- 米カリフォルニア州のシャスタ山で、Geminiを使って計画を立てた3人の登山者が遭難し救助された
- 保安官事務所は「必要量よりはるかに少ない食料と水を助言された」と公式に発表した
- 3人は午前3時に出発し、推奨の折り返し時刻を7時間も過ぎた午後7時に登頂していた
- AIによる登山計画の事故は初めてではなく、2025年にもカナダで同種の救助が起きている
- 日本の山岳遭難は2025年に3623人と過去最多。他人事ではない理由を解説する
AIに旅行の計画を立ててもらったこと、ありませんか。「2泊3日のおすすめプラン」くらいなら便利です。でも、その相手が標高4322メートルの雪山だったらどうでしょう。実際にそれを試した3人が、真っ暗な谷で一夜を明かすことになりました。
シャスタ山で何が起きたのか
舞台は米カリフォルニア州北部にあるシャスタ山(Mount Shasta)です。標高14,179フィート、メートルに直すと約4322メートル。富士山より500メートル以上高い、氷河をまとった独立峰です。
遭難したのは、同州ローズビル在住の若い男性3人組でした。地元メディアはいずれも3人を「経験の浅い登山者」と伝えています。
午前3時出発、登頂は午後7時
3人はまず土曜日に、標高8,400フィート(約2560メートル)地点にキャンプを張りました。
翌日曜日の午前3時、デイパック(日帰り用の小さなリュック)だけを背負って山頂を目指します。ここが最初のつまずきでした。
シャスタ山には「正午までに山頂に着けなければ引き返す」という、登山者の間で共有された折り返しの目安があります。午後の雪はゆるんで崩れやすく、落石も増えるからです。
3人が山頂に立ったのは午後7時。目安を7時間も過ぎていました。
暗闇の下山、そして負傷
あたりはすでに暗くなっていましたが、3人は下山を始めます。
下り始めて1時間ほどで、彼らは保安官事務所の通信指令室に電話をかけました。道が分からなくなったのです。
そのまま南面のマッドクリーク・キャニオンという谷に迷い込みます。さらに1人が転倒して膝を負傷し、3人はその場で動けなくなりました。
救助されたのは翌月曜日の朝です。米国森林局のクライミングレンジャー(山岳専門の管理官)が3人を発見し、応急処置をしました。シスキュー郡保安官事務所の捜索救助隊も出動しています。全員が無事に登山口まで戻りました。
Geminiの助言はどこが致命的だったのか
問題はここからです。救助後、3人は当局に対して、Googleの生成AI「Gemini」に頼って計画を立てたと認めました。
シスキュー郡保安官事務所は声明で、こう説明しています。
「彼らはGeminiから、グループに必要な量よりはるかに少ない食料と水を持つよう助言された。予定していた8時間の登りが数日がかりの試練になったときは、なおさらだった」
「8時間」という見積もりが全てを狂わせた
ここに事故の構造が見えます。
Geminiの見積もりは「登り8時間」。この数字自体は、経験者が好条件で登る場合ならおかしくありません。
問題は、装備の量がその見積もりに引きずられたことです。8時間で降りてくる前提なら、水も行動食も少なくて済みます。
ところが実際には、登りだけで16時間かかりました。そこから暗闇の下山と、谷でのビバーク(緊急野営)が加わります。
つまり「計画どおりに進まなかったとき」の余裕が、装備から丸ごと抜け落ちていたわけです。山では、この余裕こそが命綱になります。
保安官事務所の呼びかけ
保安官事務所は、今後の登山者に向けてこう呼びかけました。
- 出発前に、地元の米国森林局シャスタ山レンジャーステーションに電話し、最新で正確な情報を確認すること
- 旅程の計画をAIだけに頼らないこと
公的機関が名指しで「AIだけに頼るな」と発表した事例として、この一件は記録に残ることになりました。
なぜ生成AIは登山計画に弱いのか
Geminiが意地悪をしたわけではありません。生成AIの仕組み上、山の計画は最も苦手な部類に入ります。理由は3つあります。
1. AIは「平均的な答え」を返す
生成AIは、学習した大量の文章から「もっともらしい続き」を作る仕組みです。
「シャスタ山の所要時間は?」と聞けば、ネット上に多く書かれた標準的な数字が返ってきます。
でも山の所要時間は、その人の体力・雪の状態・当日の風で倍以上変わります。AIが返すのは、あなたの数字ではなく平均値です。
2. リアルタイムの山の状況を知らない
今週その斜面に雪が残っているか。落石で登山道が閉鎖されていないか。午後から雷雨になるか。
