囲碁の次は23年続く宇宙|DeepMindが挑む3つの壁

伊東雄歩
監修者 伊東 雄歩

株式会社ウォーカー CEO。東北大学卒。MENSA会員、JDLA認定講師、健全AI教育協会理事。生成AI×教育・学習科学を専門とし、2億円超のシステム開発プロジェクトを統括。

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  • Google DeepMindが2026年8月21日、宇宙MMO「EVE Online」でのAI研究計画を公開しました
  • Atariの49ゲーム、囲碁、将棋、StarCraft IIと続いた15年の研究の、次の舞台です
  • 狙いは「長期計画」「記憶」「継続学習」という、今のAIが苦手な3つの壁の突破です
  • EVE Online開発元はCCP GamesからFenris Creationsに社名を変え、独立しました
  • NVIDIA ACEなどの「しゃべるNPC」路線とは、目指す方向がまったく違います

AIが囲碁の世界チャンピオンに勝ったのは、もう10年前の話です。では次の目標は何でしょうか。答えは「23年間、一度も止まらずに動き続けている宇宙」でした。Google DeepMindが選んだ新しい実験場と、その狙いを整理します。

DeepMindが選んだ次の舞台は「23年動き続ける宇宙」

8月21日に公開された研究計画

2026年8月21日、Google DeepMindが「From Atari to EVE Online」というブログ記事を公開しました。

タイトルのとおり、2010年の設立から15年にわたるゲームAI研究を振り返り、その延長線上に「EVE Online」を置くという内容です。

DeepMindは、AIの研究をずっとゲームで進めてきた会社です。ブロック崩しから囲碁、そして対戦ゲームへ。今回はその舞台が、一気に「宇宙」まで広がりました。

ちなみに、この提携そのものは2026年5月6日に発表済みです。Google DeepMindが開発元に少数出資し、共同研究をスタートさせていました。8月21日の記事は、その研究で何をどう進めるのかを具体的に説明したものです。

EVE Onlineとはどんなゲームか

EVE Onlineは、2003年にサービスを始めた宇宙が舞台のMMO(大勢のプレイヤーが同時に遊ぶオンラインゲーム)です。

最大の特徴は、世界中のプレイヤーが「たった1つの宇宙」を共有している点にあります。

普通のオンラインゲームは、サーバーが複数に分かれています。EVE Onlineは違います。何千人ものプレイヤーが同じ経済圏、同じ政治地図の上にいます。

そして、この世界の中身はほぼすべてプレイヤーが作ります。資源を掘る人、船を組み立てて売る人、それを護衛する人、奪う人。国家のような同盟が生まれ、数か月がかりの戦争が起こり、裏切りで巨大勢力が崩壊することもあります。

運営が用意したシナリオではなく、人間の欲と交渉が積み上げた「本物の社会」がそこにあるわけです。しかもそれが23年、止まらずに続いています。

開発元は「Fenris Creations」に生まれ変わった

同じ8月21日、開発元にも大きな動きがありました。

これまで「CCP Games」として知られたアイスランドのスタジオが、社名を「Fenris Creations」に変更し、韓国のPearl Abyss傘下から独立したのです。

独立は約1億2000万ドル規模のマネジメントバイアウト(経営陣が自社を買い取る形の独立)によるものと報じられています。CEOはこれまでどおりHilmar Pétursson氏が務めます。

つまりこのスタジオは、独立とAI研究提携という2つの節目を、同じ日に迎えたことになります。

Atariから囲碁、StarCraftまで──15年の系譜

なぜゲームなのか。それは、AIの実力を「点数」で正確に測れるからです。

DeepMindの歩みは、扱うゲームがどんどん複雑になっていく歴史でもあります。

  • DQN(2015年):画面のドットだけを見て、Atari 2600の49種類のゲームを習得。ブロック崩しやスペースインベーダーを、ルールを教えられずに攻略しました
  • AlphaGo(2016年):囲碁のトップ棋士・李世乭九段に勝利。「あと10年は無理」と言われていた壁を破りました
  • AlphaGo Zero:人間の棋譜を一切使わず、自分との対戦だけで強くなりました
  • AlphaZero:同じ仕組みで、チェス・将棋・囲碁の3つを制覇しました
  • MuZero:ついにルールすら教えられずに学習できるようになりました
  • AlphaStar(2019年):リアルタイム戦略ゲーム「StarCraft II」でグランドマスター級に到達しました

