- 韓国政府が全国民に無料でAIを配る「AI for All」の運営3陣営を2026年8月28日に決定しました
- 選ばれたのはSKテレコム・KT・カカオが率いる3陣営で、6陣営の競争を勝ち抜きました
- 政府はNVIDIAの最新GPU「B200」を512基提供し、2026年のAI予算は約10兆ウォン(約1.1兆円)に膨らんでいます
- 使えるのは病院予約や税務相談まで含む生活密着型のAIエージェントで、料金もトークン上限もありません
- 日本は公務員向けの「源内」が中心で、国民全員への無料配布という発想はまだありません
もし政府が「今日から全国民にAIを無料で配ります」と発表したら、あなたはどう感じますか。韓国では、それが実際に始まろうとしています。国が主導し、通信大手とIT企業が組んで、5100万人が使えるAIを年内に立ち上げる計画です。何が決まり、どこまで本気なのかを整理します。
韓国が「全国民に無料AI」を配る理由
韓国の科学技術情報通信部(日本の総務省と文部科学省を足したような役所)は、2026年8月28日、国家プロジェクト「AI for All」の運営事業者を発表しました。
選ばれたのは、SKテレコム・KT・カカオがそれぞれ率いる3つの陣営です。応募は6陣営あり、サービス計画と技術力の評価で半分が振り落とされました。
プロジェクト自体は2026年7月に始まったばかりです。政府が掲げる目標は「AI基本社会」。所得や年齢、デジタルへの慣れに関係なく、誰もがAIを使える状態を国が保証するという考え方です。
背景には焦りもあります。韓国では2026年初めの時点で、国民の約4分の1がすでに生成AIに月額課金していました。裏を返せば、残りの4分の3はお金を払える人だけがAIの恩恵を受ける状態に取り残されていたということです。
「AI主権」というもう一つの動機
お金の話だけではありません。ChatGPTやGeminiに頼りきると、国民の質問や行政データが海外企業のサーバーを通ることになります。
そこで韓国政府は、事業者に対してシステムの半分以上を国産の基盤モデルでまかなうことを条件にしました。米中のAIに依存しない体制、いわゆる「ソブリンAI(自国のインフラで動かすAI)」を国策として選んだわけです。
選ばれた3陣営とその中身
3陣営は、それぞれ別々のモデルと得意分野を持ち寄っています。1社独占ではなく、あえて競わせる設計です。
SKテレコム陣営:688B の国産最大モデル
主力は自社モデル「A.X K2」です。2026年7月29日に公開されたばかりで、総パラメータ6880億・1トークンあたりの実働330億というMoE構成(必要な部分だけを動かす省エネ設計)を採用しています。
韓国の政府支援プログラムから生まれたモデルとしては最大級で、しかも重み(AIの頭脳にあたるデータ)がApache 2.0ライセンスで公開されています。
陣営には検索AIのLiner、地図アプリのTmapモビリティ、シンハンカードやハナカードといった決済大手、医療予約のGoodocなどが並びます。
KT陣営:AI半導体とセットで攻める
KTは自社モデル「Mi:dm K Pro 2.5」を主力に据えます。特徴的なのはパートナーの顔ぶれです。
AI半導体を自社開発するRebellions、LLM開発のUpstage、教育放送のEBSなどが参加しています。半導体からコンテンツまで国産で固める構えです。
カカオ陣営:国民が毎日開くアプリが武器
カカオの強みは、韓国人のほぼ全員が使うメッセージアプリ「カカオトーク」です。新しいアプリを入れさせる必要がありません。
自社モデル「Kanana」に加え、LG AI研究院の「EXAONE」系モデルを組み合わせます。医療AIのLunitやソウル大学校病院、シンハン銀行、AI半導体のFuriosaAIも名を連ねています。
実際に何ができるようになるのか
「無料のチャットAI」と聞くと、ChatGPTの廉価版を想像するかもしれません。しかしAI for Allが狙っているのは、もっと生活に食い込んだ場所です。
提供されるのは、汎用チャットボットと、行政手続きに直結した公共AIエージェントの2階建てです。
共働きの親が、子どもの発熱に気づいた夜を想像してみてください。近所で明日の朝に空いている小児科を探し、予約を取り、必要な書類を確認する。この一連の作業を、AIに話しかけるだけで終わらせるのが公共エージェントの発想です。
報じられている用途には、病院の予約、住まい探し、税務相談、教育コンテンツの推薦などが含まれます。
個人だけではありません。小さな飲食店を営む人が、月末に「今年の税額はいくらになるか」「うちは補助金の対象になるか」を確認する場面。税理士に相談する前の一次判断を、無料のAIが引き受けます。
そして重要なのが、利用料もトークン(AIが処理する文字数の単位)の上限も設けない方針だという点です。「無料枠を使い切ったら課金」という一般的なAIサービスとは、ここが決定的に違います。
国が用意したお金とGPU
ここまでの規模を無料で回すには、当然お金がかかります。韓国政府の本気度は予算に表れています。
李在明(イ・ジェミョン)政権は、2026年のAI関連投資を約10.1兆ウォン(約1.1兆円)に設定しました。前年の3倍を超える額です。
内訳は、産業・生活・公共分野へのAI導入に約2.6兆ウォン、人材育成とインフラ整備に約7.5兆ウォンとされています。
計算資源も現物で配られます。3陣営には、NVIDIAの最新世代GPU「B200」が合計512基、2026年中に提供されます。さらに政府は、2027年末までに国のコンピューティングセンターへ2万基超のGPUを配備する計画を示しています。
運営費についても、2027年からは全国展開にかかる費用の一部を政府が負担します。つまり「立ち上げだけ支援して、あとは民間任せ」ではありません。
