• 2026年9月1日、OpenAIがChatGPTとEpic(世界最大級の電子カルテ)の連携を発表した
  • 医師は3億2500万人分を超える患者記録から、必要な情報をChatGPTに取り込んで質問できる
  • 連携は「読み取り専用」で、AIがカルテに書き込むことは一切ない
  • 患者側では週3億人がChatGPTに健康の質問をしており、1月の2億3000万人から急増している
  • ただし対象は米国のみ。日本の電子カルテは規格がバラバラで、当面は連携できない

もし主治医が、診察室に入る前の5分間であなたの過去6か月分のカルテをAIに要約させていたら——どう感じますか。2026年9月1日、それが米国で現実になりました。OpenAIがChatGPTを電子カルテの本丸「Epic」につないだのです。何ができて、何ができないのか。日本の私たちに関係あるのかを、順番に整理します。

9月1日、ChatGPTが「カルテの中」に入った

OpenAIは2026年9月1日、ChatGPTの健康機能とEpic(エピック)の連携を発表しました。

Epicは米国で最大級のEHR(電子カルテ。診療記録をデジタルで管理する仕組み)ベンダーです。そのネットワークがカバーする患者記録は3億2500万人分を超えます。米国の人口はおよそ3億4000万人ですから、国民のほぼ全員分の診療記録が技術的にChatGPTの視界に入ったことになります。

公的な医療データにも同時につながった

この連携と合わせて、ChatGPTは公式の医療データ源も参照できるようになりました。

対象には、医学論文データベースのPubMed、臨床試験の登録簿ClinicalTrials.gov、医薬品情報のDailyMed、薬の名称を標準化したRxNorm、公的保険の給付範囲を示すCMS Coverageなどが含まれます。ネット上の怪しい健康情報ではなく、政府や学術機関が管理する情報源に直接つながる。ここが従来のチャットAIとの決定的な差です。

土台にある「週3億人」という数字

この発表が重い理由は利用規模にあります。OpenAIによると毎週およそ3億人が健康や医療についてChatGPTに質問しており、2026年1月時点の2億3000万人から8か月で7000万人ほど増えました。

そして2026年7月23日、健康機能は米国の18歳以上へ広く開放されました。初期テスターの7割以上が「専用画面よりいつものチャットの中で扱いたい」と答えたため、医療記録やApple Healthのデータを普通の会話で参照できる形に変わっています。

医師はChatGPTで何ができるようになったのか

ここからが今回の本題です。患者本人ではなく、医療者側の話になります。

「過去6か月の薬の変更を全部出して」が通る

医師は、権限のある患者の記録をChatGPTに取り込めます。取り込める情報は、診察記録、検査結果、処方薬、専門医からの紹介文書などです。

そのうえで、話し言葉のまま指示を出せます。

  • 「この患者の過去6か月の薬の調整をすべてリストにして」
  • 「直近の専門医のノートを要約して」
  • 「検査値の推移で気になる変化はどこ?」

従来ならカルテ画面を何枚もめくり、時系列をたどる作業です。ここが数分から数十秒に縮む可能性があります。

外来が始まる前の5分間を想像してみてください

ある内科医の朝を考えてみます。9時からの外来に、3年ぶりに来院する糖尿病の患者が予約を入れています。その間に患者は別の病院にもかかり、循環器の専門医にも診てもらい、薬も何度か変わりました。カルテには膨大な記録が積み上がっています。

従来なら医師は当日の朝に自力で読み込みます。忙しければ「とりあえず前回処方を見る」だけで診察に入ることも珍しくありません。

今回の連携では、その5分間で「この3年間の治療方針の変化と、直近で追加された薬をまとめて」と頼めます。診察室に入る前に、患者の物語の全体像が手に入るわけです。

書き込みは一切しない、という線引き

重要なのは、この連携が読み取り専用だという点です。

OpenAIは「ChatGPTは健康記録に何も書き戻さない」と明言しています。AIが勝手に診断名を入力したり、処方を変えたりすることはありません。

カルテは法的な記録です。誰がいつ何を書いたかが問われる文書にAIが自動で手を入れれば、責任の所在が一気に曖昧になります。「AIには読ませるが、ペンは渡さない」。医療AIの現時点での安全ラインが、ここに表れています。

