偽研究所の記事34本が盗用|OpenAIがロシア工作摘発

伊東雄歩
監修者 伊東 雄歩

株式会社ウォーカー CEO。東北大学卒。MENSA会員、JDLA認定講師、健全AI教育協会理事。生成AI×教育・学習科学を専門とし、2億円超のシステム開発プロジェクトを統括。

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  • OpenAIが2026年8月25日、ロシア発のChatGPTアカウント群を停止したと発表しました
  • 「国際バーク研究所(IBI)」というイスラエル拠点を装う偽の研究機関が中心にありました
  • 公開記事36本のうち34本が、他サイトからの盗用だったと報告されています
  • 工作員はロシア語でChatGPTに指示し、「ロシアらしさを消してくれ」と頼んでいました
  • 届いた人数は少なかったのに、OpenAIが「重大だ」と評価した理由を解説します

AIが書いた文章は、もう見分けがつきません。では「AIに書かせた人が誰なのか」は、どうやって分かるのでしょうか。2026年8月25日、OpenAIがその答えの一つを公開しました。ロシアから接続されたChatGPTアカウントの一群が、存在しない研究所を権威に仕立てる工作に使われていたのです。この記事では、その手口と、私たちが今日からできる対策を整理します。

何が起きたのか|OpenAIがロシア発アカウント群を停止

OpenAIは2026年8月25日、悪用対策レポートを公開しました。

内容は、ロシアから接続されていたChatGPTアカウントの集まりを停止したというものです。これらのアカウントは、SNS向けの投稿やコメントを大量に作らせるために使われていました。

ロシアからはOpenAIのサービスに正規アクセスできません。そこで工作員はVPN(接続元の国を偽装する仕組み)を経由していました。

作られた投稿が流されていた先は、Substack、Telegram、X、Facebook、LinkedInの5つです。テーマはロシアを持ち上げ、欧米政府を批判する内容でした。

ドイツ、アメリカ、フランス、ポーランド、トルコを狙ったTelegramチャンネルが確認されています。ウクライナを批判するドイツ語コンテンツも含まれていました。

なぜOpenAIが気づけたのか

興味深いのは、発覚のきっかけです。

OpenAIの調査チームは、まず「ロシア語でプロンプト(AIへの指示文)を打ち、英語の投稿を出力させる」という不自然な使い方の集団を見つけました。そこから芋づる式に、外側のキャンペーン全体へたどり着いています。

OpenAIはこれを「ChatGPTの利用活動が、キャンペーンの各部分をつなぐ信号を調査者に与えた」と表現しました。

つまり、AIを使って効率化した結果、AI企業側に足あとが残ってしまったわけです。

「偽の研究所」IBIの正体|36本中34本が盗用

工作の中心にあったのが、International Burke Institute(国際バーク研究所、略してIBI)です。

サイトのドメインが登録されたのは2025年2月。自称は「イスラエルを拠点とする専門家コミュニティ」で、経済・政治・社会学・国際関係を扱うと掲げていました。

ところが中身は、ほとんどが借り物でした。

OpenAIが2025年9月から2026年5月に公開された記事36本を調べたところ、34本がインターネット上の別の場所からコピーされたものだったのです。割合にして約94%です。

