- MITが生成AIで新素材の「合成レシピ」を自動生成するDiffSynを開発
- 50年分・2万3000件の合成データを学習。1分で1000通りのレシピを提案
- 難易度が高いゼオライト合成にAIレシピで成功。触媒応用に有望な結果
- 従来の「1対1予測」から「1対多予測」へのパラダイムシフト
- Nature Computational Science掲載。材料科学の研究スピードが劇的に加速
新素材の開発には、膨大な試行錯誤が必要です。
「この物質を作りたい」とわかっていても、「どうやって合成するか」は研究者の経験と勘に頼るのが現実でした。
MITの研究チームは、この「合成レシピ」を生成AIが自動で提案するシステム「DiffSyn」を開発し、Nature Computational Science誌に発表しました。
50年分の論文データから学習したAIが、1分間で1000通りの合成方法を提案。
しかも、実際にそのレシピで新素材の合成に成功したのです。
新素材開発の「ボトルネック」とは?
材料科学の世界には、大きなボトルネックがあります。AIや計算シミュレーションで「こんな構造の物質があれば便利」と予測できても、実際に作る方法がわからないということです。
たとえるなら、料理の世界に例えましょう。
AIが「この味の組み合わせが最高においしい」とレシピの完成形を教えてくれても、「材料をどの順番で、何度で、何分加熱すればいいか」がわからなければ料理は作れません。
材料科学でも同じことが起きていたのです。
新素材の合成には温度、圧力、時間、原料の配合比、添加する化学物質など、無数のパラメータが関わります。研究者はこれらの条件を少しずつ変えながら実験を繰り返すため、1つの新素材の合成法を見つけるのに数ヶ月から数年かかることも珍しくありません。
DiffSynとは?画像生成AIの技術で「合成レシピ」を生み出す
MITが開発したDiffSynは、この問題を生成AIで解決するシステムです。名前の由来は「Diffusion(拡散)+ Synthesis(合成)」。
技術的には、DALL-Eなどの画像生成AIと同じ「拡散モデル」を使っています。
画像生成AIは「ノイズ(ランダムな点の集まり)」から少しずつノイズを取り除いて美しい画像を作りますよね。
DiffSynも同様に、ノイズから少しずつ「意味のある合成レシピ」を生成していきます。
ただし、画像を生成するのではなく、「温度は180度、時間は24時間、原料Aを0.5g…」といった合成条件の組み合わせを生成するのがDiffSynの特徴です。
50年分の論文データ|2万3000件の合成レシピで学習
DiffSynの強みは、その学習データの豊富さにあります。
- 50年分の科学論文から収集した合成データ
- 2万3000件以上の合成レシピを学習
- 各レシピには原料、温度、時間、手順などの詳細情報が含まれる
人間の研究者が50年分の論文をすべて読むのは不可能です。
しかしAIなら、半世紀分の人類の知識を数時間で吸収できます。
DiffSynはいわば「50年分の材料科学の経験を持つ超ベテラン研究者」のような存在です。
「1対多」のパラダイムシフト|1つの素材に複数の合成ルート
DiffSynの最も革新的な点は、「1つの素材構造に対して、複数の合成ルートを提案できる」ことです。
従来のAIモデルは「この構造を作るにはこの方法」という1対1のマッピングでした。
しかし実際には、同じ素材でも作り方は複数あります。
たとえるなら、「東京から大阪に行く方法」は新幹線だけでなく、飛行機や車やバスもありますよね。
DiffSynは1対多のマッピングを実現。
1つの目標素材に対して、1分間で1000通りもの合成レシピを提案できます。
研究者はその中から最も実現しやすい方法を選べるため、実験の成功確率が格段に上がります。
研究チームはこれを「材料合成のパラダイムシフト」と呼んでいます。
実証実験|AIレシピでゼオライト合成に成功
DiffSynは机上の空論ではありません。実際にAIが提案したレシピで新素材の合成に成功しています。
研究チームがターゲットにしたのは「ゼオライト」という物質です。ゼオライトは微細な穴(細孔)を持つ結晶構造の物質で、以下のような幅広い用途があります。
- 触媒 — 石油の精製や化学反応の促進
- 吸着材 — 水質浄化や有害物質の除去
- イオン交換 — 洗剤や水の軟化処理
しかしゼオライトの合成は非常に難しいことで知られています。構造のバリエーションが250種類以上あり、それぞれ異なる合成条件が必要だからです。
DiffSynが提案した合成レシピで実験したところ、新しいゼオライト材料の合成に成功。さらに、できた材料は触媒としての応用に有望な形態(モルフォロジー)を持っていることが確認されました。
