- 元OpenAI CTOのミラ・ムラティ氏が率いる新会社が、初の自社AI「Inkling(インクリング)」を無料公開しました。
- パラメーター数は975B(9750億)。アメリカ製のオープンウェイトAIとしては過去最大です。
- 誰でもHugging Faceから重みをダウンロードでき、商用利用も自由なApache 2.0ライセンスです。
- 「一番強いAI」ではなく「自分好みに作り替えやすいAI」を狙った、めずらしい戦略のモデルです。
- 日本の企業も自社データで学習させて使えるため、業務特化AIを安く作りたい会社に追い風になります。
「AIは巨大IT企業から借りて使うもの」。そんな常識に、元OpenAIの№2が真っ向から挑みました。2026年7月15日、ミラ・ムラティ氏の新会社が初のAI「Inkling」を無料公開。しかも「これは最強のモデルではない」と自ら認めています。それでも世界が注目する理由を、やさしく解説します。
Inkling(インクリング)とは?元OpenAI幹部の初モデル
Inklingは、AIスタートアップ「Thinking Machines Lab(シンキング・マシンズ・ラボ)」が出した初めての自社AIです。
この会社を率いるのはミラ・ムラティ氏。ChatGPTを作ったOpenAIで、技術のトップ(CTO=最高技術責任者)を務めた人物です。
2024年にOpenAIを離れ、2025年に自分の会社を立ち上げました。Inklingはその会社にとって、世界へのデビュー作にあたります。
公開日は2026年7月15日。AIの「重み」(モデルの中身にあたるデータ)を、誰でもダウンロードできる形で無料公開しました。
このように中身を公開するAIを「オープンウェイトモデル」と呼びます。ChatGPTやClaudeのように中身が非公開のAIとは、ここが大きく違います。
975Bの巨大モデルなのに「最強」を狙わない理由
Inklingの規模はとても大きいです。総パラメーター数は975B(9750億)。アメリカ製のオープンウェイトAIとしては、これまでで最大です。
パラメーターとは、AIの「知識や判断の細かなツマミ」のようなもの。数が多いほど、複雑なことを学べます。
ただし、質問に答えるたびに全部を使うわけではありません。必要な部分だけ、約41B(410億)だけを動かすMoE(複数の専門家AIを切り替える仕組み)を採用しています。これで動作が軽くなります。
おどろくのは、会社自身が「Inklingは今ある中で一番強いモデルではない」と公式に認めている点です。
ふつう新モデルは「世界最高性能」とアピールします。なぜ逆のことを言うのでしょうか。
答えは戦略にあります。この会社は「万人向けの完成品AIより、各社が自分用に作り替えたAIのほうが役に立つ」と考えているのです。だから「素材としての使いやすさ」を最優先しました。
Inklingの5つの特徴
1. 文字・画像・音声・動画をまとめて理解
Inklingは45兆トークン(AIが読む文章の量の単位)ぶんのデータで学びました。
その中身は文字だけでなく、画像・音声・動画も含みます。1つのモデルで4種類をまとめて扱える「マルチモーダルAI」です。
2. 考える深さを調整できる「effortダイヤル」
Inklingには、じっくり考える度合いを0.2〜0.99の間で調整できる機能があります。
かんたんな質問は浅く速く、むずかしい質問は深くじっくり。用途に合わせて処理コストを節約できます。
3. 商用OKの「Apache 2.0」ライセンス
InklingはApache 2.0という、とてもゆるいルールで公開されています。
ダウンロード・改造・自社データでの学習・商品への組み込みまで、無料で自由にできます。会社の製品に使ってもお金はかかりません。
4. Tinkerで「即日カスタマイズ」
同社の「Tinker(ティンカー)」というサービスを使えば、公開初日から自分専用にファインチューニング(追加学習)できます。
実際に投資会社ブリッジウォーターと組み、金融の専門データで学習させたところ、金融の難問テストで84.7%を記録。高価な非公開AIを、10分の1未満のコストで上回りました。
5. トークン効率のよさ
Inklingは、答えを出すまでに使う言葉の量が少なめです。1つの課題あたり約25Kトークンで、ライバル勢の37K〜43Kより節約できます。
使う言葉が少ないほど、動かす費用も安くなります。地味ですが、たくさん使う会社ほど効いてくる強みです。
他のオープンモデルと何が違う?
