三菱UFJが11人月を1人月に|AIに業務知識を教えた方法

伊東雄歩
監修者 伊東 雄歩

株式会社ウォーカー CEO。東北大学卒。MENSA会員、JDLA認定講師、健全AI教育協会理事。生成AI×教育・学習科学を専門とし、2億円超のシステム開発プロジェクトを統括。

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  • 三菱UFJ銀行が業務標準化の工数を11人月から1人月へ、約9割削減した
  • 鍵は「オントロジー」と「ナレッジグラフ」で業務知識を構造化したこと
  • 社内AIがうまくいかない原因の46%は、AIではなく文書の不備にある
  • 三井住友・みずほとMUFGでは、生成AIの攻めどころが違う
  • 中小企業でも真似できる「言葉の統一」から始める3ステップを紹介

社内に生成AIを入れたのに、思ったような答えが返ってこない。そんな声をよく聞きます。

原因はAIの頭の悪さではありません。その会社だけの「当たり前」がAIに伝わっていないことです。三菱UFJ銀行は、この壁を正面から越えました。

11人月が1人月に 三菱UFJ銀行が明かした数字

まずは成果の数字から見ていきます。

三菱UFJ銀行は、業務標準化の作業にかかる手間を11人月から1人月へ、約9割削減したと公表しました。

「人月(にんげつ)」とは、1人が1カ月フルタイムで働く量のことです。11人月なら、1人でやると11カ月かかる仕事量になります。

この発表は、2026年6月25〜26日に開かれた「AWS Summit Japan 2026」での講演で明かされました。ITmediaが2026年8月21日に詳細を報じています。

削減の内訳

削減された工程は、業務手順を整理するフローチャート作成まわりです。

  • フローチャートの作成:10人月 → 0.5人月
  • 他部門との比較:0.5人月 → 0.25人月
  • 修正作業:0.5人月 → 0.25人月
  • 関係者との協議:1〜2人月(ここは変わらず)

注目したいのは、最後の「関係者との協議」が減っていない点です。

人と人が話し合って決める部分は、AIに任せていません。減ったのは、手を動かす作業だけです。ここが現実的で信頼できるところだと感じます。

そもそも業務標準化は、なぜあれほど大変なのか

三菱UFJ銀行は30カ国に拠点を持ち、3000人を超えるスタッフがシステムに関わる規模です。

拠点が増えれば、やり方も増えます。東京とロンドンで、同じ名前の業務なのに手順が微妙に違う。よくある話です。

標準化の担当者は、こんな作業を延々と繰り返します。

  • 分厚い手順書を最初から読み込む
  • 業務の流れをフローチャートに描き起こす
  • 他の部門のフローチャートと並べて見比べる
  • 違っている箇所を見つけ、なぜ違うのか担当者に聞く

ちなみに、この「読んで描いて見比べる」部分が全体の大半を占めていました。だからこそ、AIが効いたわけです。

本当の敵は「書かれていない知識」

もっと厄介な問題があります。手順書に書かれていない知識です。

「この承認は形式上あるけど、実際は課長が口頭でOKすれば通る」。こうしたルールは、どの会社にもあります。

これを暗黙知(あんもくち)と呼びます。ベテランの頭の中にはあるのに、どこにも書かれていない知識のことです。

ベテランが定年で去る日、この知識も一緒に消えます。AIに教えたくても、教える材料がそもそも存在しません。

AIに業務知識を教えた仕組み「オントロジー」と「ナレッジグラフ」

三菱UFJ銀行が使ったのが、AWS(アマゾンのクラウドサービス)から提案された2つの技術です。

ナレッジグラフ=知識の地図

ナレッジグラフは、情報を「点」と「線」でつないだ地図のようなものです。

点のことをノード、線のことをエッジと呼びます。

たとえば「請求書」という点と「経理部」という点を、「承認する」という線でつなぎます。さらに「経理部」と「課長」を「所属する」という線でつなぎます。

こうして、業務の関係性がまるごと地図になります。文章で読むより、AIにとってずっと扱いやすい形です。

オントロジー=地図の設計図

ただし、地図を好き勝手に描くと収拾がつきません。ある部門は「請求書」、別の部門は「インボイス」と書いてしまいます。

そこで登場するのがオントロジーです。「使ってよい言葉」と「つないでよい関係」をあらかじめ決めておく、共通の辞書だと考えてください。

オントロジーが設計図を決め、ナレッジグラフが実際のデータを持つ。この役割分担が肝になります。

結果として、生成AIは細かい指示を出さなくても、似たパターンの業務を自分で見つけられるようになりました。

RAGだけでは足りない 失敗原因の46%は「文書」

社内AIの定番といえばRAG(ラグ)です。社内文書をAIに検索させて、その内容をもとに答えさせる仕組みを指します。

ところが、RAGを入れても評価が低いままの企業は少なくありません。

キヤノンITソリューションズの分析によれば、RAGがうまくいかない原因の内訳はこうです。

  • 文書の不備や不足:46%
  • 検索精度の低さ:42%
  • 生成AI自体の性能:12%

AIのせいはたった12%でした。残りの88%は、渡す側の問題だったわけです。

そして暗黙知は、文書になっていないので検索対象にすらなりません。ここを飛ばしてAIを導入しても、成果は出ないということです。

三菱UFJ銀行がオントロジーから手をつけたのは、この順番を間違えなかったからだと言えます。

三井住友・みずほとの違い メガバンク3行の攻めどころ

他のメガバンクも生成AIに本腰を入れています。ただし、力を入れている場所が違います。

三井住友銀行:全行員に配って使わせる

三井住友銀行はOpenAIと戦略的提携を結び、2026年1月からChatGPT Enterpriseを約3万5000人の全行員に本格導入しました。

さらに2026年2月25日には、生成AIが24時間365日で電話対応する「SMBC AIオペレーター」の提供を始めています。日本総研・日本IBMとの共同開発です。

