- 法務省の検討会が2026年7月27日、「人の声も肖像と同じく権利保護の対象になる」と明記した報告書案を大筋で了承しました
- パブリシティ権の侵害が認められれば、損害賠償の請求と投稿の削除請求ができます
- 人間による「ものまね・声まね」は原則セーフ、本人の声を元にしたAI生成はアウト、という線引きが示されました
- 根拠になったのは2012年のピンク・レディー事件という最高裁判決の考え方です
- 正式な報告書は2026年8月に公表される予定で、企業のAI音声利用にも実務上の影響が出ます
好きな声優さんの声で、本人が歌っていない曲がSNSに流れている——そんな動画を見かけたことはありませんか。日本にはこれまで「声の権利」を定めた法律がなく、裁判所の判断例もありませんでした。その空白に、ついに国が答えを出します。
法務省が「声も権利」と明記した
2026年7月27日、法務省の有識者検討会が報告書案を大筋で了承しました。
この検討会の正式名称は「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会」です。2026年4月24日に初会合を開き、7月27日の第5回で議論をまとめました。約3か月というスピード審議です。
報告書案の一番大きなポイントはここです。
「人の声も、名前や容姿と同じように個人の人格を象徴するものであり、みだりに利用されない権利とパブリシティ権による保護の対象になる」
つまり、声は「なんとなく守られたらいいもの」ではなく、はっきりと法的保護の対象だと国が認めたわけです。
民事責任(お金や差し止めで解決する、国民どうしのトラブルのルール)の観点から整理されたので、被害を受けた人が自分で動ける根拠になります。
請求できるのは「お金」と「削除」の2つ
パブリシティ権の侵害が認められた場合、被害者は次の2つを求められます。
- 損害賠償の請求——無断で使われたことによる損害をお金で埋めてもらう
- 投稿の削除請求——SNSなどに上がっている音源や動画を消してもらう
これまでは「たぶん違法だと思うけれど、どの法律を根拠に何を請求すればいいのかわからない」という状態でした。
今回の整理で、弁護士に相談したときの出発点がはっきりします。
報告書の正式な公表は2026年8月の予定です。有識者の意見を反映したうえで公開されます。
なぜ今なのか 声優が受けてきた被害
この動きの背景には、声優業界からの強い訴えがあります。
AIの音声合成技術がここ数年で急激に進歩しました。数十秒の音声サンプルがあれば、その人そっくりの声で好きなセリフを話させることができます。
技術そのものは便利です。問題は「本人の許可なく」使われるケースが激増したことでした。
声優26人が立ち上げた「NOMORE無断生成AI」
日本俳優連合と日本音声製作者連盟を母体に、声優26人が参加する運動が始まっています。
山寺宏一さん、梶裕貴さん、福山潤さん、池水通洋さんら、名前を聞けば誰もが知る顔ぶれです。
彼らが掲げるメッセージは、実はとてもシンプルでした。
「AIを否定しているわけではない。無断利用にNOと言っているだけ」
声優業界のなかにもAIへの意見は多様にあります。それでも全員が一致したのが「勝手に使うのはやめてほしい」という一点でした。
日俳連はさらに「J-VOX-PRO」という声のデータベースも立ち上げています。実演家ひとりひとりが「自分の声をAIに使っていいか」を意思表示して登録し、音声には電子透かし(データに埋め込む見えない目印)を入れて不正利用を防ぐ仕組みです。
実際に起きていること
被害の形はいくつかのパターンに分かれます。
ひとつは収益化型です。人気アニメキャラの声にそっくりな音源で流行曲を歌わせ、SNSに投稿して広告収入を得るケース。再生数が伸びるほど、投稿者にお金が入ります。
もうひとつはなりすまし型。本人が言っていない発言を本人の声でしゃべらせ、あたかも本当の発言のように拡散させるケースです。
さらに深刻なのが商用無断利用型で、企業のナレーションや商品広告に、許諾のないAI音声が使われるケースもあります。
どれも共通しているのは、声の持ち主が一円も受け取っていないのに、その声が持つ「人を惹きつける力」だけが使われているという点です。
パブリシティ権とは何か 14年前の最高裁判決から
今回の報告書案が根拠にしたのは、実は新しい法律ではありません。
2012年2月2日の最高裁判決、通称「ピンク・レディー事件」の考え方です。
この裁判では、女性デュオ「ピンク・レディー」の写真14枚が、本人たちの許可なく雑誌記事に使われました。記事のテーマは「ピンク・レディーの振り付けで痩せる」というダイエット特集でした。
最高裁はこのとき、パブリシティ権について初めて基準を示しました。
「顧客吸引力」がカギ
パブリシティ権とは、著名人の名前や姿が持つ顧客吸引力(お客さんを引き寄せる力)を、本人が独占的にコントロールできる権利のことです。
