謎の無料AIの正体は中国製|出力料金100分の1

伊東雄歩
監修者 伊東 雄歩

株式会社ウォーカー CEO。東北大学卒。MENSA会員、JDLA認定講師、健全AI教育協会理事。生成AI×教育・学習科学を専門とし、2億円超のシステム開発プロジェクトを統括。

taolis.net X note Voicy YouTube
  • 1週間だけ無名で公開された謎のAI「Ox Alpha」の正体は、中国Z.aiの「GLM-5.3-Flash」でした
  • 総パラメータ3200億のうち、実際に動くのは180億だけ。100万トークンの超長文も読めます
  • Terminal-Bench 2.1で84.3点。Claude Opus 4.8の85.0点に、あと0.7点まで迫りました
  • 出力料金は100万トークンあたり0.25ドル(約39円)。最上位モデルのおよそ100分の1です
  • MITライセンスでHugging Faceに公開。改変も商用利用も自由に行えます

名前も開発元もわからないAIが、たった6日で23兆トークンを処理して利用量1位になったら、あなたはどう思いますか。2026年8月、実際にそれが起きました。正体は中国Z.aiの新モデル「GLM-5.3-Flash」。しかも重み(AIの中身のデータ)が無料公開されています。何がそんなに驚かれたのか、順番に見ていきます。

6日で23兆トークン、謎のAI「Ox Alpha」騒動

ことの始まりは2026年8月20日ごろでした。

AIモデルの品揃えサイト「OpenRouter」と、コーディング支援ツール「OpenCode」に、「Ox Alpha」という見慣れない名前のAIが現れます。開発元の表示はありません。しかも、使用料が完全に0円でした。

こうした出し方をステルスモデル(開発元を伏せたまま試験公開すること)と呼びます。名前で色眼鏡をかけられずに、純粋な実力だけを評価してもらえるのが狙いです。

結果は誰の予想も超えました。8月20日から25日までの6日間で、Ox Alphaが処理したのは23.2兆トークン。OpenRouter上で2位だったモデルの、およそ2.3倍という数字です。

トークンは、AIが文章を読み書きするときの単位です。日本語ならおおむね1文字が1トークン前後にあたります。23兆トークンは、文庫本を何億冊も読み込ませたのに近い規模だと考えてください。

開発者たちが始めた「正体探し」

無料で高性能なら、当然みんな使います。

ある個人開発者は、金曜の深夜に自分のリポジトリ(プログラムの保管庫)のバグ修正をOx Alphaに投げ続けました。ふだんなら課金が怖くて1回で諦めるところを、無料だからと10回、20回とやり直させたそうです。そういう使い方をした人が世界中にいたわけです。

使い込むほど、正体への興味も膨らみます。開発者たちはトークナイザー(文章をトークンに切り分ける仕組み)の一致を調べ、エラーメッセージの文言を比べ、動画を読ませたときのトークンの癖まで照合しました。

ただし、これらは状況証拠にすぎません。決着がついたのは2026年8月26日。Z.aiが自ら「Ox Alphaはうちのモデルでした」と名乗り出たときでした。

正体はZ.ai「GLM-5.3-Flash」 3200億のうち動くのは180億だけ

Z.aiは中国のAI企業で、以前は智譜AI(Zhipu AI)と呼ばれていました。GLMシリーズを継続的に出している会社です。

公開されたGLM-5.3-Flashの中身を見ていきます。

「必要なところだけ動かす」設計

このモデルはMoE(Mixture of Experts、専門家混合)という方式を採っています。得意分野の違う小さなAIをたくさん用意しておいて、質問に応じて必要な数人だけを起こす仕組みです。

総パラメータ(AIが持つ知識の量に相当する数値)は3200億。ところが1トークンを処理するときに実際に働くのは180億だけです。

内部は45層構成で、288人いる「専門家」のうち毎回8人にだけ仕事が回ります。大企業の全社員に一斉に会議を開かせるのではなく、案件ごとに担当者を8人だけ呼ぶようなものです。だから速くて安く済みます。

100万トークンの文脈と、画像・動画への対応

学習に使われたのは30兆トークンのマルチモーダルデータです。文章だけでなく画像も含めて学ばせてあります。

そのため、テキストに加えて画像と動画も直接読み込めます。後付けの機能ではなく、最初からそう作られている点が特徴です。

扱える文脈の長さは約100万トークン。OpenRouterの表示では1,310,720トークンまで対応しています。数百ページのマニュアルを丸ごと渡して、その内容を踏まえて回答させることが可能です。

計算量を減らす2つの工夫

長文を読ませると、ふつうAIは急激に重くなります。Z.aiはそこに2つの手を打ちました。

1つめはIndexPoolです。100万トークンの文脈を扱う際、アテンション(どの単語に注目するかを計算する処理)の計算量を約3分の1に、KVキャッシュ(会話の途中経過を保存するメモリ)を4.4倍圧縮したとされています。

2つめはmHC(Manifold-Constrained Hyper-Connection)という接続方式です。これにより、前世代のGLM-4.5と比べて動くパラメータ数と層の数をおよそ半分にできたと説明されています。

