- 米バーモント州の薬局チェーンが2026年5月に導入したAI電話「Burt」で苦情が続出している
- 薬の名前が聞き取れない、誤った用量が発注される、準備完了の連絡が来ないといった実害が報告された
- キーパッド操作が廃止され「AIと話すか、薬をあきらめるか」の二択になった
- 医療情報がAIツールに使われるとプライバシーポリシーに書かれ、患者が薬局を移す動きも出ている
- 日本でもAI受付機の導入が全国で進んでおり、同じ落とし穴を避ける視点が要る
「効率化のためにAIを入れたら、前より不便になった」。そんな話が現実に起きています。米バーモント州の薬局チェーンで、処方薬の電話受付を任されたAIが混乱を招いています。何がどう失敗したのか、そして日本の薬局は同じ道をたどらないのか。順に見ていきます。
バーモント州の薬局で何が起きたのか
舞台は米国北東部のバーモント州です。地域密着型の薬局チェーンKinney Drugs(キニー・ドラッグス)が、処方薬の電話対応をAIに置き換えました。
Kinney Drugsは1903年創業の老舗です。ニューヨーク州北部とバーモント州に約97店舗を構えています。1984年からは100%従業員所有(ESOP)という、地域に根ざした経営を続けてきました。
そんな薬局が2026年5月、AI電話アシスタントの運用を始めます。ところが導入から2か月あまりで、患者の不満が噴き出しました。
地元の非営利報道機関VTDiggerが2026年7月29日に報じたところによると、症状は多岐にわたります。処方の遅れ、誤った情報、そしてプライバシーへの不安です。
問題を重くしているのは、導入前に患者への説明がほとんどなかった点です。ある日突然、電話の向こうが人からAIに変わっていた。利用者たちはそう証言しています。
AIアシスタント「Burt」とは何者か
創業者の名前を借りたAI
このAIには「Burt(バート)」という名前がついています。1903年に薬局を興した創業者バート・キニー氏にちなんだ命名です。
開発したのはKinney Drugs自身ではありません。テキサス州の薬局向けテック企業Synerio(シネリオ)が提供しています。
Synerioは薬局テクノロジーの分野で40年ほどの実績を持つとされる会社です。ベンチャーキャピタルからの大型調達歴はなく、推定年商は300万ドル(約4.5億円)規模と伝えられています。
Burtが担当する仕事
Burtの役割は、電話での処方薬の再処方(リフィル)受付と、患者からの問い合わせ対応です。
薬局の電話は鳴りやみません。薬剤師は調剤をしながら電話にも出る必要があります。その負担を減らそうというのが導入のねらいでした。
ねらい自体は理にかなっています。問題は、その仕事がどれだけ「間違えてはいけない仕事」だったかという点にありました。
患者が語るトラブルの中身
聞き取れない声と、毎日鳴る電話
ある利用者は、ほぼ毎日のように電話が鳴ると訴えます。しかも聞こえてくるのは、意味の取れないつぶやきのような音声だったといいます。
キャシー・キャラハンさんはこう語りました。「しょっちゅう電話してくるのに、何の薬なのかを言わないんです」。
薬名が伝わらないまま話が進むため、頼んでいない薬の再処方がたまっていったといいます。
「話すか、薬をあきらめるか」
もうひとつ大きかったのが、プッシュホンのキーパッド入力が使えなくなったことです。
麻酔科医として医療現場で働いた経験を持つマリア・アヴェニさんは、率直に表現しています。「Burtは自分に話しかけることを要求してくるんです」。
「番号を押して用件を伝える選択肢がない。つまりBurtと話すか、薬をもらえないかのどちらかです」
自動音声にうまく話せない人はどうなるのでしょうか。耳が遠い高齢者、方言の強い人、体調が悪くて声が出にくい人。薬局の利用者には、まさにそうした人が多く含まれます。
実害としての誤った用量
報道によれば、システムは長年の顧客アカウントを見つけられないことがありました。誤った用量の薬が発注された例も報告されています。
受け取り準備が整ったのに、患者への通知が届かなかったケースもありました。
デイブ・ベリーニさんの評価は手厳しいものです。「顧客にとって何の価値も、何の利点もありません」。
マット・ペニーさんも「以前より複雑で面倒になった」と話しています。
