首都高でAI利用10倍|1日48分の時短

伊東雄歩
監修者 伊東 雄歩

株式会社ウォーカー CEO。東北大学卒。MENSA会員、JDLA認定講師、健全AI教育協会理事。生成AI×教育・学習科学を専門とし、2億円超のシステム開発プロジェクトを統括。

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  • 首都高速道路でGeminiを月100回以上使う社員が22人から224人へ、1年で10倍に増えた
  • 平均年齢43.9歳、ITが本業ではない会社でも月間アクティブ率はほぼ100%に到達
  • 成果を出したのは「終日ワークショップ23回・約500人」「管理職50人向け研修」など泥臭い3施策
  • 7割超の社員が1日30分以上の時短を実感、平均は1日約48分
  • 社史づくりや多言語の教育動画まで、現場が自分で使い道を見つけた5つの活用事例

社内に生成AIを入れたのに、使っているのは一部の人だけ。そんな話をよく聞きませんか。首都高速道路は逆でした。ヘビーユーザーが1年で10倍、平均年齢43.9歳の会社でほぼ全員が使う状態まで持っていった方法を、数字と一緒に見ていきます。

1年でヘビーユーザーが10倍に増えた

ITmedia AI+が2026年8月5日に報じた内容が、社内AI推進の担当者の間で話題になっています。

舞台は首都高速道路株式会社。東京都心の高速道路を運営する会社です。

同社でGoogleの生成AI「Gemini(ジェミニ/文章づくりや調べものができるAI)」を月100回以上使う社員が、2025年2月の22人から2026年2月には224人へと10倍に増えました

それだけではありません。月に1回以上使う社員の割合(月間アクティブユーザー率)は、ほぼ100%に達しているといいます。

単体の従業員数は1,142人(2025年3月31日時点)。つまり社員の5人に1人が、毎日のように生成AIを叩いている計算になります。

語ったのはDX推進課の課長代理

この取り組みを説明したのは、DX推進室 DX推進課 課長代理の鈴木佑哉氏です。

同社がGeminiを使えるようになったのは2025年1月。ちょうど同じ時期に、資料を読み込ませて質問できる「Gemini Notebook」も登場しました。

初めての社内研修を開いたのは2025年4月。そこから約1年で、冒頭の数字までたどり着いたことになります。

「平均年齢43.9歳・ITが本業じゃない」という前提

この事例が注目される理由は、会社の顔ぶれにあります。

首都高速道路の平均年齢は43.9歳。2005年10月に民営化した会社で、鈴木氏自身が「ITは本業ではない」と表現する事業体です。

本業は道路の維持管理と交通の安全確保。日々の仕事は、橋げたの点検や渋滞対策、事故対応といった現場の仕事が中心です。

新しいツールが真っ先に浸透しそうな、若手だらけのIT企業とは環境がまるで違います。

だからこそ「うちは年齢層が高いから無理」「IT企業じゃないから難しい」という言い訳が通用しにくい事例として受け止められています。

日本全体では、まだ差が大きい

他社はどうでしょうか。

帝国データバンクが2026年3月に実施した調査では、生成AIの活用率は大企業46.5%、中小企業32.4%、小規模企業28.0%と報告されています。

業種別では社会インフラ業界が60.8%、金融・保険業が54.4%。首都高が属するインフラ領域は、実は比較的進んでいる分野です。

ただし「会社として使っている」ことと「社員一人ひとりが日常的に使っている」ことは別物です。首都高の数字が刺さるのは、後者を可視化しているからです。

効果を生んだ3つの推進施策

では、具体的に何をしたのでしょうか。記事で挙げられた柱は3つです。

施策1:使っていない人を優先して狙う

まず決めたのは、力を注ぐ相手の順番でした。

鈴木氏は「既に多く使っている従業員より、まったく使っていない従業員に使ってもらう方が効果が大きい」とコメントしています。

社内AI推進では、熱心な人がさらに使い込む方向に支援が偏りがちです。ところが伸びしろは、ゼロの人を1にするところにあります。

1日1回も使っていない人が週に3回使うようになれば、全社の利用回数は跳ね上がります。上位層を10%改善するより、はるかに効きます。

施策2:対面・終日のワークショップを23回

2つ目は研修のやり方です。

オンラインの動画を見せて終わり、ではありませんでした。対面・終日のワークショップを全23回開催し、グループ企業を含めて約500人が参加しています。

内容はGeminiとGemini Notebookの機能を一通り触る、ハンズオン形式。よく使うユースケースを実際に自分の手で動かします。

1回あたり20人強、それを23回。数字だけ見ると気の遠くなる工数です。

ただ、生成AIは「便利らしい」と聞いた段階では動きません。自分の業務データを入れて、想像より良い答えが返ってきた瞬間にスイッチが入ります。終日という時間の取り方は、その瞬間を確実に起こすための設計です。

