味の素冷凍食品が提案9倍速|AIの壁を突破

伊東雄歩
監修者 伊東 雄歩

株式会社ウォーカー CEO。東北大学卒。MENSA会員、JDLA認定講師、健全AI教育協会理事。生成AI×教育・学習科学を専門とし、2億円超のシステム開発プロジェクトを統括。

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  • 味の素冷凍食品が新商品開発のAI活用で、提案スピードを9倍以上に改善した
  • つまずいた壁は「データがない」「スキルがない」「発想が広がらない」の3つ
  • 使ったのはNECの「BestMove」。AIが作った仮想のお客さん(AIペルソナ)に何度でも聞ける
  • 社内では生成AI「ChatSense」の利用率80%超、月6800時間の業務削減も達成
  • 日本企業の生成AI利用率は86.4%。差がつくのは「入れたあと」の使い方

AIを導入したのに、成果が見えない。そんな声を聞いたことはありませんか。日本企業の生成AI利用率はすでに86.4%ですが、多くの現場は「使ってはいる」で止まっています。そんな中、味の素冷凍食品が新商品開発の提案スピードを9倍以上に伸ばしました。何をどう変えたのかを追います。

味の素冷凍食品で何が起きたのか

2026年8月17日、ITmediaが味の素冷凍食品のAI活用事例を報じました。舞台は新商品開発のマーケティングです。

同社が使ったのは、NECが提供する「BestMove(ベストムーブ)」というマーケティング支援サービスです。

成果は数字に出ました。顧客への提案スピードが9倍以上に改善したと紹介されています。データ分析から提案の完成までが、数週間で回るようになりました。

ここで想像してみてください。会議室で「この新商品、結局どんな人に刺さるんでしょう」と聞かれる場面です。答えるにはデータが要ります。でも調査には予算も時間もかかる。だから経験と勘で決める。多くの日本企業がこの繰り返しから抜けられずにいます。

AI活用を止める「3つのない」とは

味の素冷凍食品が直面していた壁は、きれいに3つに整理されています。どれも、自社に置き換えて心当たりがある人が多いはずです。

1. データがない

自社が持っているデータは、すでに売っている商品の領域に偏っています。

つまりまだ手を出していない未知の市場では、手元のデータが使えないのです。

では新しく調査すればいいかというと、そこには調査予算という壁が立ちはだかります。

2. スキルがない

未知の市場を調べ、そこから事業の構想までを描く。これはかなり高度な仕事です。

ベテランなら経験でこなせますが、若手には一連の流れを回した経験が足りません。人によって成果物の質がばらつく原因にもなります。

3. 発想が広がらない

3つ目が、いちばん厄介かもしれません。

検討を深めるほど、人は思考を広げられなくなります。「この案はたぶん通らない」と主観で候補を削り、気づけば無難な選択肢だけが残る。

真剣に考えるほど発想が狭くなるという、なんとも皮肉な現象です。

AIペルソナが壁を壊した仕組み

この3つを、BestMoveはどう崩したのでしょうか。

鍵はAIペルソナです。消費者の購買データをもとに、AIが作り出した「仮想のお客さん」だと考えてください。年齢や家族構成、買い物の傾向まで設定されています。

NECがBestMoveを発表したのは2025年5月27日、クラウドサービスとして提供が始まったのは同年6月16日です。顧客分析から施策立案、効果予測までを一つのサービスで支えます。

聞きたいときに、何度でも聞ける

実在の人に調査すると、募集して、日程を合わせて、謝礼を払って、と手間がかかります。

AIペルソナならその制約がありません。深夜2時に思いついた企画を、その場で仮想の消費者100人にぶつけられます。

味の素冷凍食品では、アンケートやインタビューをやり放題にできたことで、案の善し悪しをすぐ判断できるようになりました。データ不足の壁が消えたわけです。

手順が決まれば、経験の差が縮まる

スキルの壁には、決まった流れをなぞれる仕組みが効きました。

顧客を理解し、アイデアを出し、それを評価する。この一連の作業を誰がやっても一定の水準で回せるようになったのです。

入社3年目の担当者が、ベテランと同じ土俵で議論できる。これは組織にとって大きな変化です。

AIが無理やり発想を散らかす

3つ目の壁には、少し変わった処方箋が使われました。

AIに強制的に発想を発散させるのです。人間なら「ないな」と切り捨てる案も、AIは平気で並べてきます。

その中に、担当者が思いつかなかった気づきが混ざる。A/Bテストの回答役までAIペルソナが務めるので、出した案をその場で比べることもできます。

全社で使われるまでの2年間

ここで見落としてはいけないのが、この会社がいきなりBestMoveにたどり着いたわけではないという点です。

味の素冷凍食品は2024年5月から、生成AIを使える環境づくりに着手しています。導入したのはナレッジセンスが提供する「ChatSense(チャットセンス)」でした。

そして2025年3月、社内の利用率が80%を突破します。2025年12月時点で1人あたり週7回以上使われ、業務削減効果は月6800時間以上に達しました。

研修の教材を、毎回作り直した

数字の裏にあるのは、地味な努力です。

同社は全7回のハンズオンセミナーを実施しました。しかも各部署のメンバーと議論しながら、教材を毎回手作りしたといいます。

経理には経理の、営業には営業の使い道がある。汎用の研修動画を流すのではなく、実務に直結する内容へ作り替えたわけです。結果、受講者の90%以上が「利用できる」と答えました。

さらにベンダーと共同で100件以上の機能改修を行い、組織を横断して70以上のテーマを進めています。研究開発部門では、過去の膨大なレシピを学習させた専用AIまで作りました。

AI活用の土台が2年かけて社内にできていた。だから新商品開発という難所にも踏み込めたのです。

他のAI調査サービスと何が違う?