著者名まで間違っていた

盗用の雑さも報告されています。

何年も前の古い記事がそのまま載っていたり、書いた人とは違う名前が著者として表示されていたりしました。

報道によれば、オーストラリアの食品科学の教授が、移民政策の専門家として紹介されていたケースまであったといいます。

専門分野がまるごと入れ替わっているわけです。人間の読者が一人でも真面目に読めば、すぐに気づいたはずの粗さでした。

「主権指数」という独自ランキング

IBIの目玉商品が「主権指数(Sovereignty Index)」でした。

政治・経済・技術など複数の分野で各国を採点する、という体裁のランキングです。当然ながら、ロシアが好意的に評価され、西側諸国は低く扱われました。

たとえばフランスについては、マクロン政権下の同国を「金庫が開かれるように、切り売りされている」と表現しています。

数字とランキングは、それだけで客観的に見えます。その「客観っぽさ」こそが狙いでした。

イスラエル側の関与は「判断できない」

ややこしい話も出てきました。

OpenAIは、イスラエル政府関係者がIBIに言及したり、IBIを代表する形で記事を寄稿したり会議に出たりした形跡がオンライン上にあると指摘しています。

ただし同社は「これらの人物とIBI、そしてロシアの工作員との関係は判断できない」と明言しました。断定を避けた形です。

この慎重さは覚えておく価値があります。偽情報の調査では、「分かっていないことを分かっていないと書く」姿勢そのものが信頼性の指標になるからです。

手口の解剖|ロシア語で指示し、ロシアらしさを消させた

今回いちばん背筋が寒くなるのは、AIの使い方です。

工作員はChatGPTにロシア語で指示を出していました。そして英語の投稿文を作らせていたのです。

それだけなら単なる翻訳です。問題はここからでした。

OpenAIによると、彼らは「出自がバレそうな言語的な特徴を取り除いてくれ」とAIに頼んでいたといいます。

「なまり」を消すという発想

母語話者でない人が書いた英語には、独特のクセが出ます。冠詞の使い方、語順、比喩の選び方。従来の偽情報対策では、この「文章のなまり」が有力な手がかりでした。

ロシア語話者が書いた英文は、専門家が読めば分かる。だから見抜けた。

ところが生成AIは、そのなまりを跡形もなく洗い流します。しかも無料で、無限に、24時間。

採用面接で、応募者が経歴書だけでなく声も指紋も差し替えてくるようなものです。これまで信じてきた見分け方が、静かに効かなくなっていきます。

「権威づけインフラ」を作るという戦略

もう一つの特徴が、単発の投稿で終わらせなかった点です。

手順を並べると、こうなります。

  • それらしい名前の研究所サイトを作る(IBI)
  • 既存の学術記事を大量にコピーして中身を埋める
  • 独自ランキング「主権指数」で発信力を持たせる
  • ChatGPTでSNS投稿を量産し、複数プラットフォームで引用し合う
  • Telegramチャンネルにフォロワーを溜める(1チャンネルあたり1〜2万人規模のものも)

OpenAIはこれを「権威を生み出し、望ましい物語をぼかし、時間をかけて拡張できる資産を作る」動きだと分析しました。

投稿ではなく、「引用される側」になるための土台づくりだったわけです。

なぜ「届いていない工作」が重大なのか

ここで疑問が浮かびませんか。「そんなに効果があったの?」と。

答えは、ほとんどありませんでした。

OpenAI自身が、典型的なSNS投稿の閲覧数は少なく、IBI公式アカウントの登録者数も低かったと認めています。英メディアThe Registerなども、到達範囲は限定的だったと報じました。

評価すべきは「射程」ではなく「配管」

それでもOpenAIは、この作戦を重大だと位置づけました。理由をこう述べています。

「この作戦の重要性は、届いた聴衆の数よりも、築き上げたインフラにある」

今回の工作は、いわば工場の試運転です。製品はまだ売れていません。しかし生産ラインは完成しています。

偽の権威(研究所)、コンテンツ生産装置(ChatGPT)、配信網(5つのSNS)。この3点セットが揃えば、あとは規模を上げるだけです。

選挙や紛争のような「ここぞ」という瞬間に、すでに数年分の記事履歴を持つ「老舗シンクタンク」として登場できます。そのとき初めて、蓄えた信用が使われます。

検出側にも追い風はある

悲観一色ではありません。

今回の摘発が示したのは、AIを使うと作業は楽になる一方で、プラットフォーム側に検出可能なパターンも残るというジレンマです。

ロシア語プロンプトで英語出力を求め続けるアカウント群。これは人間の目には見えませんが、AI企業のログには浮かび上がります。

OpenAIは2024年初頭以降、20を超える工作ネットワークを停止してきたと公表しています。攻守はまだ拮抗している、と見ることもできそうです。

Pravdaネットワークとの比較|同じ「偽情報」でも別物

「ロシア発のAI偽情報」と聞いて、別の事件を思い出す方もいるでしょう。

代表格が、調査会社NewsGuardが報告したモスクワ拠点の「Pravdaネットワーク」です。今回のIBIとは、目的も規模もかなり違います。

3つの違い

  • 規模:Pravdaは2024年だけで約360万本の記事を投入。IBIは8カ月で36本。桁が5つ違います
  • 読者:PravdaはAIに読ませて回答に混ぜるのが目的(LLMポイズニング)。IBIは人間のSNS利用者に向けた投稿が中心でした
  • AIの役割:Pravdaは「AIに汚染された情報を食べさせる」側。IBIは「AIに文章を書かせる」側です