そして最大の目玉が公開条件です。重みはMITライセンスでHugging Faceに置かれました。改変も商用利用も、ほぼ制限なく認められる条件です。FP8形式のチェックポイントで、容量は約306GiBあります。

ベンチマークの実力 Claude Opus 4.8まであと0.7点

気になるのは「安いけど性能はどうなの」という点ですよね。公表されている数字を並べます。

  • Terminal-Bench 2.1(端末操作の実務力): GLM-5.3-Flash 84.3 / Claude Opus 4.8 85.0 / Gemini 3.7 Flash 85.8 / GPT-5.6 Terra 87.4
  • Z.ai Code Bench v1.0(コーディング): GLM-5.3-Flash 29.0 / Claude Opus 4.8 29.5
  • DeepSWE v1.1(ソフトウェア修正): GLM-5.3-Flash 63.4 / 前世代GLM-5.2 46.2
  • OfficeQA Pro(画像・資料の読み取り): GLM-5.3-Flash 62.4。Claude Opus 4.8とDeepSeek-V4-Vision-Expを上回る
  • Artificial Analysis Intelligence Index: 57、Agentic Index: 58

注目すべきはTerminal-Bench 2.1です。84.3点と85.0点の差は、わずか0.7点。100分の1近い価格でここまで来たことになります。

前世代からの伸びも大きいですね。DeepSWE v1.1は46.2から63.4へ。約1.4倍の改善です。

数字を鵜呑みにしない

ただし、冷静さも必要です。

「Z.ai Code Bench」は名前のとおりZ.ai自身が作ったベンチマークです。開発元が自社モデルに有利な問題を選んでいないとは言い切れません。

首位のGPT-5.6 Terra(87.4)とは3.1点の開きもあります。「Opus 4.8並み」という表現は、あくまで一部の指標での話だと受け止めるのが妥当です。

価格が桁違い 出力料金は最上位モデルの100分の1

いちばんインパクトがあるのは料金です。

公開記念の割引価格は、100万トークンあたり入力0.075ドル(約12円)、出力0.25ドル(約39円)。一度読ませた内容を再利用するキャッシュ入力は0.015ドル(約2円)です。

この割引は2026年9月9日24時(UTC+8)まで。その後は倍の、入力0.15ドル・出力0.50ドルに戻ります。Z.aiは1タスクあたりの実費を約0.045ドル(約7円)と示しています。

比較すると差がはっきりします。Claude Opus 5は入力5ドル、出力25ドルです。出力で見ると、GLM-5.3-Flashは100分の1。入力でも約67分の1にあたります。

月間コストで考えるとどうなるか

ある通販会社のカスタマーサポートを想像してみてください。問い合わせ対応をAIに下書きさせていて、月に5億トークンの出力が発生しているとします。

Opus 5なら、出力だけで12,500ドル。日本円でおよそ194万円です。同じ量をGLM-5.3-Flashの割引価格でまかなうと125ドル、約1万9千円で収まります。

もちろん精度は完全に同じではありません。それでも、この差なら「まずFlashで下書きを作り、難しい案件だけ上位モデルに回す」という二段構えが現実的な選択肢になります。

なお、Z.aiの「GLM Coding Plan」を契約している人は、フラッグシップのGLM-5.3と比べて3倍のクォータ(利用枠)でFlashを使えます。

競合モデルと比べてどう違う?

近いポジションのモデルと並べて整理します。

  • GLM-5.3(Z.aiのフラッグシップ): 2026年8月14日発表。料金は入力1.40ドル・出力4.40ドル。Flashはその約10分の1の価格帯です
  • Claude Opus 5: 入力5ドル・出力25ドル。総合精度では上位ですが、重みは非公開です
  • GPT-5.6 Terra / Sol: Terminal-Bench 2.1で87.4と首位。こちらも重みは非公開です
  • Gemini 3.7 Flash: 同ベンチで85.8。速度重視の低価格帯という立ち位置が近いモデルです

フラッグシップとの「公開のされ方」の差

興味深いのは兄貴分との違いです。

フラッグシップのGLM-5.3は8月14日に発表されましたが、重みの公開は約2週間延期されました。理由は開発の遅れではありません。訓練中にサイバー攻撃関連の能力が想定以上に伸びてしまい、安全性評価をやり直す必要が生じたためだと説明されています。

対してGLM-5.3-Flashは、発表と同時にMITライセンスで重みが出ました。「安いほうが先に開かれた」という、少し皮肉な順序になっています。

中国製チップで動いている、という事実の重さ

技術面より広い意味を持つのが、動かしている土台の話です。

Z.aiによれば、Ox Alphaのプレビューは数万基規模の中国国産AIアクセラレータのクラスタ上で提供されました。高帯域の相互接続で結んだ構成で、当初のベースラインと比べてサービング性能が3倍に改善したとしています。

ただしチップのベンダー名や型番は公表されていません。「Huaweiだ」「Cambriconだ」といった特定は、現時点では推測の域を出ません。

参考になるのは前世代の実績です。GLM-5では、Huawei Ascend、Moore Threads、Cambricon、Kunlunxin、Hygon、MetaX、Enflameという中国系7つのチップ基盤への対応が進められてきました。

