- SBI北尾会長が「孫さんはOpenAI、僕はAnthropic」と語り、AI戦略の違いを鮮明にした
- SBI証券の顧客対応AIエージェントは投資5億円に対し年間27億円の増収を見込む
- 有人チャット対応を55%削減する計画で、削減と増収を同時に狙う
- 孫正義氏のOpenAI累計出資は約10兆円。桁が2万倍違う「小さく賭ける」戦略
- 三菱UFJはOpenAI、SBIはAnthropic。日本の金融AIは二大陣営に分かれ始めた
AIに何億円も投じる企業のニュースを見て、「うちには関係ない話だ」と思ったことはありませんか。ところが2026年8月21日、SBIホールディングスの北尾吉孝会長が語った数字は、その常識を少し揺さぶるものでした。投資は5億円、リターンは年間27億円の増収見込み。10兆円を動かす孫正義氏とは、まったく違う勝ち方です。この記事では、その勝算の中身を分解します。
「孫さんはOpenAI、僕はAnthropic」発言の中身
まず発言そのものを確認します。
2026年8月21日、ITmediaがSBIホールディングス会長兼社長・北尾吉孝氏のインタビューを公開しました。
そこで北尾氏は、AIパートナーの選択についてこう表現しています。「孫さんはOpenAIだが、僕はAnthropic」。
孫さんとは、もちろんソフトバンクグループの孫正義氏のことです。日本を代表する2人の投資家が、AIの相棒として別々の会社を選んだ。それがこの一言に凝縮されています。
ちなみにAnthropic(アンソロピック)は、対話型AI「Claude(クロード)」を開発する米国の企業です。OpenAIの元メンバーが2021年に立ち上げました。
なぜOpenAIではなくAnthropicだったのか
北尾氏はOpenAIを否定していません。
インタビューでは「OpenAIも優れている」と前置きしたうえで、Anthropicの「透明性」と「哲学的なスタイル」が自社に合ったと説明しています。
金融は、お客さまのお金と個人情報を預かる商売です。AIが暴走したり、根拠のない答えを返したりすると、被害が直接お財布に及びます。
Anthropicは創業当初から「AIの安全性」を看板に掲げてきました。銀行や証券会社にとって、この一点は無視できない差になります。
5億円が27億円になる仕組みを分解する
ここが今回いちばんおもしろい部分です。
報道によれば、SBI証券の顧客対応AIエージェント開発にかかる投資額は5億円。そしてそこから見込む効果が年間27億円の増収です。投資額の5倍以上が毎年返ってくる計算になります。
さらに、有人チャット対応を55%削減するという数字も示されています。人が対応していた問い合わせの半分以上を、AIが引き取るということです。
「増収」と「削減」が同時に起きる理由
コスト削減だけなら、話は単純です。人件費が浮くだけですから。
ところが北尾氏が語っているのは増収、つまり売上が増えるという話です。ここには証券会社ならではの事情があります。
ネット証券では、口座を開いたまま取引していない人が大量にいます。「投資信託を選びたいけれど、どれがいいのか分からない」で止まってしまう人たちです。
これまで、その人たちに丁寧な説明をするには人手が必要でした。人手には限りがあるので、結局そこは放置されます。
AIエージェントなら、24時間365日、何万人が同時に質問しても答えられます。止まっていた人が動き出せば、手数料収入が増える。これが27億円の正体です。
身近な場面で考えてみる
夜11時に、30代の会社員がスマホで証券口座を開いたとします。NISAを始めたいけれど、商品一覧を見ても違いが分からない。
問い合わせ窓口は営業時間外。翌朝には仕事が始まって、そのまま忘れます。この人は結局、1円も投資しません。
もう一つ。定年退職した60代が、退職金の置き場所に迷っています。電話は待たされるし、営業されるのも嫌だ。だから通帳に置いたままにする。
そして地方に住む20代が、平日の昼休みだけスマホを触れる。有人チャットは混み合っていて、返事は夕方。読む頃には気持ちが冷めている。
この3人はいずれも「買う気はあったのに買わなかった」人です。AIが即答できれば、そのうち何割かは実際に動きます。27億円は魔法ではなく、取りこぼしの回収なのです。
SBIとAnthropicの提携は何を決めたのか
この構想の土台は、2026年6月2日に発表されました。
SBIホールディングスと米Anthropic PBCが、日本の金融グループとして初めて、Claudeを使った全社的なAIトランスフォーメーション(AXと呼ばれる、AIを軸にした業務の作り替え)を推進すると合意したのです。
中身は大きく3本柱です。
- Claudeをグループの全役職員に原則展開する。日常業務だけでなく、業務システムとAPI連携して使える環境をつくる
- 「Claude Security」を金融機関として日本で初めて検証する。開発中の生成AIチャットサービスに適用する
- 個人向けの「金融AIエージェント」を共同開発する。将来的にはグローバル金融コンシェルジュサービスを目指す