こうした情報は刻々と変わります。カナダの救助団体も、AIツールは積雪・地形の難しさ・変化する天候を勘定に入れられないと警告しています。
3. 断言する口調が信頼を生んでしまう
これが一番やっかいかもしれません。
生成AIは「たぶん」「自信はありませんが」とはあまり言いません。水1リットルと言われれば、根拠のある数字に聞こえます。
Google自身、Geminiの画面に「回答には不正確な内容が含まれる場合があります」という注意書きを出しています。ハルシネーション(AIが事実でないことを事実のように答えてしまう現象)は、Googleも公式に認めている性質です。
ただ、その注意書きを読んだうえで水の量を半分に減らす人は、まずいません。
前例はあった|AI任せの遭難は続いている
実は、今回が初めてではありません。
カナダ・アンネセサリー山の2人
2025年5月、カナダ・ブリティッシュコロンビア州のアンネセサリー山で、2人の登山者が救助されました。
2人はChatGPTとGoogleマップを使って登る山を選びました。ところが現地には雪が残っていたのです。
彼らが履いていたのは、靴底が平らな普通の靴でした。途中で無理だと気づいて引き返しますが、下りで足元が定まらなくなり、ライオンズベイ捜索救助隊を呼ぶことになります。
同隊はこのとき、チャットボットやアプリは「山岳地帯のナビゲーションに最適とは限らない」と注意を促しました。
Googleマップの所要時間を信じた別のケース
同じライオンズベイ捜索救助隊は、Googleマップを印刷してハウサウンド・クレスト・トレイルに入った登山者の救助も経験しています。
印刷された所要時間は、実際にかかる時間の半分未満でした。
地図アプリの「徒歩○時間」は、平坦な舗装路を歩く前提で計算されることがあります。標高差1000メートルの尾根道に、その数字をあてはめてはいけません。
36%の旅行者がAIを当てにしている
この流れは加速しています。
2026年3月に発表された調査会社Global Rescueの調査では、旅行者の36%が旅行計画にAIが関わることを期待しているという結果が出ました。3人に1人以上です。
AIを使うこと自体が悪いのではありません。使いどころを間違えた人の絶対数が、これから増えていくということです。
登山アプリと生成AI、何が違うのか
「じゃあ何を使えばいいの?」という話になります。ここが一番実用的なポイントです。
登山専用アプリは「実際に歩いた記録」でできている
国内にはYAMAPとヤマレコという2大アプリがあります。YAMAPは国内の登山アプリ利用者の約7割を占めるとされています。
この2つが生成AIと決定的に違うのは、データの出どころです。
YAMAPには、実際にその山を歩いた人の活動日記・写真・コメントが毎日投稿されます。「先週の時点で7合目から雪」といった情報が、写真つきで手に入ります。
ヤマレコには「みんなの足あと」機能があり、地図上に実際の通過軌跡が重なって表示されます。整備されていない道でもルートを確かめやすいのが強みです。プレミアム会員は年4,900円で、登山届が「コンパス」に自動提出されます。
登山届の提出は、遭難時に捜索範囲を絞り込む決定打になります。生成AIとの会話では、誰もあなたの入山を知りません。
3つのツールの役割分担
- 生成AI(Gemini・ChatGPTなど):山の候補を挙げる、装備リストの叩き台を作る、専門用語を解説してもらう。ここまでは得意
- 登山アプリ(YAMAP・ヤマレコ):地図、コースタイム、直近の現地状況、GPS現在地、登山届の提出。計画の本体はここで作る
- 公的機関(レンジャー・自治体・山小屋):登山道の通行止め、残雪、クマ情報。最終確認はここ
今回の3人に足りなかったのは、下の2段でした。
日本の山で同じことは起きるか
「アメリカの4000メートル峰の話でしょ」と思われるかもしれません。残念ながら、日本のほうが条件は悪いくらいです。
遭難者数は過去最多を更新中
警察庁の統計によると、2025年の山岳遭難者数は3623人で過去最多となりました。発生件数は3122件、死者・行方不明者は332人、負傷者は1480人です。
都道府県別では長野県が358件で最多、次いで北海道199件、山梨県192件と続きます。
さらに注目すべきは訪日外国人です。外国人の遭難は174件・246人で、統計を取り始めた2018年以降で最多を記録しました。
日本語の山小屋情報も登山道の看板も読めない旅行者が、英語のチャットボットに「Mt. Fuji, best route」と尋ねる。その光景は、もう珍しくありません。