さらに気になるのが、Kinney Drugs自身の利用規約の文言です。そこには「Burtは正確・完全・最新ではない可能性があり、誤解を招いたり、誤りや欠落を含むことがある」と書かれています。薬を扱う窓口の但し書きとしては、なかなか重い一文です。
見過ごせないプライバシーの問題
「AIツールに使われる」と書かれた条項
患者の不安をさらに強めたのが、プライバシーポリシーの改定でした。
AI導入と同じ月に公開されたその文書には、患者の保護対象医療情報が、業務改善のためにAIツールで利用される場合があるという趣旨の記述が含まれていました。
これを読んだトゥアン・グリーンさんは、処方箋を別の薬局へ移しました。スティーブン・マッカーサーさんは「プライバシーはほぼ吹き飛んだ」と表現しています。
専門家の見方
バーモント大学で計算機科学を教えるジョセフ・ニア准教授は、データに触れる業者が増えるほどリスクが積み上がると指摘します。
ヴァンダービルト大学医療センターのブラッドリー・マリン教授も同様です。「複数の組織とやり取りすると、それぞれの組織のセキュリティ問題を心配しなければならなくなります」。
米国では医療情報の扱いをHIPAA(医療保険の相互運用性と説明責任に関する法律)が定めています。外部業者に扱わせる場合はビジネスアソシエイト契約(BAA)が必要です。
ただしHIPAAは「使ってはいけない」とまでは言いません。オクラホマ大学のステイシー・トヴィーノ教授は、間違った情報を訂正する手続きが患者にとって煩雑だと語っています。
米自由人権協会(ACLU)のコーディ・ヴェンツキ上級スタッフ弁護士の言葉が、状況を端的に表しています。「技術が規制を追い越しています」。
州法はまだ間に合わない
バーモント州は2026年6月16日、包括的なプライバシー法S.71(データプライバシー・オンライン監視法)に知事が署名しました。全米で24番目の州法です。
ただし施行は2028年1月1日から。つまり、いま起きている混乱には間に合いません。
Kinney Drugsの担当者は取材に対し、一部の患者が不便を感じていることは承知しており、個別の懸念を確認していると回答しています。開発元のSynerioは、繰り返しの取材依頼に応じなかったと報じられました。
他社のAI薬局と何が違うのか
大手は「裏方」にAIを使う
薬局のAI活用そのものは、うまくいっている例もあります。
米CVS Healthは2026年、Newsweekの「AI Impact Award」を受賞しました。評価されたのは、処方箋の指示文をAIが解釈して表記を標準化する技術です。調剤の流れの内側に組み込み、飲み方の取り違えを防ぐ方向で使っています。
Walgreensも会話型AIで患者体験の再設計を進めています。
両者に共通するのは、AIを薬剤師の目が最後に入る「裏方」に置いている点です。患者との一次窓口をAIに丸投げしてはいません。
音声AIベンダーの評価軸
2026年時点で、処方薬の再処方を扱う音声AIサービスは何社も存在します。比較されるのは、だいたい次の4点です。
- 薬局管理システム(PMS)や電子カルテとどこまで連携できるか
- HIPAA準拠のBAAを標準プランで結べるか
- 本人確認の精度はどれくらいか
- 規制薬物や判断の難しい相談を、人間へ確実に引き継げるか
逆に言えば、この4点が弱いまま「医療対応可」をうたうサービスも少なくありません。今回の件は、その差がどう現れるかを示した実例と言えます。
ちなみに米国では、手作業に起因する調剤ミスが年間35億ドル(約5,200億円)規模のコストを生んでいるという推計があります。だからこそ自動化の圧力は強く、拙速な導入も起きやすいのです。
日本の薬局への影響
日本でもAI化は進んでいる
「アメリカの話でしょう」と思われたかもしれません。ところが日本の薬局でも、AI導入は着実に広がっています。
イオンリテールは2026年3月4日から、イオン薬局の全店舗にAI受付機を導入しました。処方箋の受付、お薬手帳の回収、受付票の発券、調剤完了の呼び出しまでを人を介さずに行います。
日本調剤も、AIによる無人受付機と遠隔服薬指導システムの展開を進めています。
薬局向けシステム大手のカケハシは2026年5月、音声薬歴生成機能を「Musubi」の標準機能として全ユーザーに展開しました。服薬指導の会話をAIが聞き取り、薬歴の記録用に要約するしくみです。
構造が違うから、まだ助かっている
