- 被災者自身が生成AIで作った情報共有サイト「イマココナビ」が16万人以上に使われている
- 開発の場所は避難所。スマホからAIに約20回指示して、わずか3時間半で完成した
- 給水所・炊き出し・営業中の店など、行政が拾いきれない情報が5万件以上集まった
- サーバー代は月20〜30万円。「作るハードル」は下がっても「続けるハードル」は残る
- 同じ被災地ではAI製とみられる偽動画も拡散。情報源を見極める力が問われている
もし今、自分の住む町が停電と断水になったら、どこで水がもらえるか調べられますか。2026年7月の熊本地震で、その答えを自分たちで作った人がいます。避難所のスマホから3時間半で生まれ、16万人が使ったサイトの話です。
避難所の夜に生まれた「イマココナビ」
2026年7月28日の午後4時27分、熊本県熊本地方でマグニチュード7.1の地震が起きました。
宇城市と氷川町では最大震度7を観測しました。国内で震度7が記録されたのは、2024年の能登半島地震以来です。
気象庁は同じ日の午後7時30分に、この地震を「令和8年熊本地震」と名付けました。有明海と八代海には津波注意報も出ました。
被害は大きなものでした。8月4日の時点で死者は38人、住宅の被害は3851棟(うち全壊181棟)にのぼります。断水はピーク時に17市町村・最大約14万戸で発生しました。
そんな地震当日の夜に生まれたのが、被災者向けの情報共有サイト「イマココナビ」です。
作ったのはWebマーケティング会社を経営する加悦美里さん(38)。プロのエンジニアではありません。加悦さん自身も、避難所にいる一人の被災者でした。
スマホでAIに20回指示、3時間半でサイトが完成した
きっかけはSNSに流れる「もうミルクがない」
加悦さんは避難所でスマホの画面を見ていました。
そこには「もうミルクがない」「ガソリンが入れられなかった」という切実な投稿があふれていたといいます。
ただ、SNSは情報が流れていってしまいます。同じ質問が何度も投稿され、答えは散らばったまま。更新のタイムラグもあります。
「即時性の高い情報を確認できる場所が必要だ」。加悦さんはそう感じたと語っています。
個々がバラバラにやり取りするのではなく、みんなが同じ場所に書き込めるサイト。その発想が出発点でした。
午後10時に着手、深夜には公開されていた
加悦さんが開発を決めたのは、地震発生から約5時間半後の午後10時過ぎです。
使ったのは生成AI(人間の言葉で指示するとコードや文章を作ってくれるAI)の「Claude」でした。
パソコンではありません。避難所で手元にあったスマホから、AIに指示を出していきます。
約20回のやり取りを重ね、わずか3時間半でサイトは完成しました。公開は地震発生から約8時間後です。
「こういうページが欲しい」と話しかけるだけでソフトができあがる作り方は、いまバイブコーディングと呼ばれています。2025年に広まった言葉ですが、それが災害の現場で実際に人命に関わる形で使われたことになります。
もちろん、運が良かっただけではありません。加悦さんは仕事でAIを使ってきた経験があり、10年前の熊本地震も経験しています。「震災直後にどういう情報が必要か」を知っていたからこそ、AIに的確な注文を出せたのです。
行政が拾えない「ニッチな情報」が集まる場所
イマココナビは掲示板の形をしています。登録は不要で、誰でも見られて、誰でも書き込めます。
扱う情報のカテゴリーは幅広く用意されています。
- 営業している店舗・スーパー
- 給水所・井戸水
- 炊き出し・物資配布
- ガソリンスタンド
- トイレ・入浴施設・コインランドリー
- 停電・断水の状況
- ボランティア募集
使う人は地域を選び、カテゴリーを選ぶだけ。「いま、ここ」の状況がすぐ分かります。
このサイトの本当の強みは、行政の公式発表では拾いきれない細かな情報が集まることです。
小さな子どもがいる家庭を思い浮かべてください。粉ミルクを溶かすにはきれいな水が要ります。「近所のどこで水がもらえるか」は、その日その時間でないと意味がありません。
高齢の親を持つ人には別の悩みがあります。2リットルのペットボトルは重くて運べません。イマココナビには、高齢者でも持てる小容量ペットボトルの配布場所という書き込みまで載りました。
さらに驚くのは、爬虫類のペットフードを売っている店の情報です。トカゲやヘビと暮らす人にとっては死活問題ですが、自治体の防災計画がそこまで想定するのは現実的ではありません。
子どもが遊べる公園、託児所といった情報もそうです。避難生活が長引くほど、こうした「小さな困りごと」の比重は増していきます。
町じゅうの人が大きな地図に付せんを貼り足していく。イマココナビが起こしたのは、そういう変化でした。
16万人が使った数字と、運営を支える現実
数字で見るイマココナビ
公開からの実績は、個人が作ったサイトとしては異例です。
- 訪問者:16万人以上
- 登録スポット:4000件超
- 書き込み:5万件以上
- ユーザーの要望による改良:約70回
注目したいのは最後の項目です。作って終わりではなく、使う人の声を聞いて70回も直し続けています。
加悦さん自身が入力したのは、最初の数件だけだったといいます。あとは被災者どうしが書き込み、埋めていきました。
「私が皆さんを支えたのではなく、皆さんが皆さんを支えている」。加悦さんはそう振り返っています。
月20〜30万円のサーバー代は個人負担
一方で、運営には現実的なコストがかかります。
開設から3日間のサーバー費用は約13万円。その後も毎日1〜2万円ほどかかり、月にすると20〜30万円になります。
これを加悦さんは個人で負担してきました。現在はクラウドファンディングで支援を募っており、金額の目標は設けず「お気持ちで」という形です。集まった支援は35万円と伝えられています。