用途はシステム開発、問い合わせ対応、データ分析、UI改善、需要予測と幅広く設定されています。実験ではなく、全社の作り替えとして設計されているのが特徴です。
実装を担うのは上場AI企業のRidge-i
この提携には、もう1社が深く関わっています。ディープラーニングの開発企業、株式会社Ridge-i(リッジアイ)です。
Ridge-iはSBIグループ横断のエンジニアリング体制を構築し、開発と運用を担当します。SBI証券と共同で生成AIチャットサービスを開発し、Claude Securityの検証も進めます。
市場の反応は劇的でした。発表当日、Ridge-iの株価は前日比500円高のストップ高となり、2951円の買い気配をつけています。
北尾氏はさらに、Ridge-iの柳原貴子氏を社外役員として招いています。外部パートナーを経営の内側に入れる。本気度がうかがえる人事です。
孫正義氏の10兆円と、北尾会長の5億円
ここで、冒頭の対比に戻ります。
ソフトバンクグループは2026年2月27日、OpenAIへの300億ドル(約4.6兆円)の追加出資を発表しました。これまでの分を合わせると、累計646億ドル、日本円で約10兆円です。出資比率は約13%になります。
さらに2025年1月に発表された「Stargate(スターゲート)」プロジェクトでは、4年間で5000億ドル(約78兆円)を米国のAIデータセンターに投じる計画に、財務面のリード投資家として参画しています。
一方の北尾氏は、SBI証券のAIエージェントに5億円。桁にして約2万倍の差があります。
「AIを作る側」と「AIを使う側」
この差は、そもそも狙っている場所が違うことから生まれます。
孫氏が買っているのはAI企業そのものの価値です。OpenAIが世界を取れば、株式の値上がりで巨額のリターンが返ってきます。当たれば桁違い、外せば損失も桁違いという勝負です。
北尾氏が買っているのは自社の業務が変わることで生まれる利益です。5億円を入れて27億円の増収を得る。AIそのものが世界一になるかどうかは、あまり関係ありません。
前者は宝くじではなく事業の賭け、後者は設備投資に近い発想です。どちらが正しいという話ではなく、リスクの取り方がまったく違います。
SBI本体の業績は好調そのもの
ちなみに、SBIホールディングスの足元の業績は絶好調です。
2026年7月31日に発表された2027年3月期第1四半期(4〜6月)の決算は、収益5710億円(前年同期比28.8%増)、税引前利益2258億円(同149.9%増)、親会社株主に帰属する四半期利益1480億円(同75.0%増)でした。
この規模の会社にとって、5億円は誤差のような金額です。だからこそ、確実に回収できる場所へ小さく入れるという判断が成り立ちます。
日本の金融AIは「二大陣営」に分かれ始めた
日本市場に目を向けると、興味深い構図が見えてきます。
三菱UFJフィナンシャル・グループは2025年11月にOpenAIと戦略的提携を結び、2026年1月からChatGPT Enterpriseを約3万5000人の全行員に本格導入しました。
そしてSBIグループはAnthropicのClaudeを全役職員へ。メガバンク最大手はOpenAI、ネット金融最大手はAnthropicという住み分けが生まれています。
実験の時代はもう終わっている
日本銀行の調査によれば、金融機関の約5割がすでに生成AIを利用中で、試行中を含めると7割強に達します。
2026年の金融業界は、実証実験(PoC)の段階を完全に抜けました。いまは全社展開と、投資に見合う利益が出ているかを問う段階です。
北尾氏が5億円と27億円という具体的な数字を公の場で口にしたこと自体が、その変化を示しています。「AIを試しています」では、もう株主が納得しない時期に入りました。
私たちの生活はどう変わるか
利用者側から見ると、変化は静かにやってきます。
証券会社のチャット窓口で返ってくる答えが、テンプレートではなくなります。保有している商品や過去のやり取りを踏まえた説明が、深夜でも即座に返ってきます。
ただし注意点もあります。AIの提案は投資助言ではありません。最終的に判断するのは自分自身という原則は変わらないので、そこは冷静に受け止める必要があります。
この戦略から学べること
北尾氏のやり方は、中小企業にもそのまま応用できます。
ポイントは3つです。
- 効果を測れる業務から入る。SBIが選んだのは顧客対応チャットでした。削減率も増収額も数字で追える場所です
- 削減だけを目標にしない。人件費が浮くだけでは、投資額を上回るリターンは出にくいものです。売上が増える道筋まで描くこと
- AIの提供元は「安全性の設計」で選ぶ。性能だけで比べると、事故が起きたときの損失を見落とします
北尾氏はインタビューで「30年以内に課題を解決できなければ大きな問題になる」とも述べ、セキュリティと継続的なAI導入の重要性を強調しています。急ぎつつ、慎重に。この両立が問われています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 27億円の増収は確定した数字ですか?