医療機関向け「ChatGPT for Healthcare」という受け皿

今回のEpic連携は、突然出てきた話ではありません。土台は2026年1月12日に発表されたChatGPT for Healthcareです。

これは研究者・臨床医・事務職員が使う、医療機関専用のワークスペースです。GPT-5系のモデルが動いており、医師主導のテストを経ています。

病院が求める「守り」の機能が揃っている

医療機関がAIを導入するとき、性能より先に問われるのが情報管理です。

  • BAA(事業提携契約):HIPAA(米国の医療情報保護法)に沿った利用を支える契約をOpenAIと結べる
  • データの保存場所の指定:どの地域にデータを置くか選べる
  • 監査ログ:誰がいつ何を見たかを記録に残せる
  • 顧客管理の暗号鍵:暗号化の鍵を病院側が握れる
  • 役割ごとのアクセス制御:職種によって見られる範囲を分けられる

すでにAdventHealth、Baylor Scott & White Health、ボストン小児病院、シダーズ・サイナイ医療センター、HCA Healthcare、メモリアル・スローン・ケタリングがんセンター、スタンフォード小児医療、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)といった大手医療機関が導入しています。米国の名門が名を連ねている点は、無視できない事実です。

プライバシーはどう守られるのか

健康関連の会話、連携したアプリ、アップロードしたファイルは、ChatGPTの他の部分から切り離されたサンドボックス(隔離された領域)で扱われます。専用の記憶領域を持ち、通信中も保存時も暗号化されます。

そして医療記録やApple Healthの情報は、基盤モデルの学習にも広告のターゲティングにも使われないとされています。連携は本人の許可が前提で、いつでも解除できます。

競合と比べて、何が違うのか

医療AIの世界に、OpenAIが最初に来たわけではありません。むしろ後発です。主要なプレイヤーと並べてみましょう。

Microsoft Dragon Copilot

MicrosoftがNuance(ニュアンス)を買収して育てたサービスです。診察中の会話を聞き取り、カルテの下書きを自動で作るアンビエントAIスクライブ(会話から記録を作るAI)の代表格で、EpicともOracle Healthとも深く統合済み。市場調査ではMicrosoft/Nuance陣営が約33%のシェアを持つとされています。

Abridge

アンビエントAIスクライブの専業として急成長し、シェアは約30%と見られています。Epicを使う大規模医療システムでの採用が目立ち、最近は保険の事前承認業務へも軸足を広げています。

Amazon HealthScribe

生成したカルテの一文一文を、会話のどの部分から作られたかまで紐づけるのが特徴です。「AIがなぜそう書いたか」を後から追える設計で、医療訴訟への備えとして評価されています。

OpenAIの立ち位置は「記録を書く」ではなく「記録を読む」

Dragon CopilotもAbridgeも、主戦場は「カルテを書く手間を減らす」ことです。対してOpenAIの今回の一手は「すでにあるカルテを読み解く」方向で、役割が正面衝突していません。

しかも患者本人が使う週3億人規模の入口と、医療機関向けの業務システムを、同じChatGPTという看板の下に持っています。患者と医師の両側から攻められるのは、現状OpenAIだけです。

ただしEpicやathenahealthといったEHRベンダー自身も、AIスクライブ機能を無料で提供し始めています。市場の再編は加速しています。

日本の医療現場はどうなるのか

ここが日本の読者にとって一番気になる部分でしょう。結論から言うと、今回の連携は米国限定です。日本の病院のカルテはつながりません。

技術的な壁:日本のカルテは「方言だらけ」

根っこにあるのは規格の問題です。米国の電子カルテは標準化が進み、FHIR(ファイア。医療データをやり取りする国際規格)で外部とつなぐ道が整っています。EpicやOracle Healthのような大手に集約されている点も大きいです。

一方、日本の電子カルテは富士通、NEC、東芝といった国内ベンダーが中心で、Epicの導入事例は事実上ありません。しかもメーカーごとに仕様が異なり、外部接続が難しいのが実情です。同じ「電子カルテ」という言葉でも、中身は方言だらけなのです。

国も動いている:標準型電子カルテ

とはいえ日本が止まっているわけではありません。厚生労働省はデジタル庁と組んで、クラウド型の「標準型電子カルテ」の開発を進めています。2025年には未導入の診療所を対象にα版のモデル事業が始まり、中小病院向け・診療所向けの標準仕様も公表されました。

公的資料によれば導入率は病院で約8割、診療所で約7割。土台はあり、あとは「つなげる形」に揃える段階です。ただし医療情報の扱いには「3省2ガイドライン」という国内ルールがあり、日本では性能より先にこの適合が問われます。

