大手16社が暗黙知をAIに|GENIAC新計画とは?

伊東雄歩
監修者 伊東 雄歩

株式会社ウォーカー CEO。東北大学卒。MENSA会員、JDLA認定講師、健全AI教育協会理事。生成AI×教育・学習科学を専門とし、2億円超のシステム開発プロジェクトを統括。

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  • 味の素・伊藤忠商事・三菱ケミカルなど日本を代表する16社が、AIスタートアップ「ストックマーク」と新プロジェクトを開始しました
  • 狙いは、社外に出せない図面やマニュアル、熟練者のノウハウといった「暗黙知」をAIが使える形に変える「AI-Ready化」です
  • このプロジェクトは経済産業省・NEDOの国家事業「GENIAC(ジーニアック)」の第4期に採択されています
  • 2026年5月から10月まで集中的に実証実験を行い、11月に成果発表会を予定しています
  • AIの学習に使える公開データの枯渇が迫る中、企業内データの活用が次の競争力になると注目されています

あなたの会社にも、ベテラン社員の頭の中にしかない「コツ」や、誰も整理していない大量の設計図はありませんか。実はこの「言葉になっていない知識」こそが、これからのAI競争のカギになります。2026年5月、日本の大手16社がその活用に本気で乗り出しました。この記事を読むと、何が始まったのか、なぜ重要なのかが中学生でもわかるように理解できます。

「暗黙知のAI-Ready化プロジェクト」とは何か

2026年5月14日、AIスタートアップのストックマーク株式会社が大きな発表をしました。

その名も『日本企業の暗黙知/社内データ AI-Ready化プロジェクト』です。

少しむずかしい名前ですが、やることはシンプルです。

会社の中に眠っている知識を、AIが使える状態に変えていく取り組みです。

ここで言う「暗黙知(あんもくち)」とは、文章になっていない知識のことです。

たとえば、熟練の職人さんが持つ「この音がしたら機械を止める」という感覚。あるいは、ベテラン営業が無意識にやっている商談のコツ。こうした人の頭の中にしかないノウハウが暗黙知です。

「AI-Ready化(エーアイ・レディーか)」とは、こうした知識をAIが学習・活用できる形に整える作業を指します。

ストックマークは、自然言語処理(人の言葉を理解するAI技術)に強い国産のAI企業です。今回そのストックマークが、16社の大企業と手を組みました。

参画する大手16社のラインナップ

このプロジェクトには、業種の違う日本の有名企業がずらりと並びました。

参画する16社は次の通りです(五十音順)。

  • 味の素、伊藤忠商事、NGK、神戸製鋼所
  • ジェイテクト、スズキ、住友化学、太陽誘電
  • 帝人、東京電力ホールディングス、日揮ホールディングス、三井住友銀行
  • 三菱ケミカル、ヤンマーホールディングス、ライオン、株式会社LIXIL

食品、化学、自動車、金融、電力など、まさに業界の垣根を越えた顔ぶれです。

ふだんはライバルになることもある企業同士が、AIのために協力するのは珍しいことです。

それだけ「暗黙知の活用」というテーマが、各社にとって重要だと考えられている証拠だと言えます。

なぜ今「暗黙知」なのか――データ枯渇という大問題

「なぜわざわざ国まで動いて、暗黙知を活用するの?」と思った方もいるはずです。

その背景には、AI業界が直面する深刻な悩みがあります。

それは「AIの学習に使えるデータが足りなくなる」という問題です。

ChatGPTのような生成AIは、インターネット上にある大量の文章を読んで賢くなりました。

ところが、その公開データは2026年ごろにも枯渇する(使い尽くされる)と予測されています。

このプロジェクトを後押しする経済産業省の奥家敏和氏は、印象的な言葉を残しています。

AI政策はデータ政策そのものである」という発言です。

つまり、これからAIをさらに賢くするには、まだ誰も使っていないデータが必要になります。

そして、そのお宝こそが企業の中に眠る図面や実験データ、熟練者のノウハウなのです。

ストックマーク代表取締役CEOの林達氏も、「次なるイノベーションの鍵は企業内に眠る非公開データの活用にある」と語っています。

AI-Ready化の3つの仕組み

では、暗黙知をどうやってAIが使える形にするのでしょうか。

このプロジェクトでは、大きく3つの軸で進めるとされています。

1. データの構造化

1つ目は、バラバラの情報を整理することです。

図面や帳票(ちょうひょう=伝票や台帳)、ベテランの経験談を、AIが理解できる論理的な形に変換します。

人間には読めても、AIには意味がわからない資料はたくさんあります。そこをまず整えるわけです。

2. 品質とガバナンスの確保

2つ目は、安全性と正確さを守る仕組みづくりです。

企業データには機密情報が含まれます。情報が外に漏れないよう「ガードレール(安全のための制限機能)」を設けます。

同時に、AIの答えが正しいかをチェックする体制も整えます。

3. 学習サイクルの構築

3つ目は、AIを育て続ける仕組みです。

現場の担当者からのフィードバックを反映し、AIを継続的に賢くしていきます。

特に注目されているのが「Skills(スキルズ)」という考え方です。現場の人が自然な言葉で手順書を更新するだけで、AIの精度が自動で上がっていく仕組みを目指します。

もう一つの柱が、データを社外に出さずに使う技術です。連合学習(データを持ち寄らずに共同で学習する方法)や合成データ(本物に似せた人工データ)を使い、データ主権を守ったまま産業特化型のAIを育てます。