施策3:局長・部長級50人にも研修

3つ目が管理職向けの回です。

局長・部長級の約50人を対象にしたワークショップも実施しました。背景には、現場が生成AIを使うには上司の理解が欠かせないという判断があります。

部下がAIで下書きを作った資料を持ってきたとき、上司が「手抜きだ」と受け取ればそこで終わります。逆に「早いね、その分内容を詰めよう」と返せば、使い方は一気に広がります。

ツールの利用率は、実は上司の反応で決まる部分が大きい。そこに50人分の時間を投じたのは合理的です。

1日48分が浮いた——現場で起きた変化

成果はどう出たのでしょうか。

7割以上の従業員が「1日30分以上の業務効率化」を実感し、平均の効率化時間は約48分/日と報告されています。

1日48分は、1カ月20営業日で約16時間。年間なら約192時間、まるまる24営業日ぶんに相当します。

具体的な使われ方として、記事では5つの分類が紹介されています。

社内規則を「聞けば答えるFAQ」に変えた

1つ目は社内規則のFAQ化です。技術要領をノートブックに読み込ませ、社内で共有しました。

高速道路の維持管理には、分厚い技術要領がつきものです。点検の手順、資材の基準、書類の書式。若手が「これ、どこに書いてあるんだっけ」と紙をめくる時間は、決して短くありません。

読み込ませてしまえば、質問すれば該当箇所を出してくれます。ベテランの隣の席が、常に空いているような状態になります。

民営化20周年の社史を、AIが下書き

2つ目が社史の作成です。民営化20周年を記念した社史のドラフトづくりにAIを使いました。

社史は、社内でも屈指の「誰もやりたがらない仕事」です。20年分の資料を集め、時系列に並べ、文章にする。担当者が本業の合間に何カ月もかけるのが定番でした。

そこにAIが入ると、素材を渡して構成案と初稿を出させ、人は事実確認と表現の調整に集中できます。ゼロから書く作業と、直す作業では負荷がまるで違います。

ETC専用入口の説明動画を、多言語で

3つ目は教育動画です。ETC専用入口の導入にともなう運用ルールの動画を作り、多言語にも対応させました。

首都高の現場には、協力会社や外国籍のスタッフも関わります。ルール変更のたびに説明会を開き、資料を訳し、また集まる。この繰り返しがボトルネックでした。

動画にしてしまえば、各自の都合のいい時間に見てもらえます。多言語化までAIで回せば、翻訳の外注コストと待ち時間も削れます。

アンケート集計と、資料の突き合わせ

残る2つは、アンケートの資料化と資料の比較分析です。

Googleフォームで集めた回答をそのままスライドに起こす。決算資料やガイドラインを読み比べて、どこが変わったかを抜き出す。

とくに後者は、規程改定やガイドライン更新のたびに発生する地味な重労働です。人がやると見落としますが、AIは疲れません。

横展開の仕組み:ケース集100例とダッシュボード

一部の部署だけで盛り上がって終わらせない工夫もあります。

同社は「生成AI活用ケース集」を整備し、現在およそ100例を記録しています。全従事者が投稿できる形式で運用されている点がポイントです。

成功事例が上から降ってくるのではなく、隣の部署の誰かが書いた実例が並ぶ。「あの人にできるなら自分にも」という感覚が生まれます。

さらに利用実績をダッシュボード化し、部署ごとに可視化しました。

数字が見えると、使われていない部署が特定できます。責める材料ではなく、次に研修へ行くべき場所を教えてくれる地図として機能します。

鈴木氏は推進のコツについて「推進担当者が、泥臭く、しつこく、熱意を持って取り組むこと。その上で、従業員の小さな成功・感動体験を積み重ねていくことが重要」と語っています。

Gemini・Copilot・ChatGPT、社内導入ならどれ?