最高裁は、次の3つのどれかに当てはまり、その力を利用することが主な目的なら侵害になると整理しました。
- 肖像そのものを鑑賞の対象として商品にする(ブロマイドなど)
- 商品を差別化するために肖像を付ける(グッズなど)
- 商品の広告として肖像を使う
ちなみにピンク・レディー事件そのものは、記事内の写真は「記事の内容を補うもの」と判断され、原告の請求は認められませんでした。
今回の検討会は、この14年前の枠組みが「声」にもそのまま当てはまると確認したわけです。
新しい法律を作らずに、既存の判例の解釈を広げて対応する。これがスピード感につながりました。
ものまねはセーフ、AIクローンはアウト
ここが今回の報告書案でもっとも実務的に重要な部分です。
「声が守られる」となると、心配になる人がいます。テレビでよく見るものまね芸人はどうなるのでしょうか。
報告書案は、この点をはっきり切り分けました。
人間によるものまね・声まねは、原則として権利侵害にあたらない
理由は、ものまねが「その人の声そのもの」ではなく、演者自身の技術による表現だからです。
一方で、本人の声を元にAIで無断生成する行為は、まったく別の扱いになります。本人の声のデータそのものを材料にしているためです。
具体例で示された「アウト」のライン
検討会は、こんなケースを侵害の例として確認しました。
声優が演じるアニメキャラクターによく似た声で楽曲を歌う音源をAIで生成し、SNSに公開して収益を得る——このパターンは、一定の条件のもとでパブリシティ権の侵害にあたるとされています。
「一定の条件のもとで」という言い回しには注意が必要です。すべてのAI音声が自動的に違法になるわけではありません。
ポイントになるのは顧客吸引力を利用することが主な目的かどうかです。その声だから人が集まる、その声だから再生数が伸びる——そういう使い方が問題視されます。
個人が家の中で楽しむだけの生成物と、収益化して公開する生成物では、評価が大きく変わると考えられます。
海外はどう対応しているか
「声の権利」は世界的なテーマです。各国のアプローチを比べると、日本の位置づけが見えてきます。
アメリカ・テネシー州「ELVIS Act」
2024年7月1日に施行された、世界で最初に声を正面から守った法律です。
正式名称はEnsuring Likeness Voice and Image Security Act。エルビス・プレスリーゆかりの州らしいネーミングです。
この法律の特徴は、保護対象の「声」を本人の実際の声だけでなく本人の声のシミュレーション(模倣)まで含めて広く定義した点にあります。日本の今回の整理より踏み込んだ書き方です。
その後、カリフォルニア州、ニューヨーク州、テキサス州、イリノイ州でも同様の州法が導入・強化されています。
アメリカ連邦「NO FAKES Act」
州ごとにバラバラなルールを、国全体で統一しようという動きです。
正式名称はNurture Originals, Foster Art, and Keep Entertainment Safe Act。2026年6月18日、米上院司法委員会が全会一致で可決しました。
この法案は、誰もが自分の声や姿のデジタル複製をコントロールできる新しい連邦の知的財産権を作ろうとしています。無断のデジタル複製を作った人だけでなく、配布した企業にも責任を負わせる設計です。
デンマークは著作権法で守る
2025年夏、デンマーク政府はまったく違う方法を打ち出して世界の注目を集めました。
人の外見や声といった個人の特徴を、著作権法で保護しようという発想です。つまり「あなたの顔と声は、あなたの著作物のようなもの」という考え方になります。
日本の立ち位置
整理すると、大きく3つの道があります。
- 新しい専用法を作る——米テネシー州、米連邦法案
- 既存の著作権法を広げる——デンマーク
- 既存の判例解釈を広げる——日本
日本が選んだのは3番目、いちばん早く動ける方法でした。立法を待たずに実務が回り始めるメリットがあります。
ただし裏返せば、罰則のある刑事規制ではなく民事の話にとどまる点は理解しておく必要があります。被害者が自分で請求しなければ、何も起きません。
日本の企業と個人にどう影響するか
この報告書は、声優さんだけの話ではありません。身近な場面で影響が出ます。
企業のナレーション制作
ある中小企業の広報担当者が、商品紹介動画を作る場面を考えてみましょう。
ナレーターに依頼すると費用がかかるので、AI音声サービスで済ませようと考えます。ここまでは何も問題ありません。
問題になるのは、「有名声優っぽい声」を選んだときです。そのAI音声が本人の音声データを無断学習して作られていた場合、それを使った企業側もリスクを負う可能性があります。
