医療AIの6割が薬を取り違え|何が問題?

伊東雄歩
監修者 伊東 雄歩

株式会社ウォーカー CEO。東北大学卒。MENSA会員、JDLA認定講師、健全AI教育協会理事。生成AI×教育・学習科学を専門とし、2億円超のシステム開発プロジェクトを統括。

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  • カナダ・オンタリオ州が承認した医療AI「AIスクライブ」20システムのうち、約6割が処方された薬と違う薬をカルテに記録していた
  • 17システムは患者のメンタルヘルスに関する重要情報を見落とし、9システムは録音にない治療提案を「捏造」していた
  • 州の業者審査では記録の正確さの配点がわずか4%しかなく、精度ゼロでも合格できる仕組みだった
  • 日本でも2026年から病院でのAIカルテ下書き導入が本格化し、診療報酬改定も後押ししている
  • カギは「医師による最終確認」。AIに任せきりにしない運用が患者を守る

あなたが病院でもらった薬の名前が、知らないうちに別の薬に書き換えられていたら、どう感じますか?そんな不安な話が、いま現実になりつつあります。

カナダの政府調査で、医療現場のAIが薬を取り違え、診察で話していない症状まで記録していたことがわかりました。何が起きたのか、そして日本の私たちに関係あるのかを、やさしく解説します。

何が起きた?カナダの調査が暴いた医療AIの実態

2026年5月、カナダ・オンタリオ州の監査総長事務所(Office of the Auditor General of Ontario)が、ある調査結果を公表しました。

調べたのは「AIスクライブ」という医療AIです。これは医師と患者の会話をその場で聞き取り、自動でカルテ(診療記録)の下書きを作ってくれるAIのことです。

医師の入力作業を減らせるため、近年世界中で導入が進んでいます。オンタリオ州も20種類のシステムを「承認済み」として医師に提供していました。

監査総長は、その20システムに模擬の診察録音を2回ずつ聞かせ、正しくカルテを作れるかをテストしました。結果は深刻でした。

20システムのうち12システム(約6割)が、実際に処方された薬とは別の薬を記録していたのです。

たとえば、医師が患者にある痛み止めを処方したとします。ところがAIは、まったく別の薬の名前をカルテに書き込んでしまう。こうしたミスが半数を超えるシステムで起きていました。

薬の取り違えは、患者の命に直結する重大なミスです。それが「州が承認したAI」で多発していた事実は、医療界に大きな衝撃を与えました。

なぜAIは存在しない薬や症状を「書いて」しまうのか

ハルシネーションという落とし穴

原因のひとつが「ハルシネーション」です。これはAIが、もっともらしいウソを事実のように出力してしまう現象を指します。

AIは会話を「録音そのまま」記録しているわけではありません。内容を理解して、要約・整理しながら文章を作ります。この「整理」の過程で、AIが勝手に話をふくらませてしまうことがあるのです。

つまり、便利さと引き換えに、AIが「気を利かせて」間違える危険を抱えているということです。

見落としと捏造はもっと深刻だった

調査では、薬の取り違え以外にも問題が見つかりました。

20システム中17システムが、患者のメンタルヘルスに関する重要な情報を見落としていました。心の不調のサインを医師が見逃せば、適切なケアにつながりません。

さらに9システムは、録音には一切なかった内容を「捏造」していました。たとえば「理学療法を紹介する」「血液検査をオーダーする」といった、医師が言っていない指示を勝手に書き加えていたのです。

中には「しこりは見つからなかった」「患者に不安症状がある」など、診察で話題にすらなっていない所見を記録した例もありました。これでは、何が本当の診察内容なのかわからなくなってしまいます。

評価プロセスにあった落とし穴 — 精度の配点はたった4%

なぜ、こんなにミスの多いAIが「承認済み」になっていたのでしょうか。報告書は、州の業者選び(調達)の仕組みそのものに問題があったと指摘しています。

業者を採点するとき、カルテの正確さに割り当てられた配点は、わずか4%でした。一方で「オンタリオ州内に拠点があるか」が最大の30%を占めていたのです。

その結果、システムのセキュリティ、偏り(バイアス)対策、記録の正確さがすべて0点でも、最低ラインさえ超えれば「承認業者」になれてしまう設計になっていました。

安全性よりも「地元企業かどうか」が優先される。これでは、精度の低いAIが現場に入り込むのも当然と言えます。

監査総長は次のような改善を勧告しました。

  • 第三者による独立した性能検証を行うこと
  • 医師が内容を確認し、署名する仕組みを必須にすること
  • 導入後も継続的に監視し、毎年外部監査を入れること

州の調達機関はこれらの勧告に同意し、改善に取り組むと表明しています。

従来の診療記録とAIスクライブは何が違う?

