OpenAIに証拠隠し疑惑|7800万件の隠しDBとは

伊東雄歩
監修者 伊東 雄歩

株式会社ウォーカー CEO。東北大学卒。MENSA会員、JDLA認定講師、健全AI教育協会理事。生成AI×教育・学習科学を専門とし、2億円超のシステム開発プロジェクトを統括。

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  • ニューヨーク・タイムズが2026年7月9日、OpenAIへの「制裁」を裁判所に申し立てました
  • 争点は、OpenAIが「調べられない」と法廷で説明していた検索を、社内では実行していた疑いです
  • 提訴前から約7800万件の会話データベースを作り、著作権侵害の度合いを自己点検していたとされます
  • 「Project Giraffe(プロジェクト・ジラフ)」という記事の丸写しを検知・記録する仕組みの存在も浮上しました
  • 日本でも読売・朝日・日経がPerplexityを提訴済み。学習データの透明性は世界共通の論点になっています

AIに「うちの記事を勝手に使ったよね?」と問い詰めたら、「調べる手段がありません」と返ってきた。ところが実は、社内にはとっくに調べる道具があった——。いま米国の法廷で、そんな主張がぶつかっています。ニューヨーク・タイムズ(NYT)がOpenAIに突きつけた告発の中身と、日本の私たちに何が関係あるのかを整理します。

2026年7月9日、何が起きたのか

NYTと系列のニューヨーク・デイリー・ニュースが、OpenAIに対する制裁(サンクション)を裁判所に申し立てました

制裁とは、裁判のルールを破った側に裁判官が科すペナルティのことです。負けを直接宣告するものではありませんが、その後の裁判を一気に不利にする力を持ちます。

両社の主張はシンプルです。「OpenAIは証拠を隠し、しかも壊した」

この訴訟自体は新しいものではありません。NYTがOpenAIとMicrosoftを訴えたのは2023年12月27日。舞台はニューヨーク州南部連邦地方裁判所(SDNY)で、担当はシドニー・スタイン判事とオナ・ワン判事(証拠開示手続きを仕切る役割)です。

2年半かけて争われてきた裁判が、ここに来て「そもそも相手が正直に証拠を出していたのか」という段階に入った、というのが今回のニュースです。

「検索できない」の裏で、社内では検索していた?

提訴前からあった7800万件のデータベース

告発の決め手になったとされるのが、2026年4月に裁判所命令で行われたデポジション(宣誓のうえで行う証人尋問)です。

証言台に立ったのは、OpenAIのデータプライバシー技術者、ヴィニー・モナコ氏。

NYT側の主張によれば、モナコ氏の証言でこんな事実が明るみに出ました。OpenAIは約7800万件の匿名化されたChatGPT会話データベースをすでに構築し、自社がどれくらい他人の著作物を侵害しているかを社内で測っていた、というのです。

しかも、その作業が始まったのはNYTが訴訟を起こす前だったとされています。

ここが最大の矛盾点です。OpenAIは法廷で「学習データやチャットログから特定の著作物を探し出すことはできない」という趣旨の説明をしてきました。ところが社内では、まさにそれをやっていた——というのがNYT側の描く構図です。

丸写しを検知する仕組み「Project Giraffe」

もうひとつ浮上したのが、「Project Giraffe」と呼ばれる社内の仕組みです。

これは、ChatGPTの回答が報道記事をそのまま吐き出してしまう現象——業界用語でリガージテーション(regurgitation/学習した文章の丸写し)——をリアルタイムで検知し、記録に残すフィルターだとされています。

技術的には「ブルームフィルタ」という仕組みが使われたと報じられています。これは「この文章、見覚えのあるデータに含まれてる?」を高速で判定できる、いわば巨大なチェックリストのようなものです。

NYT側が問題視しているのは、その導入時期です。訴訟が始まった直後に配備されたとされており、事実なら「測れない」と主張しながら、社内では測って記録していたことになります。