日本の山は「低い=安全」ではない
日本の山は標高こそ控えめですが、天候の変化が速く、樹林帯を抜けると逃げ場がありません。
ある会社員が、金曜の夜に「日曜に登れる関東の山」をAIに聞いたとします。返ってきたのは標高1500メートル台の人気の山。所要時間は往復6時間。数字だけ見れば余裕です。
ところが実際には、前週の大雨で沢沿いの橋が流されていました。この情報が載っているのは、AIの学習データではなく、その山を歩いた人が一昨日アップした活動日記のほうです。
AIを安全に使う3つのルール
使うなと言いたいわけではありません。順番の問題です。
- 数字は必ず二重で確認する:所要時間・水の量・装備は、AIの答えを登山アプリのコースタイムや山小屋の公式情報と突き合わせる
- 安全側に倒す:水も食料も、AIが言った量の1.5倍を持つ。行動時間は1.5倍で見積もる。「計画どおりに行かなかった日」の自分に渡す保険です
- 最新情報は必ず人に聞く:残雪、通行止め、クマ。ここだけは山小屋や自治体、レンジャーに直接確認する
今回の3人が保安官事務所から言われたのも、結局はこの3つ目でした。
よくある質問(FAQ)
Q1. Geminiが悪いのですか? Googleに責任はありますか?
Googleは、Geminiの画面に「回答には不正確な内容が含まれる場合がある」という注意書きを表示しています。この件についてGoogleのコメントは報じられていません。法的責任がどうなるかは今後の議論ですが、少なくとも現時点では、人命に関わる判断をAIに任せた側のリスクとして扱われています。
Q2. ChatGPTなら正確なのですか?
いいえ。2025年5月のカナダの事例では、ChatGPTとGoogleマップを使った2人が救助されています。これはGeminiという特定製品の問題ではなく、生成AI全般の性質によるものです。
Q3. 登山にAIを使うのは全面的にダメですか?
そんなことはありません。装備リストの叩き台を作る、専門用語を調べる、初心者向けの山を何座か挙げてもらう。こうした「たたき台づくり」なら十分役に立ちます。危ないのは、AIの答えをそのまま最終決定にすることです。
Q4. 山でスマホの電波が入らない場合はどうすればいいですか?
生成AIは通信がなければ使えません。YAMAPやヤマレコは地図を事前にダウンロードしておけば、圏外でもGPSで現在地を表示できます。これが登山専用アプリを勧める実務的な理由です。紙の地図とコンパスも併せて持ちましょう。
Q5. 日帰り登山でも登山届は必要ですか?
必要です。今回の3人も、当初の計画は日帰りの山頂往復でした。それが二日がかりになりました。登山届は「予定どおりに帰れなかったとき」のためにあります。「コンパス」などのオンライン提出なら数分で終わります。
まとめ
- 米シャスタ山で、Geminiに登山計画を頼った3人が遭難し、翌朝に救助された
- 保安官事務所は「必要量よりはるかに少ない食料と水を助言された」と発表し、AIだけに頼らないよう呼びかけた
- 午前3時出発・午後7時登頂と、推奨の折り返し時刻を7時間超過していた
- 生成AIは平均値を返し、リアルタイムの現地状況を知らず、しかも断言口調で答える
- 2025年5月のカナダの事例など、AI任せの遭難はすでに複数起きている
- 日本でも2025年の遭難者は3623人と過去最多。訪日外国人の遭難も統計開始以来最多
次の休みに山へ行く予定があるなら、AIに聞いた所要時間と水の量を、YAMAPやヤマレコのコースタイムと今日のうちに突き合わせてみてください。
参考文献
- Hikers rescued after using Google Gemini for planning(TechCrunch, 2026年9月5日)
- Hikers rescued from California’s Mount Shasta after ascent planned with incorrect AI information(CBS Sacramento)
- B.C. search-and-rescue groups warn about relying on AI, apps(Times Colonist)
- 2025年の山岳遭難:遭難者数は3623人と過去最多に 死者・行方不明者は332人―警察庁(nippon.com)
- Gemini アプリの回答について(Gemini アプリ ヘルプ)