実はいま、「AIに消費者役をやらせる」流れは日本中で広がっています。主なプレイヤーを並べてみます。

  • 電通「People Model」:1億人規模のAIペルソナで、アンケートなどの市場調査を仮想的に実行できる。約750種類の人格を再現した仮想顧客も開発
  • 博報堂DYホールディングス:仮想顧客の深層心理を言葉にすることを重視。顔写真や家族構成、思考の背景まで設定し、仮想顧客同士の座談会もできる
  • NEC「BestMove」:消費者の購買データが土台。顧客分析から施策立案、クリエイティブ生成、効果予測までを一気通貫で支援する
  • 従来のネット調査:実在の人が答えるため信頼性は高いが、募集・日程調整・謝礼が必要で、結果が出るまで数週間かかることも

広告会社系が「人格の深さ」で攻めているのに対し、NECは購買データを起点に施策の効果予測までつなげる点に特徴があります。

どれが優れているという話ではありません。深層心理を掘りたいのか、売り場での反応を読みたいのかで、選ぶべき道具が変わります。

なお、AIペルソナは万能ではありません。学習したデータにない層の反応は苦手ですし、実在の消費者調査を完全に置き換えるものではないと言われています。

日本企業にとって何を意味するか

2026年7月に総務省が公表した令和8年版 情報通信白書に、興味深い数字があります。

何らかの業務で生成AIを使っている日本企業は86.4%。2024年度調査の55.2%から大きく伸びました。米国(90.9%)、ドイツ(91.6%)、中国(98.1%)との差もかなり縮まっています。

「積極的に活用する」などの方針を掲げた企業も68.9%(前年49.7%)に増えました。

もう、導入しているかどうかで差はつきません。差がつくのは入れたあとです。

中小企業ほど、この事例が効く

一方で白書は、中小企業の約半数が活用方針を明確に定めていないとも指摘しています。

地方の食品メーカーを思い浮かべてください。社員80人、開発担当は3人。新商品を出したいけれど、調査会社に頼む予算はない。だから毎年、既存商品の味違いを出すのが精一杯。

こういう会社にとって、AIペルソナは調査予算の壁を下げる道具になり得ます。味の素冷凍食品が抱えていた「3つのない」は、規模が小さいほど深刻だからです。

ちなみに、この事例から学べる順番も明確です。いきなり高度なマーケティングAIを入れるのではなく、まず全社員が日常業務で生成AIを触る。そこから専門用途へ進む。味の素冷凍食品が2年かけて歩いた道が、そのまま手本になります。

よくある質問(FAQ)

Q1. AIペルソナの答えは信用していいのですか?

実在の人の回答そのものではありません。過去の購買データや調査データから、AIが「こういう人ならこう答えそう」を推測したものです。

ですから、方向性を素早く絞り込む用途に向いています。最終判断の前に実際の消費者へ確認する企業が多いと言われています。

Q2. BestMoveはいくらかかりますか?

NECは公式サイトで価格を公開しておらず、資料請求や問い合わせで案内する形をとっています。導入規模によって変わるためと考えられます。

Q3. 「9倍」はどこからどこまでのスピードですか?

顧客に対する提案のスピードについて、9倍以上の改善幅が示されています。データ分析から提案が完成するまでが数週間で回るようになった、という説明です。

Q4. 中小企業が同じことを始めるなら、最初の一歩は?

味の素冷凍食品の順番が参考になります。まず社内で生成AIを使える環境を整え、部署ごとの実務に合わせた研修を回すことです。

いきなり全社導入を狙うより、1つの部署で小さく試して手応えを掴むほうが定着しやすくなります。

Q5. AIを入れると人が減らされませんか?

この事例で削減されたのは、月6800時間の「作業時間」です。空いた時間を新商品開発という難しい仕事へ振り向けた形になります。

まとめ

  • 味の素冷凍食品は新商品開発でNEC「BestMove」を使い、提案スピードを9倍以上に改善した
  • 壁は「データがない」「スキルがない」「発想が広がらない」の3つだった
  • AIペルソナで調査をやり放題にし、手順を標準化し、AIに発想を強制的に広げさせて突破した
  • 背景には2024年5月から積み上げた生成AI活用がある。利用率80%超、月6800時間削減
  • 日本企業の生成AI利用率は86.4%。もはや導入の有無ではなく、使いこなしで差がつく段階に入った

まずは自社の「3つのない」がどれに当てはまるかを、次の会議で書き出してみてください。壁の名前がわかれば、選ぶべき道具も見えてきます。

参考文献