- 大手監査法人KPMGが、AIをテーマにしたレポートをAIの「幻覚」混入の疑いで撤回しました
- 45件の出典のうち、正しかったのはわずか5件。40件は捏造や改変だったと指摘されています
- UBSやイギリスの国民保健サービスなど、名前を挙げられた企業が「事実と違う」と反論しました
- 同じ失敗はEYやデロイトでも起きており、コンサル業界全体の課題になっています
- 日本企業がAIを業務に使うとき、何に気をつければいいのかがよくわかります
AIに詳しいはずの会社が、AIのせいで大失敗する。そんな皮肉な出来事が起きました。世界4大監査法人のひとつKPMGが、自社のレポートをこっそり取り下げたのです。理由は、AIが作り出した「ウソの情報」が混ざっていた疑い。この記事を読むと、何が起きたのか、そしてあなたの会社がAIを使うとき何に注意すべきかがわかります。
KPMGが撤回したレポートとは?
まず、撤回されたレポートを見てみます。
タイトルは「Redefining excellence in the age of agentic AI(自律型AI時代に卓越性を再定義する)」です。2025年10月に公開されました。
「agentic AI(エージェント型AI)」とは、人間が細かく指示しなくても、自分で考えて作業を進めるAIのことです。今いちばん注目されている分野です。
KPMGは、このAIをテーマにした立派なレポートを発表しました。ところが、その中身が問題だらけだったのです。
2026年6月12日ごろ、複数のメディアがこの問題を報じました。KPMGはレポートを自社サイトから削除し、現在も独自の調査を続けています。
「幻覚」って何が起きたの?
ここで出てくる「幻覚(ハルシネーション)」という言葉を説明します。
ハルシネーションとは、AIがもっともらしいウソを、自信たっぷりに作り出してしまう現象です。実際には存在しない論文や、言ってもいない発言を、まるで本当のように書いてしまいます。
今回のレポートでは、このウソが「出典(参考にした資料)」の部分に大量に混ざっていました。
AIについてのレポートを、そのAIに書かせて、AIが失敗した。とても皮肉な話です。
調査でわかった衝撃の数字
この問題を最初に見つけたのは、GPTZeroという研究グループです。GPTZeroは、文章がAIで書かれたかどうかを見分けるツールを作っている会社です。
GPTZeroがレポートの出典を1件ずつ手作業で調べた結果、おどろくべき数字が出てきました。
45件あった出典のうち、正しかったのはたった5件だけ。残りはこうでした。
- 28件は、タイトルが言い換えられていたり、一部が作り話だったり
- 12件は、あいまいすぎて確認すらできない
- つまり、45件中40件のタイトルが偽物か大きく改変されていた
GPTZeroのチェックツールでは、89%の出典に問題ありと判定されました。9割がアウトという計算です。
具体的にどんなウソだった?
作り話の中身も、なかなかすごいものでした。
ある出典では、エージェント型AIの事例を示すために2019年のプレスリリースが引用されていました。でも、エージェント型AIが世に出たのはずっと後のこと。2019年に存在するはずがありません。
別の出典では、ある電力会社(Verbund)の話とされていましたが、元の資料はまったく別のスタートアップ企業の資金調達の話でした。
会社の名前も、内容も、入れ替わってしまっていたのです。
名前を出された企業が「事実と違う」と反論
問題はそれだけではありませんでした。
レポートには「この会社はAIをこう使っている」という事例がいくつも書かれていました。ところが、名前を挙げられた企業が次々と反論したのです。
イギリスの経済紙フィナンシャル・タイムズに対して、こう答えた企業があります。
- UBS(スイスの大手銀行)
- NHS(イギリスの国民保健サービス)
- スイス連邦鉄道
- ロンドン交通局
これらの組織はそろって「レポートに書かれた自社のAI利用の話は、事実と違うか、誤解を招くものだ」と指摘しました。
勝手に名前を使われ、しかも間違った内容を書かれたわけです。これは企業にとって大問題です。
KPMGだけじゃない——相次ぐ「AI失敗」
実は、こうした失敗はKPMGだけの問題ではありません。世界の大手コンサル会社で似た事件が続いています。
EY(アーンスト・アンド・ヤング)も、2026年5月にサイバーセキュリティの調査レポートを撤回しました。27件の出典のうち、16件が捏造だったとされています。
さらに深刻なのがデロイトのケースです。
デロイトは政府に返金まで
デロイトのオーストラリア法人は、2025年、オーストラリア政府に納めたレポートで問題を起こしました。
政府の福祉システムを監査するレポートだったのですが、中身に実在しない裁判の引用や、存在しない研究論文が混ざっていたのです。
このレポートの契約金は44万オーストラリアドル(約4,300万円)。デロイトはその一部を政府に返金することになりました。
