メルカリ1000人にClaude Code|統制の5設定

伊東雄歩
監修者 伊東 雄歩

株式会社ウォーカー CEO。東北大学卒。MENSA会員、JDLA認定講師、健全AI教育協会理事。生成AI×教育・学習科学を専門とし、2億円超のシステム開発プロジェクトを統括。

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  • メルカリが2026年5月に始めたClaude Code全社展開の中身
  • エンジニアと非エンジニアで設定を変える「二層MDM」という発想
  • 会社が必ず入れておきたい5つの安全設定
  • シャドーAIが企業に与える損害額と最新の調査データ
  • 10人・100人・1000人、規模別の配り方3パターン

社員が会社に黙ってAIを使っている。でも禁止すると仕事が遅くなる。この板挟みで止まっている会社は少なくありません。メルカリはその答えを実名で公開しました。1000人規模にAIを配りながら、危ない操作だけをピンポイントで止める仕組みです。

メルカリが1000人規模にClaude Codeを配り始めた

2026年8月、@ITがメルカリの取り組みを詳しく報じました。テーマはAIコーディングツールの全社展開です。

メルカリは2026年5月から、Anthropic(アンソロピック/Claudeを作っているAI企業)の「Claude Code」と「Claude Cowork」を社内に本格展開しました。

Claude Codeは、ターミナル(黒い画面にコマンドを打つ開発ツール)の中でAIが実際にコードを書いたりファイルを直したりしてくれるサービスです。指示を出すと、AIが自分でファイルを開き、書き換え、テストまで走らせます。

対象はエンジニアだけで1000人以上。実際の配布は数百人規模から段階的に進んだと報じられています。

急に始まった話ではありません。同社は2025年5月に「AI-Native Company(AIを前提にした会社)」構想を掲げており、その1年後に道具を全員の手元へ届ける段階に進みました。

非エンジニアで月10〜15時間の削減

面白いのは、効果が大きかったのがエンジニアだけではないという点です。

非エンジニア社員でも、月平均10〜15時間の作業削減が報告されています

広報担当者の1日を想像してみてください。1時間の会議録音を聞き直し、議事録に整え、要点を3行にまとめ、関係部署向けに書き直す。ここだけで半日が消えます。

この作業をClaude Codeに渡すと、文字起こしファイルを読み込んで議事録に整え、要約まで一気に作ります。担当者の仕事は「AIの下書きを直す」に変わります。

社内では他にも、レポートの下書き、複数ファイルの要約、エラーメッセージの分析などに使われています。

なぜ「シャドーAI」がここまで問題視されるのか

ここで出てくるのがシャドーAIという言葉です。会社が許可していないAIツールを、社員が勝手に業務で使ってしまう状態を指します。

数字を見ると、これは一部の不真面目な社員の話ではありません。

  • Gartnerの調査では、従業員の57%が個人向けAIで業務を行い、33%が機密情報を入力していた
  • JumpCloudの調査では、世界の労働人口の81%が未承認AIツールを業務で使った経験があると回答
  • 一方で、公式なAIセキュリティポリシーを整備している企業はわずか18%
  • 日本では企業の約7割が、従業員の無断利用リスクに直面していると答えている

つまり、多くの会社では「使うな」というルールだけが宙に浮いています。

被害額も具体的に出ています。IBMの2025年のレポートによると、シャドーAIの利用が多い組織は、少ない組織に比べて平均で約67万ドル(およそ1億円)の追加コストを負担していました。全侵害のうち20%がシャドーAIに起因するとも指摘されています。

日本でもIPA(情報処理推進機構)の「情報セキュリティ10大脅威 2026」に、AI利用をめぐるサイバーリスクが初めて選ばれ、いきなり3位に入りました。

禁止しても、こっそり使われるだけ

ここが担当者の悩みどころです。全面禁止にすれば、社員は個人アカウントで使い始めます。会社からは何も見えなくなります。

メルカリが選んだのは、どちらでもない 第3の道でした。会社が公式に配る。ただし、危ない操作だけをあらかじめ封じておくという設計です。

答えは「二層MDM」──人によって設定を変える

メルカリの仕組みの中心にあるのがMDM(Mobile Device Management/会社が社員のPCを一括管理する仕組み)です。

Mac向けにはJamf、認証にはOkta(社員IDを一元管理するサービス)を連携させています。誰が、どの端末で、何を使っているかを会社側が把握できる状態を先に作ったわけです。

ここに独自の工夫が入ります。同社はMDMを使って、社員の属性ごとに違う設定ファイルを配りました。人事システムからMDMに連携済みの「エンジニアかどうか」という情報を利用します。

  • エンジニア向け:安全性は保ちつつ、自分でカスタマイズできる余地を残した設定
  • 非エンジニア向け:実現できる範囲でもっとも厳しい、あらかじめ固めた設定

コードを毎日書く人と、議事録をまとめたい人では、必要な自由度がまったく違います。全員に同じ枷をはめると、エンジニアの生産性が落ちます。かといって全員を自由にすると、事故の確率が上がります。

安全に配るための具体的な仕組み

やってはいけない操作を先に潰す5つの設定

メルカリが2026年4月の「Claude Code Meetup Japan #4」で公開した資料には、実際の設定が並んでいます。要点は次の5つです。

  • bypassモードの禁止:AIの確認をすべて飛ばして自動実行するモードを使わせない。人間の承認を必ず挟みます
  • 危険なコマンドは都度確認:curl(外部と通信するコマンド)などは、実行前に必ず人に聞くようにします
  • 環境変数の読み込みとsudoの禁止:APIキーやパスワードが入った設定ファイルをAIに読ませない。管理者権限での実行も止めます
  • Sandboxによる制限:作業フォルダの外を触らせない。ネットワーク接続も制限します
  • セキュリティポリシーの埋め込み:守ってほしいルールをシステムプロンプト(AIへの土台となる指示文)に最初から書いておきます