消えた「数十億件」のログと、黒塗りだらけのサンプル

証拠開示をめぐる攻防は、以前から泥沼でした。

NYT側は当初、1億2000万件のチャットログの提出を求めました。交渉の末、対象は2000万件まで絞られます。

ワン判事が2000万件のサンプル提出を命じたのが2025年11月。OpenAIは再考を求めましたが却下され、2026年1月5日にはスタイン判事もその判断を追認しました。

ところが2025年12月に提出されたサンプルは、黒塗りがあまりに多く、裁判所が「使い物にならない(unusable)」と評するものだったとされています。

さらに深刻なのが、削除の主張です。NYT側は、OpenAIが提訴後に数十億件のChatGPT出力を削除したと訴えています。

実は裁判所は2025年5月13日、ユーザーが削除したチャットも含めて保存するよう命じる保全命令を出していました。証拠が消える前に押さえるための命令です。これに違反した、というのがNYT側の言い分です。加えて、提出サンプルの中身が数百万件単位ですり替えられていたとも主張しています。

NYTが求めている4つの制裁

申立てで求められている中身は、かなり重いものです。

  • 2000万件のサンプルを証拠として使わせない(信頼できないため)
  • 「ログには大規模かつ組織的な記事の再現があった」ことを、証明抜きで事実として認定する
  • OpenAIが「提出したログに丸写しの証拠はない」と主張することを禁じる
  • 証拠を追いかけるのに要した弁護士費用を負担させる

2番目が特に強力です。ふつう著作権侵害は原告が立証しなければなりません。それを「証拠を隠した側のペナルティとして、最初から侵害があったことにする」よう求めているわけです。裁判の勝敗に直結しかねない要求です。

OpenAI側の反論

OpenAIは全面的に否定しています。

広報担当のドリュー・プサテリ氏はこうコメントしました。「タイムズ側の主張が弱まり、いくつかの請求を取り下げざるを得なくなるなかで、彼らはこの件と無関係な人々のプライバシーを侵害しようとし続けている。今回の明白に虚偽の主張もその一環だ」。

OpenAIは以前から、チャットログの提出要求そのものを「ユーザーのプライバシー侵害」として批判してきました。実際、保全命令の対象になったのは無料・Plus・Pro・TeamやAPIの一般利用者で、ChatGPT EnterpriseやEdu、ゼロデータ保持(ZDR)契約の利用者は対象外とされています。

つまりこの裁判では、「著作権を守れ」と「ユーザーの会話を守れ」がまっすぐ衝突しているのです。どちらも正しく聞こえるところに、この争いの難しさがあります。

他のAI著作権訴訟と、ここが違う

AIと著作権の裁判は世界中で起きています。今回の件を位置づけるために、代表的なものと比べてみます。

Anthropic:約2250億円で和解

もっとも有名なのが、AI企業Anthropicと作家側の争いです。同社は15億ドル(約2250億円/1ドル150円換算)を支払う和解に応じました。米国の著作権紛争として過去最大級とされます。

争点は、海賊版サイトから集めた書籍でAIを学習させた点でした。アルサップ判事は「正規に入手した本での学習はフェアユース(公正な利用)だが、海賊版はダメ」と線を引きました。対象は約50万冊、1冊あたり約3000ドルの計算です。

NYT対OpenAI:争点は「出力」と「手続き」

Anthropicの件が入手方法を問うたのに対し、NYTの訴訟はChatGPTの回答に記事がそのまま出てくることを問題にしています。

そして今回さらに、裁判での振る舞いそのものが争点に加わりました。ここが決定的な違いです。

著作権の中身で勝負がつく前に、「証拠を隠した」という手続きの問題で不利な認定を受ける可能性が出てきたからです。米国の法定損害賠償は1作品あたり最大15万ドル。NYTの記事は膨大な数にのぼるため、理論上の金額は天文学的になります。