後から公開された修正版には、「Azure OpenAIという生成AIを使った」という告白がこっそり追加されていました。
つまり、「AIガバナンス(AIを正しく使う仕組み)」を企業に売っている当の大手企業が、自分たちはAIの管理に失敗していた。そんな構図が浮かび上がっています。
なぜプロでも見抜けなかったのか
「専門家が読めば、ウソの出典なんてすぐ気づくのでは?」と思ったことはありませんか。
でも、ここに落とし穴があります。
ハルシネーションが作るウソは、見た目がとても本物らしいのです。著者名も、年号も、それっぽく並んでいます。パッと見ただけでは、本物と区別がつきません。
ある中小企業の担当者を想像してみてください。上司に頼まれた資料を、AIに下書きさせます。AIは数秒で立派な文章と、それらしい出典リストを出してきます。
忙しい中で、その出典を1件ずつ元の資料まで戻って確認する人は、どれだけいるでしょうか。
KPMGほどの大企業でさえチェックをすり抜けたのです。ふつうの会社なら、なおさら危険だとわかります。
日本企業への影響と教訓
この出来事は、海外だけの話ではありません。日本の会社にも深く関わります。
PwC Japanの「生成AIに関する実態調査2026」によると、日本企業の生成AI活用は急速に広がっています。提案書、調査レポート、社内資料。さまざまな場面でAIが使われ始めています。
便利な一方で、リスクも同じように広がります。もしAIが作ったウソを、確認せずに顧客に渡したらどうなるでしょう。
- 顧客に間違った情報で損害を与える
- 会社の信用が一瞬で崩れる
- 場合によっては返金や賠償につながる
だからこそ、AIを使うときは「人間による最終チェック」が欠かせません。
KPMGの広報担当者も「全スタッフが、人間の監視を含む責任あるAI利用のガイドラインに従うよう求めている」とコメントしています。ルールはあったのに、現場で守られなかったわけです。
大切なのは、AIに任せきりにしないこと。出してきた数字や出典は、必ず人の目で元の資料まで確認する。この一手間が、会社を守ります。
よくある質問(FAQ)
Q1. ハルシネーションは完全になくせないのですか?
今の技術では、ゼロにするのは難しいとされています。AIは「正しい答え」より「それっぽい答え」を作るのが得意だからです。だからこそ、人間のチェックが前提になります。
Q2. なぜAIで書いたことを隠していたのですか?
多くのケースで、AI利用は最初は公表されていませんでした。デロイトのように、問題が発覚した後の修正版で初めて告白する例もあります。AI利用を最初から開示する透明性が、いま求められています。
Q3. 出典がウソかどうか、素人でも見分けられますか?
完全に見抜くのは難しいですが、対策はあります。気になる出典は実際に検索してみる、リンクをたどって元の資料を開く。この基本動作だけで、多くのウソに気づけます。
Q4. 自分の会社でAIを使うとき、最低限すべきことは?
3つあります。①AIが出した事実・数字は人が確認する、②AIを使ったと社内で記録する、③外部に出す資料はとくに念入りにチェックする。この3点を習慣にするだけで、大きな失敗を防げます。
Q5. GPTZeroのようなチェックツールは日本でも使えますか?
GPTZeroは英語向けのツールですが、誰でもアクセスできます。日本語の文章をチェックする国内サービスも増えています。ただし、ツールはあくまで補助。最後は人が判断します。
まとめ
今回の出来事を振り返ります。
- KPMGがAIテーマのレポートを、AIの幻覚混入の疑いで撤回した
- 45件の出典のうち、正しかったのはわずか5件だった
- UBSやNHSなど、名前を出された企業が「事実と違う」と反論した
- EYやデロイトでも同様の失敗が起き、業界全体の課題になっている
- AIを使うなら、人間による最終チェックが必須になる
AIは強力な道具ですが、ウソをつくこともある道具です。あなたの会社でAIを使うときは、出してきた情報を必ず自分の目で確かめる習慣をつけましょう。それが、この事件からの一番の教訓です。
参考文献
- KPMG pulls report on AI usage due to apparent hallucinations – TechCrunch
- Chasing the Hallucinations: KPMG’s AI-Powered Attempt at “Redefining Excellence” – GPTZero
- KPMG’s AI report becomes an accidental demo of AI hallucinations – The Register
- Deloitte to refund Australian government after AI hallucinations found in report – Fast Company
- 生成AIに関する実態調査2026 春 – PwC Japan