深夜にひとりで作業しているエンジニアが、AIに「このログを整理して」と頼んだとします。AIが気を利かせて外部サービスにログを送ろうとしても、Sandboxとコマンド確認が二重に止めます。

お金の流れも一本にまとめる

統制はセキュリティだけの話ではありません。コストが見えないAI利用は、それ自体がリスクです。

メルカリはLiteLLM(複数のAIモデルへの窓口を1つにまとめるツール)を導入しました。1つのAPIエンドポイントから複数のモデルにアクセスさせ、誰がどれだけ使ったかを一元管理します。

さらにGoogle CloudのVertex AI経由でClaudeとGeminiの利用料を集約し、FinOps(クラウド費用を継続的に最適化する取り組み)として予算管理まで組み込んでいます。

他のAIコーディングツールと比べてどう違う?

AIコーディングツールは他にもあります。代表的なのはGitHub Copilot、Cursor、そしてClaude Codeです。

GitHub Copilotはエディタ上でコードの続きを提案するタイプで、導入のハードルがもっとも低いと言えます。Cursorはエディタごと置き換え、AIと会話しながらプロジェクト全体を書き換えます。

Claude Codeはターミナル側で動き、ファイル操作やコマンド実行まで自分でこなします。だからこそ強力で、だからこそ制限をかける設計が欠かせません

比較の軸を整理すると、こうなります。

  • 提案の範囲:Copilotは補完中心、Cursorはファイル横断、Claude Codeはコマンド実行まで踏み込む
  • 統制のしやすさ:Claude Codeは設定ファイルをMDMで強制配布でき、SSOやロール別権限、監査ログにも対応
  • 非エンジニアへの展開:CopilotとCursorは開発者向け色が強く、Claude Codeは文書作業にも転用しやすい

市場も動いています。Claude Codeの法人契約は2026年第1四半期に4倍へ増え、企業利用が売上の半分以上を占めるようになったと報じられています。

日本企業にとって、この事例が意味すること

日本の生成AI活用率には、はっきりした差があります。大企業が46.5%なのに対し、中小企業は32.4%にとどまります。

その差を生んでいるのは、技術力よりも「安全に配る仕組みを作れるかどうか」です。ガイドラインを書くだけでは現場は動きません。

メルカリの事例が価値を持つのは、手順とテンプレートが公開されている点にあります。規模別に、現実的な選択肢が示されています。

  • 〜10名:GitHubリポジトリにsettings.jsonを置き、手動で共有する
  • 10〜100名:curlコマンドで設定を取得して配置するワンライナーを配る
  • 100名〜:Jamf ProやMicrosoft Intuneで、属性別グループごとにプロファイルを強制配布する

社員10人のWeb制作会社を考えてみます。MDMを買う予算はありません。それでも、共有リポジトリに設定ファイルを1つ置き、全員に同じものをコピーさせるだけで、危険な操作の大半は塞げます。

適切なツールを入れた企業では、開発工数を30〜50%削減できた事例も報告されています。

よくある質問(FAQ)

Q1. MDMがない会社でも真似できますか?

できます。100人未満なら、設定ファイルをGitHubで共有する方法や、コマンド1行で設定を配置するスクリプトで代替できます。強制力は落ちますが、まず「全員が同じ設定から始める」だけでも事故率は下がります。

Q2. 非エンジニアにAIコーディングツールを渡す意味はありますか?

あります。メルカリでは非エンジニア社員で月10〜15時間の削減が報告されています。議事録の整形、複数ファイルの要約、レポートの下書きなど、コードを書かない業務でも効果が出ています。初回1〜2時間の研修で基本操作は身につくとされています。

Q3. 一番先にやるべき設定はどれですか?

bypassモードの禁止です。確認を全部飛ばすモードを許すと、他の設定の意味が薄れます。次に環境変数ファイルの読み込み禁止を入れると、APIキーやパスワードの流出リスクを大きく下げられます。

Q4. シャドーAIは禁止すればなくなりますか?

なくなりません。調査では8割前後の従業員が未承認AIを使った経験を持ちます。禁止だけでは個人アカウントに移るだけで、会社からは見えなくなります。公式に配って可視化するほうが、結果的に安全だと考えられています。

まとめ

  • メルカリは2026年5月から、エンジニア1000人以上を含む規模でClaude Codeの全社展開を開始した
  • 非エンジニア社員でも月平均10〜15時間の作業削減が報告されている
  • 鍵になったのは、エンジニアと非エンジニアで設定を変える「二層MDM」という配り方
  • bypassモード禁止、危険コマンドの都度確認、環境変数とsudoの禁止、Sandbox制限、ポリシーの埋め込みが柱
  • LiteLLMとVertex AIで利用経路と費用を一本化し、統制とコスト管理を同時に成立させている
  • シャドーAIは全侵害の20%に関与し、平均で約1億円の追加コストにつながるとされる

まずは自社で「bypassモード禁止」と「環境変数の読み込み禁止」を書いた設定ファイルを1つ作り、チーム全員に共有するところから始めてみてください。

参考文献