そもそも、これまでの診療記録とAIスクライブは何が違うのでしょうか。3つのやり方を比べてみます。

  • 医師が自分で入力:正確さは高いが、入力に時間がかかり、医師の負担が大きい。診察より入力に追われ、燃え尽きる原因にもなる
  • 音声入力(ディクテーション):話した言葉をそのまま文字にする。解釈はしないので、間違いは少ないが、整理は人がやる必要がある
  • AIスクライブ:会話を聞いて、要約・整理して書く。手間は大きく減るが、AIが解釈する分だけ間違いも生まれやすい

AIスクライブの強みは、医師を入力作業から解放できることです。実際、医師の燃え尽き対策として期待が高まっています。

一方で弱点は、今回の調査が示したとおり「解釈の段階でミスが混ざる」ことです。便利さとリスクが、まさに表裏一体になっているのです。

日本の医療AI事情 — 私たちに関係あるの?

「カナダの話でしょ?」と思ったかもしれません。しかし、日本でも同じ流れが急速に進んでいます。

2026年1月、JCHO北海道病院が厚生労働省の事業として、AIによるカルテ下書きの実証を始めました。スマートフォンを音声入力端末にし、AI処理を院内のサーバーで完結させる仕組みで、国内初の試みです。

さらに2026年2月には、JCHO大阪病院が富士通Japanなどと協定を結び、2026年6月の本格運用を目指してプロジェクトを開始しました。

後押しとなっているのが、2026年度の診療報酬改定です。生成AIを使って退院時のまとめや診断書の原案を自動作成したり、音声入力を導入したりすると、医師の事務作業を補助する人員の配置基準が柔軟になります。AI活用が、病院の収入面でも評価される設計に変わり始めているのです。

実際の効果も出ています。あるクラウド版の検証では、再診患者50名を対象に、患者が入室してから次の患者が入るまでの時間が20%以上短くなりました。診察の効率が大きく上がったわけです。

ルール面では、日本には「3省2ガイドライン」や「AI事業者ガイドライン」、2025年成立の「AI推進法」があります。ただしAI推進法は理念を示す法律で、罰則はありません。

2026年4月には、IPA(情報処理推進機構)のAIセーフティ機関が「ヘルスケア領域におけるAIセーフティ評価観点ガイド」を策定しました。日本でも、安全に使うための物差し作りが本格的に動き出しています。

患者と医療現場が今からできること

では、私たちは何に気をつければよいのでしょうか。

医療現場で最も重要なのは「HITL(人間による最終確認)」です。AIが作った下書きを、医師が必ず読み返してから確定する。この一手間が、患者を守る最後の砦になります。AIに任せきりにしないことが大前提です。

患者側にもできることがあります。たとえば診察後、処方された薬の名前を自分でも確認し、お薬手帳と照らし合わせる習慣をつけることです。聞いた薬の名前と違っていれば、その場で薬剤師に確認できます。

ある高齢の患者さんが、いつもと違う名前の薬を受け取ったとします。「これ、前と違いますね?」と一言たずねるだけで、取り違えに気づける可能性があります。小さな確認が、大きな事故を防ぎます。

気になる人は、かかりつけの病院がAIをどう使っているか、医師にたずねてみてもよいでしょう。透明性を求める患者の声は、安全な運用を後押しします。

よくある質問(FAQ)

Q. AIスクライブは日本でも使われているのですか?
はい。2026年からJCHO北海道病院や大阪病院などで導入・実証が進んでいます。診療報酬改定も後押ししており、今後さらに広がる見込みです。

Q. AIが記録を間違えたら、誰の責任になりますか?
日本のガイドラインでは、AIを使う医療機関が責任を負う構図になっています。AIはあくまで補助で、最終的な確認と判断は医師が行うのが原則です。

Q. 患者として自衛する方法はありますか?
処方された薬の名前を自分で確認し、お薬手帳と照合するのが有効です。違和感があれば、その場で医師や薬剤師にたずねましょう。

Q. AIスクライブは使わない方がよいのですか?
そうとは限りません。医師の負担を減らし、診察時間を確保できる利点があります。問題は使い方で、人間の最終確認を組み込めばリスクは大きく下げられます。

Q. なぜカナダでは正確さの配点が4%しかなかったのですか?
州の調達基準が、安全性よりも「州内に拠点があるか」を重視していたためです。報告書はこの設計を問題視し、改善を勧告しています。

まとめ

  • カナダ・オンタリオ州の調査で、承認済み医療AIの約6割が薬を取り違えていた
  • メンタルヘルス情報の見落とし(17/20)や、録音にない内容の捏造(9/20)も発覚した
  • 原因はハルシネーションと、正確さの配点がわずか4%という審査制度の欠陥
  • 日本でも病院でのAIカルテ導入が本格化し、診療報酬改定が後押ししている
  • 安全のカギは「医師による最終確認」。AIに任せきりにしない運用が不可欠

AIは医療を便利にしますが、確認を省けば危険にもなります。次に病院へ行くときは、処方された薬の名前を一度自分の目で確かめてみてください。その小さな習慣が、あなた自身を守ります。

参考文献

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