これからのAI音声選びでは、「その声はどうやって作られたのか」を確認する手間が必要になります。学習元の許諾が明示されているサービスを選ぶことが、実務上の防衛策になります。
動画クリエイターとSNS投稿者
個人でYouTubeやTikTokに投稿している人にも関係します。
推しキャラの声で好きな曲を歌わせた動画を上げて、それが伸びて収益化される。楽しさから始まった行為が、いつのまにか顧客吸引力の利用という評価を受けかねません。
削除請求が来れば動画は消えます。悪質と判断されれば損害賠償の対象にもなります。
声を仕事にしている人
ナレーター、YouTuber、ポッドキャスト配信者、講師など、声で仕事をしている人にとっては前向きな整理です。
これまで「なんとなく気持ち悪い」で終わっていた無断利用に、対抗する法的な足がかりができました。
実は、パブリシティ権は基本的に著名人の顧客吸引力を守る権利です。一般の人がそのまま同じ主張をできるとは限りません。ただし報告書案には「みだりに利用されない権利」という人格権的な整理も含まれており、こちらは著名人以外にも及びうると考えられます。
AI音声サービス事業者
国内では2026年2月に「にじボイス」がサービス終了を発表するなど、声の権利をめぐる整理が事業継続に直結する事例がすでに出ています。
今回の報告書は、事業者にとって「許諾のとれた声だけで勝負する」方向への圧力になります。J-VOX-PROのような意思表示データベースとの連携が、今後の標準になっていく可能性があります。
よくある質問(FAQ)
Q1. 声の権利を守る新しい法律ができるのですか?
今回は新法ではありません。2012年のピンク・レディー事件最高裁判決の考え方を「声」にも当てはめる、という解釈の整理です。報告書という形で示され、2026年8月に正式公表される予定です。
Q2. ものまね芸人は活動できなくなりますか?
いいえ。人間によるものまね・声まねは原則として権利侵害にあたらないと明記されました。演者自身の技術による表現だからです。本人の声データを元にAIで生成する行為とは、はっきり区別されています。
Q3. 一般人の声も守られますか?
パブリシティ権は主に著名人の顧客吸引力を守る権利なので、そのままの形で一般の人に及ぶとは限りません。ただし報告書案は「みだりに利用されない権利」にも触れており、こちらは人格権として広く働きうるものです。実際の判断は今後の裁判例の積み重ね次第になります。
Q4. 自分の声が無断でAI利用されたら、どうすればいいですか?
まず証拠を残すことが大切です。投稿URL、スクリーンショット、音源そのもの、投稿日時を保存してください。そのうえでプラットフォームの削除申請を出し、並行して弁護士に相談するのが現実的な流れです。今回の報告書は、その相談の場で使える根拠になります。
Q5. AI音声サービスを仕事で使うのは危険ですか?
すべてが危険なわけではありません。学習元の音声について許諾が明示されているサービスを選べば問題は起きにくくなります。逆に「有名人そっくりの声」を売りにしているサービスは、その声の許諾状況を確認せずに使うべきではありません。
まとめ
- 法務省の検討会が2026年7月27日、「人の声も肖像と同様に権利保護の対象になる」と明記した報告書案を大筋了承しました
- パブリシティ権の侵害が認められれば、損害賠償と投稿の削除を請求できます
- 根拠は2012年2月2日のピンク・レディー事件最高裁判決の「顧客吸引力」の枠組みです
- 人間のものまね・声まねは原則セーフ、本人の声を元にしたAI無断生成はアウトという線引きが示されました
- 米ELVIS Act・NO FAKES Actは新法、デンマークは著作権法、日本は既存判例の解釈拡張という違いがあります
- 企業のナレーション制作やSNS投稿にも実務的な影響が及びます
- 正式な報告書の公表は2026年8月の予定です
まずは、自社や自分が使っているAI音声サービスについて、学習元の音声に許諾があるかどうかを確認してみてください。それが今日からできるいちばん確実な対策です。
参考文献
- 「声」に権利、損害賠償も 生成AIでの無断利用―法務省指針(時事ドットコム)
- 肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会(法務省)
- AIで無断利用、「声」の権利保護を明記へ 法務省が指針案(日本経済新聞)
- NOMORE無断生成AI(日本俳優連合・日本音声製作者連盟)
- Senate Committee Advances Bill to Protect Name, Image, Likeness and Voice Against Unauthorized AI Use(Holland & Knight)
- ピンク・レディー事件最高裁判決 ~著名人の写真利用とパブリシティ権を考える(骨董通り法律事務所)


