一部工事を中断している
- ソニー、ルネサス、三菱電機、TOPPAN、富士フイルムなども停止し、トヨタの福岡3工場に連鎖した
- 最大の急所は世界シェア約9割の塗布現像装置を熊本で生産する東京エレクトロン九州
- 2016年の実績では前工程の復旧に最大3カ月。今後1〜2週間の発表が分かれ目になる
クルマの購入や機器の調達を予定している方は、各社の続報と納期案内をこまめに確認しておくと安心です。