ここまでは「勝ち負けがはっきりした対戦」が中心でした。

その後に登場したのがSIMAです。これは特定のゲームの専門家ではなく、人間と同じように画面を見て、キーボードとマウスを操作する汎用エージェント(自分で判断して動くAI)です。

2025年11月に発表されたSIMA 2は、GoogleのAIモデル「Gemini」を頭脳として搭載しました。あるゲームで覚えたコツを別のゲームで応用したり、試行錯誤を繰り返して自力で上達したりできます。

「1つのゲームに勝つAI」から「どんな世界でも生きていけるAI」へ。EVE Onlineは、その次の一歩に選ばれました。

なぜEVE Onlineなのか AIが越えられない3つの壁

DeepMindは、EVE Onlineで挑む課題を3つ挙げています。どれも今のAIエージェントが苦手とするものばかりです。

壁1:数週間〜数か月の長期計画

囲碁は長くても数時間で終わります。EVE Onlineの戦争は、数か月続くこともあります。

資源を貯め、同盟を組み、相手が油断する時期を待つ。「今日の小さな損が、3か月後の大勝ちにつながる」という判断が求められます。

今のAIは、この時間スケールが大の苦手です。目の前の一手は上手でも、季節をまたぐ計画は立てられません。

壁2:コンテキストウィンドウを超える記憶

AIには「コンテキストウィンドウ」(一度に覚えていられる情報量の上限)があります。

ここを超えた過去は、基本的に忘れてしまいます。

でもEVE Onlineでは、半年前に裏切られた相手を覚えていることが生死を分けます。誰が信用できて、誰が危ないのか。それは会話ログの上限とは無関係に、ずっと持ち越さなければいけない情報です。

壁3:忘れずに学び続ける「継続学習」

3つ目が継続学習です。

今のAIは、新しいことを学ばせると古い知識が抜け落ちることがあります。研究者が「破滅的忘却」と呼ぶ現象です。

止まらない世界で暮らすには、昨日覚えたことを保ったまま、今日の変化にも適応する必要があります。ゲームの仕様変更、相場の暴落、同盟の解体。EVE Onlineは変化のネタが尽きません。

この3つは、そのまま「実社会で働くAIエージェント」に必要な力でもあります。だからこの研究は、ゲームの話にとどまりません。

いきなり本番には出さない 3段階の研究計画

気になるのは「自分の遊んでいる宇宙にAIが乱入してくるのか」でしょう。

そこは慎重に設計されています。DeepMindが示した進め方は3段階です。

  1. 第1段階:本番から切り離したオフライン版のEVE Onlineで訓練する
  2. 第2段階:「EVE Frontier」で、人間とAIが同じ空間にいる状態を研究する
  3. 第3段階:能力が十分に成熟してから、ライブのゲームへの統合を検討する

EVE Frontierは、プログラム可能な仕掛けを備えた新しいタイトルです。EVE Vanguardという一人称視点の作品もあり、こちらは瞬間的な戦術判断を試す場になります。

3つの環境で、それぞれ違う能力を測る。本番の経済を壊さないための順番が、あらかじめ引かれているわけです。

DeepMind側は、この研究がゲーム業界そのものにも役立つと考えています。テストプレイの自動化、状況に応じて動くNPC、初心者や障害のあるプレイヤーへの補助といった用途です。

NVIDIA ACEやInworldとどう違うのか

「ゲーム × AI」と聞くと、多くの人が思い浮かべるのは「AIとしゃべれるNPC」でしょう。

実は、DeepMindの狙いはそこではありません。整理してみます。

対話型NPC路線(NVIDIA ACE、Inworld AI など)

NVIDIAのACEは、音声認識・小型言語モデル・音声合成・口の動きの同期を1セットにした仕組みです。RTX搭載のパソコン上で動かせる設計になっています。

Inworld AIやConvaiも似た発想で、キャラクターの性格や生い立ちを設定し、その枠内で自由に会話させます。

目的は「キャラクターを生き生きと見せること」。プレイヤーの没入感を高めるための演出技術です。2026年時点では、まだ一部のタイトルが採用する高級機能という位置づけです。

DeepMindの路線

一方DeepMindが作ろうとしているのは、自分で目標を立てて、何か月も行動し続ける「プレイヤー」としてのAIです。

上手にしゃべることではなく、上手に生き延びることが目標になります。

言い換えると、ACEやInworldは「AIをゲームの部品にする」技術で、DeepMindは「ゲームをAIの学校にする」研究です。同じ土俵に見えて、ゴールがまったく違います。