当サイトでも8月18日に、イスラエル政府資金で作られた偽シンクタンクがAIを狙った件を取り上げました。あれはPravda型、つまりAIを騙す手口です。

今回のIBIはAIを使う手口。似た見出しに見えても、防ぎ方はまったく違います。

なぜ区別が大事なのか

AIを騙す手口には、AI企業側の対策(情報源の格付け、引用の透明化)が効きます。

一方、AIを使う手口に効くのは、アカウントの利用パターン分析やプラットフォーム連携です。

Metaは2017年以降、ロシア発の隠れた影響工作ネットワークを39件停止したと公表しています。SNS側とAI企業側、両方の目が必要だという構図が見えてきます。

日本にとっての意味|他人事ではない理由

今回の標的リストに日本は入っていませんでした。ドイツ、アメリカ、フランス、ポーランド、トルコです。

では安心かというと、そうでもありません。

日本語という「壁」はもう壁ではない

これまで日本は、日本語という言語の壁に守られてきた面がありました。海外の工作員が自然な日本語を書くのは難しかったからです。

その前提が崩れました。ロシア語で指示して英語を出させ、なまりまで消せるなら、日本語でも同じことができます。

NewsGuardによれば、Pravdaネットワークは74以上の国・地域と12の主要言語を対象にしています。対象言語が増えるのは時間の問題でしょう。

政府側の体制はどうなっているか

日本政府も動いています。

2025年9月、生成AIを悪用した外国による影響工作への対応体制が強化されました。内閣官房副長官の調整のもと、内閣情報調査室、国家安全保障局、国家サイバー統括室、総務省、外務省、防衛省などが連携する形です。

内閣官房は「外国による偽情報等に関するポータルサイト」も公開しています。

ただし、政府が守ってくれるのは国レベルの話です。個人のAI利用にまでは手が届きません。

今日からできる3つの自衛策

身近な場面で考えてみましょう。

ある会社員が、海外市場の調査資料を作るためにAIチャットボットに質問したとします。返ってきた答えには、聞いたことのない研究所のランキングが引用されていました。締め切りは明日。そのまま資料に貼り付けたくなる瞬間です。

ここで踏みとどまるために、3つだけ覚えておくと違います。

  • 出典の「年齢」を見る:IBIのドメイン登録は2025年2月でした。設立して間もない機関が、いきなり各国を格付けしていたら疑う理由になります
  • 著者名で検索する:食品科学の教授が移民政策を語っていた、という粗さは著者名の一検索で見抜けます
  • ランキングと指数を警戒する:数値化されたものは客観に見えます。しかし採点基準を誰が決めたのかは、別の問題です

大学のレポートでも、投資判断でも、使える考え方です。

よくある質問(FAQ)

Q. ChatGPTを普通に使っている人に影響はありますか?

今回の件で、あなたのアカウントが影響を受けることはありません。停止されたのは工作に使われた特定のアカウント群だけです。ただし、こうした工作が作ったコンテンツが将来AIの回答に混ざる可能性はあります。情報源を確認する習慣は持っておきたいところです。

Q. なぜロシアからChatGPTを使えたのですか?

OpenAIはロシアからのアクセスを制限しています。工作員はVPN(接続元の国を偽装する仕組み)を使ってこの制限を回避していました。技術的にはよくある抜け道です。

Q. 34本が盗用ということは、内容自体は本物なのでは?

元の記事は本物です。しかし、それを無断でコピーし、違う著者名を付け、偽の研究所の実績として並べた点が問題です。中身の正しさではなく、権威の偽造が目的だったと言えます。

Q. AIが書いた文章を見分ける方法はありますか?

判定ツールはありますが、精度は完璧ではありません。今回のように「AIらしさを消してくれ」と指示された文章なら、なおさら困難です。文章の見た目より、発信元の実在性を確かめるほうが確実です。

Q. AI企業はこうした工作をすべて止められますか?

止められません。OpenAIが検出できるのは自社サービスの利用パターンだけです。他社のAIや、オープンソースのモデルを手元で動かされた場合は追跡できません。だからこそ、利用者側のリテラシーが最後の防衛線になります。

まとめ

今回のポイントを振り返ります。

  • OpenAIが2026年8月25日、ロシア発のChatGPTアカウント群を停止したと発表しました
  • 中心にあったのは、イスラエル拠点を装う偽の研究機関「国際バーク研究所(IBI)」です
  • 公開記事36本のうち34本が盗用で、著者名の誤りも多数ありました
  • 工作員はロシア語で指示し、AIに「出自がバレる特徴を消す」よう求めていました
  • 到達範囲は小さかったものの、OpenAIは「築かれたインフラ」を重大視しています
  • 日本語という言語の壁は、生成AIによって急速に低くなりつつあります

次にAIの答えに引用された機関名を見かけたら、その名前をひとつ検索してみてください。1分の手間が、いちばん確実な防御になります。

参考文献