従来のRAGや社内AIとの違い

「社内AIなら、もうRAGでやっているのでは?」と感じる方もいるかもしれません。

RAG(ラグ=AIが社内文書を検索して答える仕組み)は、確かに広く使われています。

しかし、RAGには大前提があります。それは「AIが読める形に整った文書」が必要だということです。

手書きのメモ、複雑な設計図、口頭で伝わるコツは、そのままではRAGに乗りません。

林氏は、多くの企業がAIの試作段階で止まる理由を、こう指摘しています。「AIモデルの性能不足ではなく、複雑なデータがAIに対応していないこと」が原因だと。

つまり今回のプロジェクトは、RAGやファインチューニング(AIの追加学習)の「一歩手前」を整える取り組みなのです。

個別企業が単独で暗黙知のAI化に挑む例は、これまでもありました。製造業の技能継承を狙う大学発の団体などです。

ただ、16社が国家プロジェクトとして横並びで取り組み、成果を共有する点が大きく違います。

GENIACという国家プロジェクトの一部

このプロジェクトは、単独の取り組みではありません。

経済産業省とNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が主導する「GENIAC(ジーニアック)」の一部です。

GENIACは、日本の生成AI開発力を強化するための国家プロジェクトです。

2026年5月14日、その第4期として「製造業データ等のAI-Ready化に関する研究開発」テーマ9件と、ロボット基盤モデル2件が新たに採択されました。

ストックマークのプロジェクトは、その採択テーマの一つという位置づけです。

過去のGENIACでは、楽天や野村総合研究所なども採択されてきました。国を挙げて国産AIを底上げする流れの中に、今回の取り組みがあるわけです。

日本企業・日本市場への影響

この動きは、日本のビジネスにどう関係するのでしょうか。

ポイントは、日本企業の弱みを強みに変えられる可能性です。

日本のものづくりは、長年「現場の暗黙知」に支えられてきました。これは海外にまねされにくい財産です。

しかし少子高齢化で、ベテランの引退とともにノウハウが消える「技能継承」の危機が深刻になっています。

暗黙知をAIに残せれば、熟練者の知恵を会社の資産として守れるようになります。

さらに、このプロジェクトは成果を独り占めしません。

「AI-Ready化のベストプラクティス(うまくいったやり方)」をホワイトペーパーとして公開する予定です。構造化に使うツール類も公開するとしています。

つまり、16社以外の中小企業も、後からそのノウハウを参考にできる見込みです。日本全体のAI活用が底上げされる可能性があります。

具体的にどう役立つのか――3つの場面

イメージしやすいよう、身近な場面で考えてみましょう。

まず、化学メーカーの研究現場を想像してください。過去の失敗実験の記録は、紙やExcelに散らばっています。これをAI-Ready化すれば、新人研究者が「似た条件の失敗例はある?」と聞くだけで、過去の知恵を一瞬で引き出せます。

次に、自動車部品工場のベテラン整備士のケースです。「この振動の出方は軸受けの劣化サイン」という感覚を、Skillsとして言葉にして登録します。すると若手も、AIの助言を受けながら同じ判断ができるようになります。

最後に、銀行の融資審査の場面です。熟練担当者が決算書のどこを重視するかという判断軸を整理します。これにより、経験の浅い行員でも審査の質を保ちやすくなります。

どの場面にも共通するのは、「人にしかできなかった判断を、組織の力に変える」という発想です。

今後のスケジュール

プロジェクトの進み方も決まっています。

  • 2026年5月~10月:実データと実業務を使い、主に5つのユースケース(活用場面)で集中的にPoC(実証実験)を実施
  • 2026年11月ごろ:参画各社の成果発表会を開催
  • 2027年3月末:事業期間の終了予定

約半年という短期間で、一気に検証を進める計画です。

2026年11月の成果発表会で、どんな結果が出るかが大きな注目点になります。

よくある質問(FAQ)

Q1. 暗黙知って具体的に何ですか?

文章やマニュアルになっていない知識のことです。熟練者の勘やコツ、整理されていない図面や実験データなどが含まれます。頭の中や現場にしかない知恵だとイメージするとわかりやすいです。

Q2. ストックマークとはどんな会社ですか?

日本のAIスタートアップです。人の言葉を理解する自然言語処理の技術に強く、企業向けのAIサービスを手がけています。今回は国家プロジェクトの取りまとめ役を担っています。

Q3. このプロジェクトに自社も参加できますか?

今回の16社は決定済みで、新規募集の発表はありません。ただし成果やノウハウは公開予定です。将来的に他の企業もそのやり方を参考にできる見込みです。

Q4. 機密情報が漏れる心配はないのですか?

そこは重視されています。データを外に出さない連合学習や合成データの技術、情報漏えいを防ぐガードレールを使います。データ主権(自社データを自社で管理する権利)を守る設計です。

Q5. 中小企業には関係ない話ですか?

そうとは限りません。うまくいったやり方がホワイトペーパーや無償ツールとして公開される予定です。後からそれを使えば、規模の小さな会社でも暗黙知のAI活用に挑戦しやすくなります。

まとめ

今回のポイントを振り返ります。

  • 味の素・伊藤忠商事・三菱ケミカルなど大手16社が、ストックマークと「暗黙知のAI-Ready化プロジェクト」を開始しました
  • 狙いは、社外秘の図面や熟練者のノウハウをAIが使える形に変えることです
  • 経産省・NEDOの国家プロジェクト「GENIAC」第4期に採択された取り組みです
  • 背景には、AI学習用の公開データが枯渇するという業界の危機感があります
  • 2026年5月~10月にPoCを行い、11月に成果発表会を予定。成果は広く公開される見込みです

まずは2026年11月の成果発表会に注目し、自社の「眠っている知識」が何かを書き出してみることから始めてみてはいかがでしょうか。

参考文献

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