日本のゲーマーと開発現場にとっての意味

EVE Onlineは日本語で遊べる

まず朗報です。EVE Onlineには公式の日本語クライアントがあります。

2020年12月8日に完全日本語版がリリースされ、パッチノートやニュースも日本語で提供される体制になりました。累計で世界2500万人以上がプレイしたタイトルです。

つまり今回の研究の舞台は、日本のプレイヤーが今日から入れる場所でもあります。遠い海外の実験ではありません。

国内メーカーの動きと比べてみる

日本のゲーム会社もAI活用を進めています。ただ、方向性は少し違います。

スクウェア・エニックスは『ドラゴンクエストXオンライン』で、Google CloudのGemini 2.5 Flashを使ったAIバディ「おしゃべりスラミィ」を発表しました。相棒キャラクターとの会話に絞った形です。

バンダイナムコは、映像資産の検索ツール「ClipSearch」にGeminiとVertex AI Searchを組み合わせています。こちらは制作現場の効率化が目的です。

どちらも「人間の遊びや仕事を助けるAI」という点で共通しています。AI自身が何か月もプレイし続けるDeepMindの構想とは、狙いどころが違うわけです。

3つの身近なシーン

この研究が実を結んだとき、何が変わるのか。想像しやすい場面を3つ挙げます。

1つ目は、深夜の運営チームです。大型アップデート前、少人数のQA担当者が何十時間もプレイして不具合を探しています。ここに「何か月も遊び続けられるAI」が入れば、人間が寝ている間にバランス崩壊のタネを見つけてくれるかもしれません。

2つ目は、始めたばかりのプレイヤーです。EVE Onlineのような複雑なゲームは、序盤で心が折れがちです。初心者と一緒に行動し、状況を見て「今は逃げたほうがいい」と教えてくれる相棒がいれば、脱落者はぐっと減るはずです。

3つ目は、ゲームの外です。数か月先を見て計画を立て、過去のやり取りを覚えていて、環境が変わっても学び直せる。この3つがそろったAIは、そのまま長期プロジェクトの管理や在庫の調整といった仕事に応用できます。宇宙船を動かす技術が、会社の会議室に降りてくるということです。

よくある質問(FAQ)

Q1. 今のEVE OnlineにAIが混ざっているのですか?

いいえ。研究の第1段階は、本番から切り離したオフライン環境で行われます。ライブのゲームへの統合は、能力が十分に成熟してから検討する、と説明されています。

Q2. なぜ囲碁やStarCraftではダメなのですか?

どちらも1回の勝負が短く、必ず終わりが来るからです。EVE Onlineには終わりがありません。「止まらない世界で暮らし続ける」という条件は、囲碁盤の上では再現できません。

Q3. CCP Gamesはなくなってしまったのですか?

会社が消えたわけではなく、社名がFenris Creationsに変わりました。同時に韓国のPearl Abyss傘下から独立しています。開発チームもEVE Onlineも継続します。

Q4. 日本から研究に参加できますか?

研究そのものはDeepMindとFenris Creationsの共同作業です。ただ、EVE Onlineは日本語で遊べるため、プレイヤーとしてこの世界を体験することはできます。第2段階以降は人間とAIの共存が研究テーマになるので、一般プレイヤーが間接的に関わる場面も出てくると考えられます。

Q5. この研究はゲーム以外の何に役立ちますか?

長期計画・記憶・継続学習は、そのまま実務で働くAIエージェントに必要な力です。数か月単位のプロジェクト管理や、状況が刻々と変わる現場での判断に応用されると期待されています。

まとめ

  • 2026年8月21日、Google DeepMindが15年のゲームAI研究を振り返り、次の舞台としてEVE Onlineを示しました
  • EVE Onlineは2003年から止まらずに動く、プレイヤーが経済と政治を作る唯一無二の宇宙です
  • 狙いは「数か月単位の長期計画」「記憶」「忘れずに学び続ける継続学習」という3つの壁の突破です
  • 研究はオフライン環境 → EVE Frontier → ライブという3段階で慎重に進められます
  • 開発元はFenris Creationsに社名を変え、約1億2000万ドル規模の買収を経て独立しました
  • NVIDIA ACEなどの「しゃべるNPC」とは違い、目指すのは自分で行動し続けるAIです

まずはEVE Onlineの日本語クライアントを触ってみて、「AIが越えられない壁」がどんな世界にあるのかを自分の目で確かめてみてください。

参考文献