• RIZAPの社員が、私用の生成AIに顧客の個人情報をアップロードした
  • 流出したのは氏名や保険証記号番号に加え、高血圧症や糖尿病といった疾患情報
  • IHIグループ健康保険組合の公表では、対象は210人
  • 会社が許可していないAIを勝手に使う「シャドーAI」が原因
  • 法人向けAIなら入力内容は学習に使われない。個人版との違いを知ることが対策の第一歩

仕事の資料を、つい手元のChatGPTに貼り付けたことはありませんか。「集計を手伝ってもらうだけ」——そのひと手間が、他人の病名を外部に送り出してしまうことがあります。2026年9月、RIZAPで実際に起きた出来事です。何が漏れ、なぜ防げなかったのかを追います。

何が起きたのか|私用の生成AIに顧客情報が送られた

RIZAP株式会社は2026年9月3日、顧客の個人情報が外部に流出したおそれがあると発表しました。

原因を作ったのは、健康経営・保険者事業部の社員です。

この社員は、会社が許可していない外部の生成AIサービスを、個人のアカウントで業務に使っていました

作業内容は「特定保健指導管理システム」のデータ集計でした。特定保健指導とは、メタボ健診の結果を受けて保健師などが生活改善をサポートする制度です。RIZAPは健康保険組合から、この指導業務を請け負っていました。

つまり社員が扱っていたのは、自社の社員名簿ではありません。取引先の健保組合が預けた、加入者の健康データです。

集計を早く終わらせたい。その気持ちでファイルをAIに読み込ませた結果、他人の健康情報が社外のサーバーへ渡ってしまいました。

流出した情報の中身|「病名」まで含まれていた

個人を特定できる項目

アップロードされた情報には、次の項目が含まれていました。

  • 氏名
  • 生年月日
  • 性別
  • 保険証記号番号
  • メールアドレス
  • 住所(一部の対象者)
  • 電話番号(一部の対象者)

名前と生年月日と住所がそろえば、その人が誰なのかはほぼ確定します。

最も重いのは「要配慮個人情報」

問題はここから先です。データには疾患情報も入っていました。

具体的には、高血圧症・糖尿病・脂質異常症のいずれか、または複数です。

あわせて、特定保健指導の「支援形態」も含まれていました。積極的支援・動機付け支援・重症化予防のどれに該当するかという区分です。これは、その人の健康状態がどのくらい深刻かを示す情報にあたります。

病歴は、個人情報保護法で「要配慮個人情報」と呼ばれます。漏れると差別や偏見につながりかねないため、通常の個人情報より厳しく守るよう定められた区分です。

健康診断の結果を職場の同僚に見られたら、どんな気持ちになるでしょうか。要配慮個人情報とは、まさにそういう性質のデータを指します。

事件のタイムライン|対象は210人

公表された経緯を時系列で並べます。

  • 2026年1月1日〜8月19日:この期間に特定保健指導管理システムへ登録された利用者が対象
  • 8月24日:RIZAPからIHIグループ健康保険組合へ報告
  • 9月1日:AIサービス側から「モデルの学習には使われていない」と回答
  • 9月2日:IHI健保が公表。対象者は210人と明示
  • 9月3日:RIZAPが謝罪を公表
  • 9月4日:対象者への個別メール送付を開始

ここで注意したい点があります。210人という数字は、IHIグループ健康保険組合が公表した「自組合の加入者分」です

RIZAP自身は、全体で何人が対象なのかを明らかにしていません。RIZAPは複数の健保組合から指導業務を受託しているため、実際の総数はもっと多い可能性があります。

対象となったIHI健保の加入者は、2024年度・2025年度・2026年度にRIZAPの特定保健指導を利用した人たちです。

RIZAPの対応

RIZAPは発覚後、24時間以内に該当データを削除したと説明しています。AIサービス側で学習に使わせない設定も行いました。

さらに個人情報保護委員会への報告も済ませています。

再発防止策としては、許可していない生成AIを業務で使わないよう改めて社内へ周知するほか、AIマネジメントシステム(AIMS、AIの使い方を組織として管理する仕組み)の導入を検討するとしています。

なぜ防げなかった?「シャドーAI」という死角

この事故には名前がついています。シャドーAIです。

会社のIT部門が把握していないAIツールを、社員が自分の判断で業務に使ってしまうこと。それがシャドーAIです。

やっかいなのは、悪意がほぼ関係しない点です。

たとえば、月末に数百件の保健指導記録を手作業で集計している担当者を想像してください。表計算ソフトで関数を組むより、ファイルをAIに渡して「年代別に集計して」と頼むほうが5分で終わります。締め切りは今日中。誰も見ていない。手が動いてしまいます。

別の例もあります。取引先から届いた見積書のPDFを要約させる。顧客からの長いクレームメールを、AIに「丁寧な返信文」に整えてもらう。どれも作業としては自然で、悪いことをしている感覚がありません。

しかし会社の管理外のアカウントに入力した瞬間、そのデータは会社の手を離れます。

この死角は業界全体の課題になっています。IPA(情報処理推進機構)の「情報セキュリティ10大脅威 2026」では、「AIの利用をめぐるサイバーリスク」が初めて3位に入りました

2026年5月には警視庁も公式Xで、組織が管理していない生成AIの業務利用に注意を呼びかけています。

日経xTECHの調査では、企業の7割超がシャドーAIへの対策をとれていないと報じられました。RIZAPは特別に無防備だったわけではなく、多くの企業が同じ地雷の上に立っています。