スケジュールは急ピッチです。2026年9月に政府と3陣営が契約を結び、ベータ版の検証期間を経て、年内に正式サービスを開始する予定です。
他国の「国民向けAI」と何が違うのか
国民にAIを配る試みは、韓国が初めてではありません。ただし中身はかなり違います。
先行例としてよく挙がるのがUAE(アラブ首長国連邦)です。2025年5月、OpenAIとの提携により、居住者にChatGPT Plus相当のアクセスを開放すると報じられました。ただしこの件は「全国的なアクセス提供」であって個人向け無料サブスクの確約ではない、との指摘も出ており、内容には幅があります。
UAE方式は、いわば米国製AIをまとめ買いして配るやり方です。速く始められる代わりに、頭脳そのものは海外に置かれたままになります。
対する韓国方式は、国産モデルを5割以上使うことを義務づけ、GPUまで政府が渡します。時間もお金もかかりますが、技術が国内に残ります。
中国は国家主導で基盤モデルを育てている点が似ていますが、無料の国民向け統合サービスというより、企業ごとの競争と規制で動いています。
この3つを並べると、韓国の位置づけがはっきりします。「配る」だけでなく「作る」まで国が抱える——これがAI for Allの特徴です。
日本市場への影響:源内とGENIACの現在地
では日本はどうでしょうか。「何もしていない」わけではありません。方向がまるで違うのです。
デジタル庁は、行政職員向けの生成AI基盤「源内(げんない)」を内製で開発しました。2026年3月には、そこで試用する国産LLM7件の選定結果を公表しています。
対象は39機関、約18万人の政府職員です。2026年4月には源内自体をOSS(誰でも中身を見て使えるソフトウェア)として公開すると発表しました。
基盤モデルの開発支援としては、経済産業省とNEDOによる「GENIAC」があります。2026年6月4日には第4期として16件が新規採択され、領域特化型のLLM開発が進んでいます。
整理すると、日本は「役所と企業に配る」段階、韓国は「国民全員に配る」段階ということになります。
この差は、数年後に効いてくる可能性があります。国民の大半が日常的にAIを使う国では、使い方のノウハウも、AIを前提とした新サービスも早く育ちます。日本語圏のユーザーとしては、韓国で何が起き、何が失敗するのかを観察できる立場にあるとも言えます。
一方で、日本の企業には商機もあります。韓国の3陣営が採用するモデルの多くはオープンな重みで公開されており、A.X K2のように日本語データを含んで学習したものもあります。国産モデルの選択肢が増えるという意味では、無関係な話ではありません。
よくある質問(FAQ)
Q1. 日本に住んでいても使えますか?
現時点では韓国国民・居住者向けの公共サービスとして設計されており、日本からの利用は想定されていません。ただしA.X K2のように重みが公開されているモデルは、誰でもダウンロードして試せます。
Q2. 本当に完全無料なのですか?
報道によれば、利用料もトークン上限も設けない方針とされています。財源は政府予算で、2027年からは全国展開の運営費も政府が一部負担します。ただし正式サービス開始は2026年末予定で、細かい条件はまだ確定していません。
Q3. なぜ1社ではなく3陣営なのですか?
1社に任せると、障害が起きたときに全国民が使えなくなります。加えて、複数の陣営を競わせることで品質を上げる狙いもあります。国産モデルを半分以上使う条件も、国内の開発企業を広く育てる意図と読めます。
Q4. ChatGPTやGeminiより性能は劣りませんか?
単純な総合力では、まだフロンティアモデルに届かない可能性があります。ただしA.X K2は14のベンチマークで前世代から平均32.2ポイント改善したと報告されており、韓国語の行政手続きなど用途を絞れば十分実用的という見方が現実的です。
Q5. 日本でも同じことが起きますか?
短期的には可能性は低いでしょう。日本のAI関連予算も1兆円規模ありますが、現在は行政内部の実証と基盤モデル開発の支援に重心があります。国民全員への無料配布には、別途の制度設計が必要です。
まとめ
- 韓国政府は2026年8月28日、全国民向け無料AI「AI for All」の運営としてSKテレコム・KT・カカオの3陣営を選定しました
- 3陣営はA.X K2(6880億パラメータ)、Mi:dm K Pro 2.5、Kanana/EXAONEなど国産モデルを主力に使います
- 政府はNVIDIA B200を512基提供し、2026年のAI予算は約10.1兆ウォン(約1.1兆円)と前年の3倍超です
- 提供内容は汎用チャットに加え、病院予約・税務相談・補助金判定などの公共AIエージェントです
- 2026年9月に契約、年内に正式サービス開始という急ピッチな計画です
- 日本は公務員向け「源内」とGENIACが中心で、国民全員への無料配布という発想はまだありません
まずはA.X K2など公開されている韓国の国産モデルを一度触ってみて、日本語がどこまで通じるかを自分の目で確かめてみてください。
参考文献
- 韓国政府が全国民に無料のAIサービスを提供する「AI for All」プロジェクト – GIGAZINE
- SKT, KT, Kakao consortiums selected for free AI service for public – The Korea Times
- SKT, KT, Kakao consortia selected for govt.-led AI service project – The Korea Herald
- SK Telecom Unveils A.X K2 – SK telecom newsroom
- ガバメントAI(源内)で用いる国産の大規模言語モデル(LLM)の選定結果 – デジタル庁
- GENIAC – 経済産業省