他のAI素材発見ツールとの比較|DeepMindのGNoMEとの違い
AI×材料科学の分野では、Google DeepMindの「GNoME(Graph Networks for Materials Exploration)」も有名です。GNoMEは2023年に220万種類の安定した結晶構造を予測したことで世界を驚かせました。
しかし、GNoMEと DiffSynでは役割が異なります。
- GNoME — 「どんな素材が存在しうるか」を予測(素材の発見)
- DiffSyn — 「その素材をどうやって作るか」を提案(素材の合成)
たとえるなら、GNoMEが「ここに金鉱がある」と見つける探検家なら、DiffSynは「その金をどうやって掘り出すか」を教える採掘エンジニアです。両者は競合ではなく補完関係にあり、GNoMEで見つけた素材をDiffSynで合成する、という流れが理想的です。
日本の材料科学への影響|素材大国が受けるインパクト
日本は世界トップクラスの素材大国です。AGC(旧旭硝子)、東レ、信越化学工業など、世界シェアの高い素材メーカーが多数あります。
DiffSynのような技術が普及すれば、日本の素材メーカーにとって大きなチャンスです。これまで熟練研究者の経験に頼っていた合成ノウハウを、AIで体系化・高速化できるからです。
一方で、米国や中国の研究機関がAIを駆使して素材開発を加速している中、AIツールの導入が遅れれば競争力を失うリスクもあります。NIMS(物質・材料研究機構)など日本の研究機関も材料インフォマティクスに取り組んでいますが、DiffSynのような生成AIの活用はまだ発展途上です。
よくある質問(FAQ)
Q. DiffSynはゼオライト以外の素材にも使えますか?
現在はゼオライトに特化していますが、拡散モデルの仕組み自体は汎用的です。異なる素材の合成データで再学習させれば、セラミックス、合金、ポリマーなど他の分野にも応用できる可能性があります。
Q. AIのレシピはどれくらい正確ですか?
DiffSynはゼオライト合成経路の予測において最先端の精度を達成しています。
ただし、すべてのレシピが必ず成功するわけではなく、研究者による実験検証は依然として必要です。
AIは「有望な候補を絞り込む」役割を果たします。
Q. 一般の研究者でも使えますか?
はい。
研究チームはGitHubでソースコードを公開しています(eltonpan/zeosyn_gen)。
Pythonの知識があれば、自分の研究データに適用することが可能です。
Q. この技術で新素材開発はどれくらい速くなりますか?
DiffSynは1分で1000通りのレシピを提案できるため、「どの条件で実験するか」を決めるフェーズが劇的に短縮されます。従来は数ヶ月かかっていた候補絞り込みが、数時間〜数日で完了する可能性があります。
まとめ
この記事のポイントを振り返りましょう。
- MITが生成AI「DiffSyn」を開発。Nature Computational Scienceに掲載
- 50年分・2万3000件の合成データを学習した拡散モデル
- 1つの素材に対し、1分で1000通りの合成レシピを自動生成
- AIレシピで実際にゼオライトの新素材合成に成功
- 「1対1予測」から「1対多予測」へのパラダイムシフト
- DeepMindのGNoME(素材発見)と補完関係。発見→合成のAIパイプラインが実現へ
「作りたい素材はわかっているのに、作り方がわからない」。
材料科学の長年の課題を、生成AIが解決し始めています。
DiffSynのコードはGitHubで公開されているので、材料科学に関わる方はぜひチェックしてみてください。
参考文献
- MIT News. (2026, 2月). How generative AI can help scientists synthesize complex materials. MIT News
- Pan, E. et al. (2026). DiffSyn: a generative diffusion approach to materials synthesis planning. Nature Computational Science. Nature
- Phys.org. (2026). Using generative AI to help scientists synthesize complex materials. Phys.org
- BigDATAwire. (2026). From Prediction to Production: MIT’s AI System Helps Synthesize New Materials. BigDATAwire
- GitHub. DiffSyn Source Code. GitHub