みずほ:特定業務に深く刺す

みずほ信託銀行は、株主総会に寄せられる大量の個人株主コメントを生成AIで分析しています。

これまでは人が1件ずつ読んで分類していた作業です。傾向分析と要約をAIに任せることで、負担を大きく減らしました。

三菱UFJ:知識の土台をつくる

三菱UFJ銀行も、社内AI「AI-bow(アイボウ)」を約4万人が使う体制をすでに持っています。生成AI関連には600億円規模の投資を決めています。

その上で今回取り組んだのは、AIに何を知らせるかという土台の部分でした。

配る・刺す・土台をつくる。3行はそれぞれ違う段階を攻めています。派手さでは劣りますが、土台づくりは後から効いてくる投資です。

日本企業が真似するには まず言葉をそろえる

「うちは30カ国もないし、600億円も出せない」と思ったかもしれません。

ですが、この事例の本質はお金ではありません。順番です。

よくある失敗の風景

ある中小企業の経理担当者を想像してみてください。月末、数百件の請求書を1件ずつ確認しています。

そこにAIを導入することになりました。過去の処理履歴をまとめてAIに読ませます。

しかし営業部は「見積書」、経理部は「請求前資料」と呼んでいました。AIは同じ書類だと気づけません。結果、答えがちぐはぐになります。

この会社に足りなかったのはAIの性能ではなく、共通の辞書でした。

明日から始められる3ステップ

  1. 言葉をそろえる:部門ごとに違う呼び名を洗い出し、正式名称を1つ決める
  2. 関係を書き出す:「誰が」「何を」「どうする」の形で業務を1行ずつ書く
  3. 暗黙知を拾う:ベテランに「手順書に書いてない判断」を聞き、その場で追記する

3番目がいちばん価値があります。人が辞める前にしかできない作業だからです。

ツール選びは、その後で構いません。

今後のスケジュールと注意点

三菱UFJ銀行の取り組みは、まだ途中です。

2024年に試験的な運用を始め、2025年にかけて品質を高めてきました。2026年3月にはユーザー受け入れテスト(UAT/実際の利用者が使って確認する工程)を実施し、その後さらに生成AIの機能を広げていく計画です。

今後は、新しいシステムを作るときや、M&A(企業の合併・買収)で業務を統合するときにも、この仕組みを使うとされています。

一方で、最終確認は人が行う運用を続けています。完全自動化はしていません。金融という間違いが許されない業界で、この線引きは重要です。

よくある質問(FAQ)

Q1. オントロジーとナレッジグラフは何が違うのですか?

オントロジーは「どんな言葉と関係を使ってよいか」を決めるルール集です。ナレッジグラフは、そのルールに沿って実際のデータを点と線でつないだものになります。設計図と建物の関係に近いです。

Q2. RAGはもう古いのでしょうか?

いいえ、今も主力です。ただしRAGは文書を検索する仕組みなので、文書が整っていないと力を発揮できません。ナレッジグラフと組み合わせる「GraphRAG(グラフラグ)」という手法も広がっています。

Q3. 小さな会社でもナレッジグラフは作れますか?

作れます。専用ツールを買わなくても、表計算ソフトで「誰が・何を・どうする」の3列を埋めるだけで出発点になります。まずは主要な業務10件程度から始めるのが現実的です。

Q4. AIに業務を任せると、人の仕事はなくなりますか?

今回の事例では、関係者との協議にかかる1〜2人月は減っていません。判断や合意形成は人が担っています。減ったのは資料を作る手作業の部分です。

Q5. 導入にはどれくらいの期間がかかりますか?

三菱UFJ銀行の場合、試行開始から本格テストまで約2年かかっています。規模によりますが、いきなり全社展開を狙わず、1部門で試すところから始めるのが安全です。

まとめ

  • 三菱UFJ銀行は業務標準化の工数を11人月から1人月へ、約9割削減した
  • 削減できたのは作業部分だけで、関係者との協議は人が担い続けている
  • 鍵はオントロジー(言葉のルール)とナレッジグラフ(知識の地図)
  • 社内AIが失敗する原因の46%は文書の不備で、AI自体のせいは12%だけ
  • 三井住友は全行員展開、みずほは特定業務、三菱UFJは知識の土台と方向が違う
  • 規模が小さくても「言葉をそろえる」ところから同じ効果が狙える

まずは自社で呼び名がバラバラになっている書類を3つ探し、正式名称を決めるところから始めてみてください。

参考文献