いいえ、見込み額です。SBI証券の顧客対応AIエージェント開発について、投資5億円に対して年間27億円の増収を見込むという計画値として報じられています。実績値ではないので、今後の決算での確認が必要です。
Q2. Claudeを全役職員に配ると、社員の仕事はなくなりますか?
報じられている計画は、有人チャット対応の55%削減です。ただしSBIが狙っているのは増収であり、人が空いた時間をより複雑な相談に回す設計と読み取れます。単純な人員削減とは性質が異なります。
Q3. AnthropicとOpenAIは、どちらが優れているのですか?
用途によります。北尾氏自身も「OpenAIも優れている」と述べたうえで、Anthropicの透明性と哲学的なスタイルが自社に合ったと説明しています。金融のように事故のコストが高い分野では、安全性の設計思想が選定理由になりやすいと言えます。
Q4. 個人がSBIのAIエージェントを使えるのはいつからですか?
提携発表は2026年6月2日で、個人向け金融AIエージェントは共同開発中の段階です。現時点で一般提供の正式な日程は公表されていません。SBI証券の生成AIチャットサービスから順次形になっていくとみられます。
Q5. 中小企業が同じことをするには、いくら必要ですか?
5億円は数千人規模のグループ全体を作り替える金額です。個別の業務、たとえば問い合わせ対応の自動化に絞れば、はるかに小さい予算から始められます。重要なのは金額ではなく、効果を数字で測れる業務を選ぶことです。
まとめ
- 2026年8月21日、SBI北尾会長が「孫さんはOpenAIだが、僕はAnthropic」と発言した
- SBI証券の顧客対応AIエージェントは、投資5億円に対し年間27億円の増収見込み
- 有人チャット対応は55%削減する計画で、削減と増収を同時に狙う
- 提携は2026年6月2日発表。日本の金融グループとして初のClaude全社展開
- 実装はRidge-iが担当し、発表日に同社株はストップ高となった
- 孫正義氏のOpenAI累計出資は約10兆円。桁が約2万倍違う戦略の差
- 三菱UFJはOpenAIで全行員3万5000人に導入。日本の金融AIは二大陣営へ
- 日銀調査では金融機関の約5割が生成AIを利用中、試行含め7割強
まずは自社で「効果を数字で測れる業務」を1つだけ選んでみてください。AI導入の成否は、金額の大きさではなく、その1つを正しく選べるかで決まります。
参考文献
- 「孫さんはOpenAIだが、僕はAnthropic」 SBI北尾会長が語る「AI投資5億円→増収27億円」の勝算(ITmedia ビジネスオンライン、2026年8月21日)
- SBIグループ、日本の金融グループとして初めて、Anthropicと共同でAIトランスフォーメーションを全面推進(SBIホールディングス、2026年6月2日)
- リッジアイ、SBIグループとAnthropicによるAIトランスフォーメーションを推進(株式会社Ridge-i、2026年6月2日)
- SBIホールディングス、4-6月期(1Q)最終は75%増益で着地(株探ニュース、2026年7月31日)
- ソフトバンクG、OpenAIに1.6兆円払い込み 追加出資第2弾(日本経済新聞)