日本への影響:他人事ではない理由

日本でも同じ構図の訴訟が進行中

この話、太平洋の向こうの出来事ではありません。

2025年8月、読売新聞・朝日新聞・日本経済新聞が相次いで、生成AI検索サービスのPerplexityを東京地裁に提訴しました。争点は似ています。「記事を無断で学習・再現されている」という主張です。

日本ではまだ確定判決が出ていません。だからこそ、先行する米国の判断が参考にされる可能性があります。NYTの申立てが認められれば、「AI企業は証拠を出し渋る」という前提で各国の裁判所が構えるようになるかもしれません

日本のChatGPTユーザーにとっての意味

もうひとつ、身近な話をします。

ある会社員が、業務の相談をChatGPTに打ち込んだとします。読み終わって「履歴を削除」をタップする。消えた、と思いますよね。

しかし保全命令の下では、その会話は裁判のために保存され続けていた可能性があります。日本の一般ユーザーも、対象プランを使っていれば例外ではありません。

EnterpriseやEdu、ZDR契約なら対象外とされていますが、逆に言えば個人利用の会話は「訴訟の証拠になりうるもの」として扱われたということです。仕事の機密や個人的な悩みを打ち込む前に、一度立ち止まる価値はあります。

コンテンツを作る側への波及

日本のメディア企業や個人ブロガーにとっても、この裁判の行方は無関係ではありません。

もし「AIの回答に記事が丸写しで出ること」が明確に侵害と認定されれば、AI企業は正規のライセンス契約を結んでコンテンツを買う方向に動きます。実際、その流れはすでに始まっています。記事を書く人にとっては、新しい収入源が生まれる可能性がある、ということです。

よくある質問(FAQ)

Q1. OpenAIの「証拠隠し」は事実として確定したのですか?

いいえ。これはあくまでNYT側の主張であり、裁判所が認定したわけではありません。OpenAIは「明白に虚偽」と全面否定しています。今後、裁判官が制裁を認めるかどうかを判断します。

Q2. 私が削除したChatGPTの会話は、いま誰かに読まれているのですか?

いいえ。保存されていたとしても、誰でも自由に閲覧できる状態ではありません。裁判所の管理下で、匿名化やサンプリングを経て限定的に扱われる仕組みです。とはいえ「完全に消えている」とは言い切れないため、機密情報の入力は避けるのが安全です。

Q3. 制裁が認められたら、OpenAIは裁判に負けるのですか?

直ちに敗訴が決まるわけではありません。ただし、NYTが求める「侵害があったことを事実として認定する」制裁が通れば、OpenAIは非常に不利な立場から本番の審理に臨むことになります。

Q4. Anthropicのように和解する可能性はありますか?

可能性はあります。専門家の間では、判決リスクを避けるためにAI各社が和解に動く展開も想定されています。ただしNYTは金銭だけでなく「AIの回答から自社記事を排除すること」も求めているとされ、金額だけで決着するかは不透明です。

Q5. 日本の裁判にも同じ判断が適用されますか?

いいえ。米国の判決が日本の裁判所を直接拘束することはありません。ただし、日本の著作権法にはAI学習を広く認める第30条の4という規定があり、そのうえで「利益を不当に害する場合」は除外されます。米国での事実認定は、この解釈をめぐる議論に影響を与える可能性があります。

まとめ

  • NYTとデイリー・ニュースが2026年7月9日、OpenAIへの制裁を申し立てました
  • 「調べられない」と法廷で説明しながら、社内では約7800万件の会話DBで侵害を自己点検していたとされます
  • 丸写しを検知・記録する「Project Giraffe」の存在、数十億件の出力削除、黒塗りだらけのサンプル提出も争点です
  • OpenAIは「明白に虚偽」と全面否定し、ユーザーのプライバシー侵害だと反論しています
  • 日本でも読売・朝日・日経がPerplexityを提訴中。学習データの透明性は世界共通の課題です

まずは、あなたが普段ChatGPTに何を打ち込んでいるかを一度見直してみてください。「消したから大丈夫」が通用しない場面があると知るだけで、AIとの付き合い方は少し変わるはずです。

参考文献

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