いま世界では、中身を公開するAIが次々に登場しています。Inklingのライバルを整理してみましょう。
- DeepSeek V4 Pro(中国):価格の安さと総合力が武器。多くのベンチマークでInklingより上。
- Kimi K2.6 / K3(中国):AIが自分で作業を進める「エージェント」やコーディングに強い。
- GLM 5.2(中国):長い作業を続けるコーディングが得意。Terminal Bench 2.1で82.7%とInkling(63.8%)を大きく引き離す。
- Qwen(中国・アリババ):種類が豊富で、こちらもApache 2.0。
- Llama(米メタ):欧米で最も普及したオープンAIの定番。
正直に言うと、生の性能ではKimiやGLM、DeepSeekのほうが上のテストが多いです。
ではInklingの立ち位置は?敵対的な安全性テスト(FORTRESS)で首位に立ち、マルチモーダル対応とカスタマイズのしやすさで勝負する「素材王」です。強い中国勢が並ぶ中で、アメリカ発の有力な選択肢が増えた意味は小さくありません。
Thinking Machinesはどんな会社?
Thinking Machines Labは、2025年2月に設立されたばかりの新しい会社です。
創業からわずか数か月で、約20億ドル(約3000億円)を調達し、評価額は120億ドル(約1兆8000億円)に達しました。出資者にはNVIDIAやAMD、著名投資ファンドが並びます。
その後500億ドル(約7兆5000億円)規模の追加調達を目指しましたが、こちらは2026年1月に破談。期待と難しさの両方を背負っています。
2026年3月にはNVIDIAと提携し、大量の計算資源を確保しました。Inklingは、この会社が掲げる「カスタマイズ重視」という賭けを世に問う、最初の答えなのです。
日本のユーザー・企業にどう関係する?
「海外の話でしょ?」と思ったかもしれません。ですが、日本の会社にこそ関係します。
Apache 2.0ライセンスのおかげで、日本企業もInklingを無料で手に入れ、自社データで学習させて商用利用できます。海外サーバーに情報を送らず、社内で動かすことも可能です。
ある中小企業の例を考えてみましょう。自社の問い合わせ履歴を学ばせれば、自社製品にくわしい専用チャットAIを、月額の高いAI利用料なしで用意できます。
日本ではrinnaやELYZA、PLaMoなど国産オープンAIも育っています。Inklingの登場は、こうした「自前AI」を検討する会社にとって、選択肢が1つ増えることを意味します。
一方で注意点もあります。975Bという巨大モデルをそのまま動かすには、強力なGPU(AI用の高性能な計算装置)が必要です。多くの会社は、より小さい派生版やクラウド経由での利用が現実的になるでしょう。
よくある質問(FAQ)
Q1. Inklingは無料で使えますか?
はい。Hugging Faceから重みを無料でダウンロードでき、自分のパソコンやサーバーで動かすなら費用はかかりません。ただしTinkerでの学習や、他社経由のクラウド利用は有料です。
Q2. ChatGPTやClaudeより高性能ですか?
いいえ。会社自身が「最強ではない」と認めています。強みは性能そのものより、自由に改造できる点にあります。
Q3. 「オープンウェイト」と「オープンソース」は同じですか?
少し違います。オープンウェイトはAIの中身(重み)を公開するもの。学習に使ったデータの完全公開までは含まないことが多く、その点でソフトのオープンソースとは区別されます。
Q4. 個人でも使えますか?
技術的には可能ですが、975Bはとても大きいため高性能な機材が必要です。個人は小型版や、他社が用意するクラウドサービス経由が使いやすいでしょう。
Q5. なぜ中国勢が多いのですか?
近年、中国の企業がオープンウェイトAIの公開に積極的だからです。その中でInklingは、アメリカ発の大型モデルとして存在感を示しました。
まとめ
今回のポイントを振り返ります。
- 元OpenAI CTOのムラティ氏の会社が、初のAI「Inkling」を2026年7月15日に無料公開した。
- 975Bの巨大モデルで、アメリカ製オープンウェイトAIとしては過去最大。
- Apache 2.0ライセンスで、誰でも商用利用・改造ができる。
- 「最強」ではなく「作り替えやすさ」を狙った、めずらしい戦略のモデル。
- 日本企業も自社データで学習させ、安く業務特化AIを作れる可能性が広がる。
まずはHugging Faceの公式ページで、Inklingがどんなモデルか一度のぞいてみてはいかがでしょうか。
参考文献
- TechCrunch「Thinking Machines amps up its bet against one-size-fits-all AI with its first open model, Inkling」
- Thinking Machines Lab 公式ブログ「Inkling: Our open-weights model」
- Artificial Analysis「Thinking Machines has released Inkling, the new leading U.S. open weights model」
- VentureBeat「Thinking Machines open sources first multimodal language model, Inkling」
- Wikipedia「Thinking Machines Lab」