ここが重要なところです。日本のAI導入は、いまのところ「受付」と「記録」の自動化が中心です。
店頭のタッチパネルなら、押し間違えても目の前で直せます。薬歴の要約なら、薬剤師が確認してから確定します。人間の目が最後に入る設計になっています。
今回のBurtは違いました。患者と一対一で電話し、その内容から再処方を進めてしまう。しかも訂正しにくい。ここが分かれ目です。
日本の個人情報保護法でも、病歴や調剤の記録は要配慮個人情報にあたります。外部のAIサービスに渡す場合は、取得や第三者提供の同意を丁寧に設計する必要があります。「業務改善のため」というひと言で済ませられる話ではありません。
利用者としてできること
月末に何十枚もの処方箋をさばく門前薬局の窓口を想像してみてください。AIが受付を担えば、薬剤師は服薬指導に時間を回せます。方向性としては悪くありません。
だからこそ、患者側も見るべき点があります。かかりつけ薬局のプライバシーポリシーが最近更新されていないか。AIへの情報提供について記載が増えていないか。年に一度でも目を通す価値はあります。
よくある質問(FAQ)
Q1. Burtは何をするAIですか?
電話での処方薬の再処方受付と、問い合わせ対応を担当する音声AIです。テキサス州のSynerio社が開発し、Kinney Drugsが2026年5月に導入しました。
Q2. 患者はAIを使わない選択ができますか?
報道によれば、電話ではキーパッド入力の選択肢がなくなり、実質的にAIと会話するしかない状態になっていました。店舗に直接出向く、あるいは別の薬局に処方箋を移すという選択をした利用者もいます。
Q3. 医療情報をAIに使うのは違法ではないのですか?
米国のHIPAAでは、外部業者に扱わせる際にビジネスアソシエイト契約(BAA)を結ぶなどの条件を満たせば、ただちに違法とはなりません。専門家からは、規制が技術の速度に追いついていないという指摘が出ています。
Q4. 日本の薬局でも同じことが起きますか?
同じ形はまだ起きにくいと考えられます。日本のAI導入は店頭の受付機や薬歴の記録支援が中心で、AIが単独で再処方を判断する運用は一般的ではないためです。ただし電話対応の自動化が進めば、同種のリスクは生じ得ます。
Q5. 薬局のAI対応で困ったらどうすればいいですか?
まずは店舗に直接連絡し、人間の担当者につないでもらうのが確実です。誤った薬や用量が届いた場合は、受け取らずにその場で薬剤師に確認してください。
まとめ
- 米バーモント州のKinney Drugs(約97店舗)が2026年5月に導入したAI電話「Burt」で、苦情が相次いだ
- 不明瞭な音声、毎日の着信、アカウント未検出、誤った用量の発注、通知漏れなどが報告されている
- キーパッド入力が使えず、AIと話す以外の道がほぼなくなっていた
- 医療情報がAIツールに使われ得るとする条項に反発し、薬局を移す患者も出た
- 州法S.71の施行は2028年で、いまの混乱には間に合わない
- CVSなどはAIを調剤の裏方に置き、患者との一次窓口は人が担っている
- 日本ではイオン薬局・日本調剤・カケハシなどが導入を進めるが、人の確認を残す設計が主流
AIを入れるかどうかより、間違えたときに人がすぐ戻ってこられる設計かどうかが分かれ目です。次に薬局から自動音声の電話がかかってきたら、人につながる番号が用意されているか確かめてみてください。
参考文献
- VTDigger「A pharmacy chain in Vermont implemented AI for efficiency. It’s led to delays, incorrect information and privacy concerns.」(2026年7月29日)
- GIGAZINE「薬局チェーンがAIを導入した結果、処方の遅延や誤った情報・プライバシーの懸念が発生」(2026年8月2日)
- Boing Boing「AI assistant named for long-dead pharmacy founder mutters incomprehensibly」(2026年7月30日)
- Mayer Brown「Vermont Enacts Comprehensive Consumer Privacy Law(S.71)」(2026年6月)
- くすりの窓口「イオンリテール イオン薬局の全店舗にAI受付機を導入」(PR TIMES)