つまり、NVIDIAのGPUを使わずに世界最上位クラスに近いモデルを運用できることが、実利用の規模で示されたわけです。半導体の輸出規制が続くなかで、この意味は小さくありません。

導入前に押さえておきたい注意点

期待が大きい話ほど、条件も確認しておきたいところです。

まず、オープンウェイトは「学習データの公開」ではありません。公開されたのはコードと重みであって、何を学ばせたかまで開示されたわけではないのです。

次に、公表ベンチマークの多くは開発元発表である点。自社の業務データで試してから判断するのが安全です。

そして、Z.aiのAPIを使う場合は入力データが中国のサーバーを経由します。機密情報を扱うなら、自社環境に重みを置く形を検討してください。

日本のユーザーと企業にとって何が変わるか

日本から使えるのか、という点も確認しておきます。

APIならすぐ使える

OpenRouter経由で、日本からもそのまま呼び出せます。提供プロバイダーはZ.ai本体のほか、NovitaAI、GMICloud、Modal、Parasail、Cloudflare、DeepInfra、io.netなど9社にのぼります。

選択肢が多いのは、実務では地味に効きます。1社が混雑しても別の経路に切り替えられるからです。

自社サーバーに置けることの価値

MITライセンスの効果がいちばん大きいのは、データを外に出せない現場です。

たとえば地方自治体の窓口業務を考えてみましょう。住民の相談内容を要約させたくても、個人情報を外部APIに送るわけにはいきません。重みを庁内のサーバーに置けるなら、この壁を越えられます。

病院でも同じです。カルテの下書きや検査画像の読み取り補助にAIを使いたい医療機関は多いものの、患者データの持ち出しは大きな制約になっています。院内で完結する構成が組めるかどうかは、導入可否を左右する条件です。

推論エンジンはSGLang、vLLM、TokenSpeed、KTransformersに対応済みです。公開初日から動かせる環境が整っている点は評価できます。

ハードルは「306GiB」という容量

とはいえ、誰でも自宅で動かせるわけではありません。

FP8形式でも約306GiBあります。ノートパソコンはもちろん無理で、現実的には高性能GPUを複数枚束ねたサーバーが必要です。個人が試すならAPI経由が素直でしょう。

日本語の性能についても、公式に詳しい数値は出ていません。GLMシリーズは中国語と英語が中心です。日本語の敬語やビジネス文書でどこまで通用するかは、自分の業務データで確かめる工程が要ります。

よくある質問(FAQ)

Q1. 「Ox Alpha」はもう使えないのですか?

匿名での無料提供は終了しました。現在は「GLM-5.3-Flash」という正式名称で、有料APIとして提供されています。中身は同じモデルです。

Q2. MITライセンスなら、商用サービスに組み込んでも大丈夫ですか?

MITライセンスは、著作権表示を残せば改変も再配布も商用利用も認める、非常に緩い条件です。企業のプロダクトへの組み込みも可能とされています。ただし契約や規約は変わることがあるため、実際に導入する前に最新のライセンス文書を確認してください。

Q3. Claude Opus 4.8やGPT-5.6から乗り換えるべきでしょうか?

用途によります。Terminal-Bench 2.1では0.7点差まで迫っていますが、首位のGPT-5.6 Terraとはまだ3.1点の開きがあります。定型的で量の多い処理はFlashに任せ、精度が最重要の場面は上位モデルに残す使い分けが現実的です。

Q4. 中国製モデルを業務で使うのは安全ですか?

APIを使う場合、入力内容は提供元のサーバーを通ります。機密情報を扱うなら、重みをダウンロードして自社環境で動かす方式を選んでください。MITライセンスで公開されているため、この選択ができる点がGLM-5.3-Flashの強みです。

Q5. 割引が終わったら料金はどうなりますか?

2026年9月9日24時(UTC+8)を過ぎると、入力0.15ドル・出力0.50ドルと、現在の倍になります。それでも最上位モデルと比べれば大幅に安い水準です。

まとめ

  • 謎のステルスモデル「Ox Alpha」の正体は、中国Z.aiの「GLM-5.3-Flash」でした
  • 6日間で23.2兆トークンを処理。OpenRouterで2位のおよそ2.3倍という利用量を記録しました
  • 総パラメータ3200億/アクティブ180億のMoE。約100万トークンの文脈と、画像・動画の入力に対応します
  • Terminal-Bench 2.1で84.3点。Claude Opus 4.8の85.0点にあと0.7点まで迫りました
  • 割引価格は入力0.075ドル・出力0.25ドル。出力はClaude Opus 5のおよそ100分の1です
  • MITライセンスでHugging Faceに公開。自社サーバーでの運用も可能です
  • 数万基規模の中国国産AIチップで運用された点も、業界にとって大きな意味を持ちます

まずはOpenRouter経由で、ふだんの業務に近いタスクを10件ほど投げてみてください。割引が切れる9月9日までなら、実力の見極めにかかる費用は数十円で済みます。

参考文献