アクセスが増えるほど費用も増える。善意だけで背負い続けるには重い構造です。
既存の防災サービスと何が違うのか
災害時に使えるサービスは、これまでもありました。ただ、役割がはっきり分かれます。
Yahoo!防災速報や特務機関NERV防災は、地震・津波・大雨などの警報をいち早く届けるアプリです。気象庁のデータと結びつき、「危険が迫っている」ことを知らせるのが得意です。
ただし、これらは災害が起きる前後の「警報」が中心です。「今日この時間にどこで水がもらえるか」までは分かりません。
車で移動する人向けには、トヨタの「通れた道マップ」やホンダの「通行実績情報マップ」があります。実際に車が通った記録から、走れる道を推定する仕組みです。熊本県では日野コンピューターシステムが「トラック通れた道マップ」を公開しました。これらは強力ですが、扱うのは道路の情報に限られます。
住民が書き込む形の元祖といえるのが、2011年の東日本大震災で公開されたsinsai.infoです。イマココナビは、その系譜にAIによる高速開発を持ち込んだ存在といえます。
整理すると、こうなります。
- 防災アプリ:危険を知らせる(公的データが情報源)
- 通れた道マップ:道路の通行可否(車のデータが情報源)
- イマココナビ:生活の困りごと(住民の目撃が情報源)
つまり競合というより、埋まっていなかった穴を埋めたサービスです。しかも、その穴を埋めたのが企業でも行政でもなく、被災者本人だったところに新しさがあります。
日本の防災はどう変わるのか
「作るハードル」は下がったが「続けるハードル」は残る
今回の熊本地震では、AIで作られた被災者向けサイトやマッチングサイトが他にも数多く立ち上がりました。
ところが、その多くは人が集まらなかったと報じられています。使い勝手や告知が追いつかなかったためです。
AIは作る速度を劇的に上げました。それでも運営を続ける難しさは、以前とほとんど変わっていません。サーバー代、書き込みの確認、改良の手間。すべて誰かが引き受ける必要があります。
加悦さんも「国や自治体が情報インフラとして運用してくれるのが理想だ」と話しています。個人の熱意で始まったものを、社会の仕組みとして受け止められるかが次の課題です。
自治体側でもAI活用が進んでいる
行政の現場でも、生成AIは日常の道具になりつつあります。
熊本県デジタル戦略推進課の担当者は、議事録や説明資料の作成にAIを使い「もはやないと困るレベル」と述べています。
続けて「災害対応でも、職員の業務負担を軽減することで、丁寧に対応すべき案件に集中できる」とも語っています。AIが事務を引き取るぶん、人は人にしかできない対応に回れるという考え方です。
同じAIが偽動画も作っている
光の側面だけではありません。
今回の地震では、イオンモール熊本の爆発事故に見せかけた偽の動画がSNSで拡散しました。AIで生成されたとみられ、報道機関のニュース映像を装ったものまであったといいます。
この爆発は実際に起きた事故で、7人が亡くなっています。そこに偽情報が重なると、救助や避難の判断が混乱しかねません。
国立情報学研究所の越前功教授は「生成映像かどうかを見抜くのはもはや難しい」と指摘しています。そのうえで「投稿者が信頼できる情報源かどうかを確認することがこれまで以上に重要になる」と述べています。
災害時に大切なのは、映像の真偽を自分で判定することではありません。誰が言っているのかを確かめる習慣です。イマココナビのように書き込む人の顔が見えるコミュニティと、公的機関の発表。この2つを組み合わせるのが現実的な守り方といえます。
よくある質問(FAQ)
Q1. イマココナビは誰でも使えますか?
はい。会員登録は不要で、誰でも閲覧と書き込みができます。地域とカテゴリーを選ぶだけで、給水所や炊き出しなどの情報を確認できます。
Q2. 熊本以外の地域でも使えますか?
現在は熊本での利用が中心ですが、「他の地域でも使いたい」という声が届いており、全国への展開が視野に入っていると伝えられています。全国から物資支援を受け付ける仕組みも準備が進んでいるといいます。
Q3. プログラミングを知らなくても、同じようなサイトを作れますか?
技術的には作れる時代になりました。ただし今回の成功は、加悦さんが「災害時に何が必要か」を知っていたことが大きな要因です。AIが担うのは作る作業であり、何を作るべきかを決めるのは人間の側です。
Q4. 書き込まれた情報が間違っていることはありませんか?
住民が投稿する仕組みなので、時間が経って状況が変わることはあります。命に関わる判断をするときは、自治体の公式発表とあわせて確認するのが安全です。
Q5. 支援したい場合はどうすればいいですか?
サーバー費用をまかなうためのクラウドファンディングが実施されています。金額の目標は設けられておらず、支援は任意の額で受け付ける形が取られています。
まとめ
- 2026年7月28日の令和8年熊本地震(M7.1・最大震度7)の当日夜、被災者向けサイト「イマココナビ」が誕生した
- 開発したのは被災者でWebマーケティング会社代表の加悦美里さん。避難所のスマホから生成AI「Claude」に約20回指示し、3時間半で完成させた
- 訪問者16万人以上、4000件超のスポットに5万件以上の書き込み。改良は約70回に及ぶ
- 高齢者向けの小容量ペットボトルや爬虫類のペットフードなど、行政が拾いきれない情報が集まった
- サーバー代は月20〜30万円で個人負担。AIは「作るハードル」を下げたが「続けるハードル」は残る
- 同じ被災地ではAI製とみられる偽動画も拡散し、情報源を確認する重要性が高まっている
まずは自分の地域で災害が起きたとき、どこから情報を得るのかを家族と決めておきましょう。その一枚のメモが、次の非常時にいちばん役立ちます。