国内勢はすでに現場に入っている

たとえばUbie(ユビー)は、患者向けの症状検索アプリだけでなく病院向けシステムも展開しています。電子カルテと連携して患者情報をワンクリックでまとめ、個別ページを自動生成する機能を持ちます。黒船が上陸できない間に国内勢が現場に食い込んでいる構図は、悪い話ではありません。

ただし、標準型電子カルテが普及し、FHIRでの接続が当たり前になった先には、海外勢が一気に入ってくる可能性があります。猶予期間は永久ではないということです。

見落としてはいけない3つのリスク

ここまで可能性の話をしてきました。同じ熱量で、危うさも見ておく必要があります。

1. 「99.1%安全」の残り0.9%

OpenAIは、27の臨床ユースケースについて医師から4300件を超える評価を集め、回答の99.1%が安全だったと説明しています。緊急受診が必要な場面で正しくそう勧めた割合も99%を超えたとされています。

数字としては高い。ですが医療では、1000回に9回の誤りが取り返しのつかない結果になり得ます。工業製品なら99.1%は優秀な歩留まりですが、人命ではその残りをどう扱うかが本番になります。

2. すでに訴訟が起きている

米国では、ChatGPTの健康関連の助言をめぐる訴えがすでに報じられています。危険な助言を受けたとして提訴した件や、薬の用量に関する誤った助言で家族が賠償を求めた件が伝えられています。

AIが医療に近づくほど、法的な責任の線引きは避けて通れません。誰が最終判断をし、それを記録でどう示すのか。制度側の整備は技術に追いついていないのが現状です。

3. 「いつ使うか」を決めるのは病院側

もう一つ、地味ですが本質的な課題が運用ルールです。ツールが優秀でも「どの場面で使い、どこでは使わないか」を決めるのは医療機関自身。要約を鵜呑みにする医師が出れば、便利さはそのままリスクに変わります。

AIの要約はあくまで下読みであり、判断の代わりではない。この線を組織として引けるかが、導入の成否を分けます。

よくある質問(FAQ)

Q1. 日本からChatGPTの健康機能は使えますか?

健康に関する会話そのものは日本からでも可能です。ただし医療記録の連携は米国限定で、日本の病院のカルテをつなぐことはできません。国内の電子カルテは規格が統一されておらず、当面は対象外と考えるのが妥当です。

Q2. ChatGPTが勝手に私のカルテを見ることはありますか?

ありません。連携には本人の明示的な許可が必要で、いつでも解除できます。医師側のEpic連携も権限のある臨床医が対象です。連携したデータは基盤モデルの学習や広告のターゲティングには使われないとされています。

Q3. AIがカルテに書き込んで、内容が改ざんされる心配は?

今回の連携は読み取り専用です。ChatGPTが健康記録に書き戻すことはないとOpenAIが明言しています。AIは読むだけで、記入するのは従来どおり医療者です。

Q4. これでAIが医師の代わりに診断するようになるのですか?

いいえ。今回の機能は情報の整理と要約が中心で、診断や治療方針の決定は医師が行います。安全性99.1%という数字も、裏を返せば人間の確認が前提だという意味です。

Q5. 日本の医療機関が同じことをするには何が必要ですか?

電子カルテの標準化と、3省2ガイドラインへの適合が土台になります。厚生労働省が進める標準型電子カルテが普及し、FHIRでの外部接続が一般化すれば、同種の連携は技術的に見えてきます。

まとめ

  • 2026年9月1日、OpenAIがChatGPTとEpicの連携を発表。医師が患者記録をAIに取り込めるようになった
  • Epicのネットワークは3億2500万人分を超える患者記録をカバーする
  • 連携は読み取り専用で、AIはカルテに何も書き戻さない
  • 患者側では週3億人が健康の質問をしており、1月の2億3000万人から急増
  • 競合のDragon CopilotやAbridgeが「書く」支援なのに対し、OpenAIは「読む」支援で差別化
  • 米国限定。日本は電子カルテの規格が揃わず当面つながらないが、標準型電子カルテで下地は進行中
  • 安全性は99.1%。高い数字だが、医療では残りをどう扱うかが問われる

まずは自分がAIに健康の相談をするとき、その情報がどこに保存され、何に使われるのかを一度確認してみてください。医療とAIの距離は、想像より速く縮んでいます。

参考文献