会社用AIと私用AIは何が違うのか

最大の差は「入力が学習に使われるか」

個人向けの無料版やPlusプランでは、入力した内容がAIの改善(学習)に使われる場合があります。設定でオフにできますが、初期状態がオンになっていることも多く、気づかない人がほとんどです

一方、法人向けのプランは扱いが違います。

ChatGPTのTeam・Enterprise、ClaudeのTeam・Enterpriseでは、入力データを学習に使わないことが標準です。契約上そう定められているため、設定を触る必要がありません。

もう一つの差は「アカウントの持ち主」

私用アカウントの中身は、会社から見えません。何を入力したか、いつ消したか、誰も確認できないのです。今回のように「あとから調べる」ことが極めて難しくなります。

法人プランならアカウントの管理権限が会社側にあります。利用ログを追えますし、退職者のアカウントも止められます。

料金の目安は、ChatGPT Teamが1人あたり月30ドル(年間契約・最低2名から)です。Enterpriseは最低150名規模からの個別見積もりになります。

1人あたり月4,500円ほど。今回のような事故対応にかかる連絡・調査・信用回復のコストと比べれば、判断は難しくないはずです。

「禁止」だけでは解決しない

2023年、サムスン電子でも似た事故が起きました。社員が半導体関連のソースコードや社内会議の書き起こしをChatGPTに入力していたのです。

同社はいったん全面禁止に踏み切りました。しかし最終的には、社内専用のAIを構築する道へ進んでいます。

禁止するだけだと、社員は個人スマホやブラウザ拡張機能に逃げます。IT部門から見えないシャドーAIが、かえって増えるのです。

安全な公式の環境を用意し、そこへ人を集めるほうが結果的にリスクは下がります。

日本の企業が今すぐ確認すべきこと

法律上の義務は「1人でも」発生する

日本の個人情報保護法では、要配慮個人情報が漏れた場合、対象が1人であっても個人情報保護委員会への報告義務が生じます

通常の個人情報なら1,000人超が基準ですが、病歴などは人数に関係なく報告対象です。

報告の期限も決まっています。発覚からおおむね3〜5日以内に速報30日以内に確報を提出しなければなりません。本人への通知も必要です。

つまり「1件だけだから様子を見よう」という判断は、それ自体が法令違反になり得ます。

委託先まで責任範囲に入る

今回の構図をもう一度整理します。

データを預けたのは健康保険組合、扱ったのはRIZAP、流出させたのはその社員でした。個人情報保護法では、委託元にも委託先を適切に監督する義務があります

健保組合側も「委託先の情報管理体制と業務手順の見直し」を進めると表明しました。

業務を外部に出している企業にとって、これは他人事ではありません。契約書にAI利用に関する条項が入っているか、確認する価値があります。

3つの実務チェック

  • 公式の環境を用意する:法人プランを契約し、「ここを使ってください」と示す
  • 入れてはいけないデータを具体的に決める:「機密情報は禁止」では曖昧すぎます。「顧客名簿・健診結果・保険証番号は不可」と品目で書く
  • ログを見られるようにする:何が起きたかを後から追えなければ、報告書も書けません

よくある質問(FAQ)

Q. 流出した情報が第三者に見られた可能性はありますか?

RIZAPは、AIサービス事業者以外の第三者に閲覧された可能性、およびAIの学習に利用された可能性はないことを確認したと説明しています。IHI健保も、9月1日にAIサービス側から学習に使われていないとの回答を得たと公表しました。ただし「サービス事業者のサーバーに一度渡った」という事実自体は消えません。

Q. 自分が対象かどうか、どうすればわかりますか?

IHIグループ健康保険組合の加入者で対象となった方には、9月4日から個別にメールが送られています。他の健保組合の加入者については、各団体との個別調整のうえ順次連絡が進められているとされています。心当たりがある場合は、加入している健保組合に問い合わせるのが確実です。

Q. 生成AIに社内の情報を入れるのは、すべて危険なのでしょうか?

いいえ。危険なのは「管理外のアカウントに、守るべきデータを入れること」です。会社が契約した法人プランであれば、入力内容は学習に使われず、ログも管理されます。問題はツールそのものではなく、使う環境にあります。

Q. 個人のChatGPTでも、学習をオフにすれば安全ですか?

学習オフは有効な設定ですが、それだけでは不十分です。アカウントが会社の管理下にないため、何を入力したかを会社が確認できません。事故が起きたときに調査も報告もできない点が、法人プランとの決定的な差になります。

Q. 中小企業でも法人プランは必要ですか?

顧客情報を扱うなら検討する価値があります。ChatGPT Teamは最低2名から契約でき、1人あたり月30ドルです。要配慮個人情報を扱う業種であれば、1人の漏えいでも報告義務が発生することを踏まえて判断してください。

まとめ

  • RIZAPの社員が私用の生成AIに顧客情報をアップロードし、2026年9月3日に公表された
  • 流出項目には氏名・保険証記号番号に加え、高血圧症・糖尿病・脂質異常症といった疾患情報が含まれた
  • IHIグループ健康保険組合の公表では対象210人。RIZAP全体の件数は非公表
  • 原因は、会社が把握していないAIを業務に使う「シャドーAI」
  • 要配慮個人情報は1人の漏えいでも個人情報保護委員会への報告義務がある
  • 法人プランなら入力は学習に使われず、ログも追える。禁止より「安全な受け皿の用意」が有効

まずは自社で「どのAIを、誰が、何のために使っているか」を洗い出すことから始めてみてください。見えていないものは、守れません。

参考文献