「うちも入れるなら、どれがいいのか」と気になった方も多いはずです。主要3つの違いを整理します。

  • Gemini(Google):Google Workspaceの各プランに標準搭載。2025年1月以降、追加ライセンスは廃止されました。Business Standardは1ユーザー月額1,600円(税抜)で、この中に含まれます。情報収集や資料の読み込みが得意です。
  • Microsoft 365 Copilot:アドオンで1ユーザー月額4,497円(税抜・2026年7月時点、年払い)。中小企業向けの「Copilot Business」は月額3,148円(税抜)。別途、法人向けMicrosoft 365プランの契約が必要です。ExcelやTeamsなど実務作業との連携が強みです。
  • ChatGPT Enterprise(OpenAI):文章の創作や壁打ちのような対話に強いとされます。既存のグループウェアとは独立して使う形になります。

選び方の原則はシンプルです。すでに使っているグループウェアに合わせること

Google Workspace中心の会社ならGemini、Microsoft 365中心ならCopilot。首都高がGeminiだったのも、この延長線上にあると考えられます。

能力差で選びたくなりますが、日常業務の中に自然に置けるかどうかのほうが、定着率にはるかに効きます。メールとカレンダーの隣にあるツールは使われ、別タブを開く必要があるツールは忘れられます。

日本企業にとって、この事例が持つ意味

日本の生成AI導入は、数字の上では進んでいます。

PwC Japanグループが2026年春に発表した調査では、日本企業の生成AI活用・推進度は87%に達し、未着手・断念は4%まで減りました(2026年2月12〜19日実施、売上高500億円以上の企業の課長職以上932名が回答)。

ICT総研の調査では、国内の生成AIサービス利用者数は2026年末に3,553万人、2027年末には4,097万人に達する見込みとされています。

それでも現場の実感は「導入したが浸透しない」です。ライセンスは配ったのに、ログを見ると使っているのは数十人。多くの会社が、この壁の前で止まっています。

首都高の事例から持ち帰れる3点

この事例が示す再現しやすいポイントは、次の3つに絞れます。

  • 未使用層を最優先にする:熱心な人への追加支援より、ゼロの人を1にするほうが全体の伸びは大きい
  • 研修は対面・実機で、時間をかける:動画視聴ではなく、自分の業務データを触らせて「効いた」体験を作る
  • 管理職を先に巻き込む:上司がAI利用を歓迎するかどうかで、現場の利用率は変わる

加えて、事例集と利用状況ダッシュボードという「見える化」の仕組み。この2つが、熱意頼みの推進を仕組みに変えています。

人事や情報システム部門にとっては、明日から手をつけられる話が多いはずです。特別なシステム投資は登場していません。

よくある質問(FAQ)

Q1. ヘビーユーザーの定義は何ですか?

報道では月100回以上Geminiを利用する社員を指しています。営業日を20日とすると、1日あたり5回以上。調べもの、下書き、要約などで日常的に触っている水準です。

Q2. 22人から224人へ、というのはどのくらいすごい数字ですか?

首都高速道路の単体従業員数は1,142人(2025年3月31日時点)です。224人はそのおよそ2割にあたります。一般に社内ツールのヘビーユーザーが全社員の2割に届くのは簡単ではなく、しかも1年での到達という点が評価されています。

Q3. Gemini Notebookとは何ですか?

手元の資料をAIに読み込ませ、その中身について質問できる機能です(Googleが提供するノート型のAIツール)。社内規程や技術要領のように「どこかに書いてあるはずの情報」を探す用途と相性が良く、首都高でもFAQ化に使われています。

Q4. うちは中小企業ですが、同じことはできますか?

施策の中身自体は、規模を問わず真似しやすい内容です。むしろ社員数が少ないほど、全員に対面研修を届けるのは簡単になります。ネックになるのは工数の確保です。23回のワークショップを回す推進担当を置けるかどうかが、実際の分かれ目になります。

Q5. 効率化した48分は、何に使われているのですか?

今回の報道では、浮いた時間の使い道までは明示されていません。他社の例では、トヨタの若手育成やベネッセの学習体験向上のように、生まれた余力を別の価値創出に振り向ける形が現実的なアプローチとされています。

まとめ

  • 首都高速道路で、Geminiを月100回以上使う社員が22人から224人へ1年で10倍に増えた
  • 平均年齢43.9歳、ITが本業ではない組織でも月間アクティブ率はほぼ100%に到達
  • 決め手は「未使用層を優先」「対面・終日ワークショップ23回・約500人」「管理職50人向け研修」の3施策
  • 7割超が1日30分以上の時短を実感し、平均は約48分/日(年間およそ192時間)
  • 社内規則のFAQ化、社史ドラフト、多言語の教育動画など、現場発の活用が約100例のケース集に蓄積
  • ツール選びは「今使っているグループウェアに合わせる」のが定着への近道

自社の生成AIが浸透していないと感じるなら、まずは利用ログを開いて「一度も使っていない人が何人いるか」を数えるところから始めてみてください。

参考文献