- OpenAI共同創業者アンドレイ・カーパシー氏が、AIに『指輪物語』の3D世界を作らせる新しいテストを提案
- Claude Opus 5が約2時間で5500行のコードを書き、費用は約10ドル(約1500円)
- これまでの定番テスト「自転車に乗るペリカン」がほぼ飽和したことが背景にある
- 同時に「作れるのに自分で確認できない」というAIの弱点も浮き彫りに
- 日本のゲーム制作や個人クリエイターにとって何が変わるのかを整理
小説の書き出しをそのままコピペしたら、2時間後に歩き回れる3D世界ができていた——。そんな実験が2026年8月に公開され、AI業界で話題になっています。かかった費用はたった約1500円。この記事では、何が起きたのか、そして私たちの仕事や趣味にどう関係するのかを解説します。
『指輪物語』の1段落から3D世界が生まれた
実験を行ったのはアンドレイ・カーパシー氏です。OpenAIの共同創業者の一人で、テスラのAI部門を率いた経験もある、業界でもっとも影響力のある研究者の一人です。
カーパシー氏は2026年5月19日にAnthropicへ移り、Claudeの事前学習(AIに大量のデータを読み込ませて基礎能力を作る工程)チームに加わりました。その約2か月半後、8月2日にX(旧Twitter)で今回の実験を公開しています。
やったことはシンプルです。J.R.R.トールキンの『指輪物語』第1章の最初の1段落だけをAIに渡し、「これを3Dの世界にして」と頼んだのです。
出来上がったのは「久しく待たれた誕生祝い」
完成した作品は「A Long-expected Party」というタイトルで公開されています。
丘の斜面に埋まった丸いドア、宴の並ぶ広場、宝物の洞窟。原作の冒頭シーンがブラウザの中で動きます。
音声はElevenLabsという音声生成AIで作られ、ナレーション付きの短編作品のように仕上がっています。
ここで大事なのは、3Dモデルのデータを外から持ってきていない点です。地形も木も光も、すべてプログラムのコードとして書き起こされています。つまりAIは絵を描いたのではなく、世界を計算する式を書いたわけです。
数字で見る:2時間・5500行・約1500円
この実験で注目されたのは、コストの安さでした。
カーパシー氏が使ったモデルはClaude Opus 5。与えたトークン予算(AIが読み書きできる文字量の上限)は最大100万トークンです。
結果はこうなりました。
- 所要時間:約2時間
- 出力されたコード:約5500行
- 費用:約10ドル(約1500円)
- 使った技術:three.js(ブラウザで3D表示をするための定番ライブラリ)
5500行というのは、人間のプログラマーが書けば数週間かかってもおかしくない量です。それが昼休みを2回はさむ程度の時間で出てきました。
カーパシー氏自身も「誰もこんな世界を手作業では作らないが、モデルを使えばほぼタダだ」と述べています。
ちなみに、コミュニティの有志が同じくOpus 5でMinecraftのようなゲームを作った例では、約2500万トークンを消費したと報告されています。規模を広げれば費用も跳ね上がる、という現実的な目安にもなっています。
なぜ新しいテストが必要になったのか
「AIの賢さを測る」と聞くと、点数の出る試験を思い浮かべるかもしれません。ところが現場では、もっと感覚的なテストが長く使われてきました。
ユニコーンからペリカンへ
2023年、MicrosoftはGPT-4に「TikZという記述言語でユニコーンを描かせる」実験を行いました。論文『Sparks of AGI』で紹介され、文章しか学んでいないAIが空間を把握できることの証拠として注目されました。
その後に定番となったのが、開発者サイモン・ウィリソン氏の「自転車に乗ったペリカン」のSVG画像です。
わざと意味不明な題材にしているのがポイントです。学習データに答えが転がっていないので、丸暗記では突破できません。
この非公式テストは有名になりすぎて、新モデルが出るたびに結果が話題になるほどでした。ウィリソン氏はGoogleのGemini 3 Deep Thinkが「これまでで最高のペリカン」を描いたと評価しています。
「もう差がつかない」問題
ただ、上位モデルがどれも上手に描けるようになると、テストとしての意味は薄れます。カーパシー氏は既存のペリカンテストがほぼ飽和したと指摘しました。
そこで持ち出されたのが、数時間かけて何千行も書き続ける今回の課題です。
一発の返答では終わらず、途中で自分の作ったものを見直しながら進める必要があります。長時間の集中力と自己修正力を試す、というわけです。
とはいえ本人は控えめで、これは「vibe check(雰囲気の確認)」であって厳密なベンチマークではないとも語っています。点数の付け方が決まっていないからです。
浮かび上がった弱点:作れるのに、確認できない
実はこの実験、AIの得意技より苦手な部分のほうが話題になりました。
カーパシー氏によれば、モデルは動き続ける映像を人間のように見ることができません。できるのは、ある瞬間のスクリーンショットを撮って確認することだけです。
ゲームのテストプレイをする人が、目をつぶったまま数秒おきに1枚だけ写真を見て判断している状況を想像してみてください。
この方式だと、動いている最中にしか出ない不具合を取りこぼします。キャラクターが地面をすり抜ける、カメラが移動中におかしくなる——そうした問題が残り、仕上がりは「粗いけれど楽しい」レベルにとどまりました。
ここから見えるのは、ひとつの大きなズレです。
AIの「作る力」が、「確かめる力」を追い越してしまった——今回の実験が業界に投げかけたのは、この問題でした。ゲームでもアニメーションでも、動くものを検証するには動かして見る必要があります。そこがまだ空白なのです。
他のモデルや事例との比較
同じ時期、Opus 5でゲームを作る試みが世界中で相次ぎました。代表的なものを並べてみます。
- Claude of Duty(Matt Shumer氏):FPS。街並みも銃も敵の動きもコード生成
- スノーボードデモ(Alex Ermolov氏):物理演算つきの滑走体験
- 潜水艦ゲーム(Pietro Schirano氏):3Dに加えて音楽まで生成
- カートレース(Ryan Campbell氏):ブラウザで遊べるレースゲーム
- Minecraftクローン(Pankaj Kumar氏):15種類の地形バイオームを含む
報告では、Opus 5はFable 5、GPT-5.6 Sol、Kimi K3といった競合モデルより良い結果を出したとされています。
ただし注意も必要です。これらはすべて個人が好きな条件で試した結果であり、課題も採点基準も統一されていません。「どのモデルが強いか」を判定する材料としては弱い、というのが冷静な見方です。
従来の公式ベンチマーク(SWE-benchのようなコード修正テスト)は数値で比べられる代わりに、実際の使い心地とはズレやすい欠点があります。今回のような体験型テストはその逆で、わかりやすい反面、比較には向きません。両者は補い合う関係だと言えます。
日本のクリエイターとゲーム業界への影響
この話、海の向こうの実験だと思っていませんか。実は日本の現場にも直結します。
日本のゲーム業界では2026年時点で、生成AIの実利が出ているのはコード補助・プロトタイプ用アセット・QA(品質検査)・ローカライズの4領域だと整理されています。本番のアートはアーティストが描き、AIは手前の工程を支える形が主流です。
今回の実験は、その「手前の工程」の天井を一気に押し上げました。
たとえば、個人でゲームを作っている会社員を考えてみましょう。これまでは企画を人に伝えるのに、紙の企画書とラフ画しかありませんでした。それが週末の2時間と1500円で、実際に歩き回れる試作品になります。会議で「こういう雰囲気です」と言葉を尽くす必要がなくなるわけです。
別の例もあります。小説投稿サイトで連載している作家が、自作の冒頭シーンだけを3Dで再現してSNSに載せる。読者は文章を読む前に世界観に触れられます。宣伝手法として、これまで大手にしかできなかったことです。
中学校の社会科の先生が、教科書に載っている城下町をブラウザで再現して授業で歩かせる、という使い方も考えられます。専用ソフトも3Dの専門知識も要りません。
一方で、日本の利用者が気をつけるべき点もあります。
原作つき作品の著作権です。トールキン作品は日本の著作権法でいう保護期間内にあると考えられ、今回のような再現を商用で行うには権利者の許諾が必要になります。カーパシー氏の公開物はあくまで技術デモという位置づけです。個人が同じことをする場合は、公開範囲と目的に注意したいところです。
よくある質問(FAQ)
Q1. 自分でも同じことを試せますか?
できます。Claude Opus 5が使える環境(Claudeの有料プランやAPI)があれば、同じように長文の指示を与えて作らせられます。ただし費用はAPI利用量に応じて変わります。約1500円というのはあくまでカーパシー氏の条件での目安です。
Q2. プログラミングの知識は必要ですか?
コードを書く力は必須ではありません。生成された結果をブラウザで開くだけなら、誰でもできます。ただし、うまく動かないときに原因を探したり、細かい修正を指示したりするには、ある程度の理解があったほうが有利です。
Q3. なぜ「ベンチマーク」と呼ばないのですか?
採点基準がないからです。ベンチマークは同じ条件・同じ課題・同じ物差しで比べる必要があります。今回のような課題は面白さは伝わりますが、「85点」といった数字が出せません。だからカーパシー氏自身が「vibe check」と表現しています。
Q4. AIが動画を見られるようになれば解決しますか?
大きく前進すると考えられています。連続した映像をそのまま把握できれば、動作中の不具合を自分で発見して直せるからです。実際、各社が動画理解の強化に力を入れており、今後の改善点として注目されています。
Q5. 商用のゲーム開発にすぐ使えますか?
現状は試作段階までが現実的です。仕上がりに粗さが残るうえ、規模を広げるとトークン費用が急増します。Minecraftクローンで2500万トークンという報告が、その難しさを示しています。
まとめ
- カーパシー氏がClaude Opus 5に『指輪物語』の1段落を渡し、約2時間・5500行・約1500円で3D世界を生成させた
- 背景には、定番だった「ペリカンのSVG」テストがほぼ飽和したという事情がある
- 新しいテストは、長時間かけて自己修正しながら作り続ける力を見るもの
- 同時に「動画を見られないので自分で検証できない」というAIの弱点が露呈した
- 日本ではプロトタイプ制作・教育・個人創作の領域で恩恵が大きいが、原作つき作品の著作権には注意が必要
まずは自分の書いた文章や企画メモを1段落だけAIに渡して、3Dで動くものが出てくるか試してみてください。想像より近くまで来ていることが実感できるはずです。
参考文献
- 「AIに指輪物語の3D世界を作らせる」ベンチマークテストが提案される – GIGAZINE(2026年8月4日)
- A Long-expected Party – karpathy.ai(実際のデモ)
- Unicorn, pelican, Middle-earth: Karpathy is looking for the next AI vibe test – the decoder
- Claude Opus 5 pushes prompt-to-game AI to full 3D prototypes – the decoder(2026年8月2日)
- OpenAI co-founder Andrej Karpathy joins Anthropic’s pre-training team – TechCrunch(2026年5月19日)

