ゲームのヤギで本物のAI誕生|MS研究者の実験

伊東雄歩
監修者 伊東 雄歩

株式会社ウォーカー CEO。東北大学卒。MENSA会員、JDLA認定講師、健全AI教育協会理事。生成AI×教育・学習科学を専門とし、2億円超のシステム開発プロジェクトを統括。

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  • マイクロソフトの研究者が、名作ゲーム『エイジ オブ エンパイアII』の中に本物のニューラルネットワークを作りました
  • 使った材料は、なんとゲーム内の「ヤギ」。草の上なら0、橋の上なら1として計算します
  • 完成したのは、足し算の論理を学習する小さなAI(1ビットのパーセプトロン)です
  • 研究の狙いは「AIを人間っぽく語りすぎる風潮」への警告。論文では315本のAI論文の57%がその思い込みをしていたと指摘します
  • マインクラフトやテラリアでも同じように計算機が作られており、ゲームが立派な「計算の土台」になることがわかります

「AIには心がある」「チャットボットは人間みたいに考えている」。そんな話を聞いたことはありませんか?でも、もしその理屈が正しいなら、22年前のゲームの中で歩き回る「ヤギ」にも心があることになってしまうかもしれません。今回は、ゲームのヤギで本物のAIを作ってしまった、ユニークで深い研究を紹介します。

『エイジ オブ エンパイアII』のヤギで何が起きたのか

話の主役は、マイクロソフトのシニア研究者で、英ヨーク大学の研究員も務めるエイドリアン・デ・ウィンター氏です。

彼が選んだ舞台は、1999年に発売された名作ストラテジーゲーム『エイジ オブ エンパイアII』。中世を舞台に、町を発展させて戦う人気ゲームです。

デ・ウィンター氏は、このゲームに付いている「マップエディタ(自分でステージを作れる機能)」を使いました。

そしてゲーム内のヤギを「信号」に見立てて、本物のニューラルネットワーク(人間の脳をまねたAIの仕組み)を組み上げたのです。

普通なら、AIはパソコンの計算チップの中で動きます。それを、あえて中世ゲームのヤギで再現してしまったわけです。

ヤギが「0と1」になる仕組み

コンピューターの計算は、すべて「0」と「1」の組み合わせでできています。これを2進数と呼びます。

デ・ウィンター氏は、この0と1をヤギの「居場所」で表現しました。

  • 草の上にいるヤギ = 0
  • 橋の上にいるヤギ = 1

つまり、ヤギがどこに立っているかを見れば、それが0なのか1なのかがわかる、という仕組みです。

さらに、ヤギの動きを使って「論理ゲート」も作りました。論理ゲートとは、計算の一番小さな部品のことです。

彼が組んだのは「NANDゲート」という基本部品。これを組み合わせると、理論上はどんな複雑な計算でも作れます。

ヤギの渋滞を防ぐ「氷の坂道」

ここで困るのが、ヤギが勝手に動いて計算の順番がぐちゃぐちゃになることです。

そこで活躍するのが、ゲーム内の「氷の坂道」。坂道の手前でヤギを待たせることで、信号が混ざらないように交通整理をしているのです。

ゲームの地形そのものが、回路の配線として使われているわけですね。

完成したのは「足し算を学ぶAI」

では、ヤギたちは最終的に何を計算できるようになったのでしょうか。

完成したのは、2つの「XNORゲート」と1つの「ANDゲート」を組み合わせた回路でした。

これは「1ビットのパーセプトロン」と呼ばれる、もっとも小さなAIの一種です。パーセプトロンとは、データから簡単なルールを学ぶ仕組みのことです。

このヤギAIは、「AND演算(両方が1のときだけ1になる計算)」をちゃんと学習できました。

規模はとても小さいですが、間違いなく「学習するAI」がゲームの中で動いたのです。

なぜわざわざヤギでAIを作ったのか

「面白いけど、何の役に立つの?」と思うかもしれません。実はここに、この研究の一番大事なメッセージがあります。

デ・ウィンター氏が書いた論文のタイトルは、ずばり「もしLLMが人間のような特性を持つなら、『エイジ オブ エンパイアII』もそうだ」です。LLMとは、ChatGPTのような文章を書けるAIのことです。

彼が問題にしているのは、AIを安易に「人間っぽい」と語ってしまう風潮です。

論文では、2024年半ばから2026年半ばに出た315本のAI論文を調べました。すると、そのうち57%が「AIは人間のような特性を持っている」と最初から決めつけて議論を始めていたといいます。

「人間っぽさ」は中身ではなく見た目で決まる

彼の主張はシンプルです。

同じ計算でも、チャット画面に文字で出てくると「人間みたい」と感じます。でも、その答えをゲーム内のヤギの動きで見せられたら、誰も「ヤギに心がある」とは思いません。

つまり「人間っぽさ」は、AIの中身ではなく、見せ方(プレゼンテーション)で決まっているというわけです。

だからこそ彼は、「自然な言葉で訓練されたからといって、AIが人間のように振る舞うと決めつけるのはやめよう」と訴えています。AIの能力は、思い込みではなく実際の動きで測るべきだ、という主張です。

ゲームの中に計算機を作る文化

実は「ゲームの中に計算機を作る」試みは、今回が初めてではありません。世界中の技術好きが挑戦してきた、ひとつの文化なのです。

代表例をいくつか挙げてみましょう。

  • マインクラフト:「レッドストーン」という仕組みで論理回路を作れます。CPU・メモリ・画面表示まで作られ、ゲーム『テトリス』が動いた例もあります
  • テラリア:ゲーム内の配線機能を使って、32ビットの本格的なCPU(RISC-V)が作られました
  • エイジ オブ エンパイアII:今回のヤギによるニューラルネットワーク

これらに共通するのは、「十分に自由なゲームは、理論上どんな計算でもできる」という事実です。専門用語では「チューリング完全」と呼びます。

ただし、マインクラフトの計算機がとてつもなく遅くて巨大なように、実用性はありません。あくまで「やればできる」を証明する遊び心の世界です。

日本のユーザーや教育現場への影響

この話は、海外の研究者だけのものではありません。日本にとっても、2つの意味で身近です。

1つ目はAI教育の入り口として優秀なことです。

「ニューラルネットワーク」と聞くと難しそうですが、「ヤギが草の上なら0、橋の上なら1」と説明されれば、子どもでもイメージできます。学校や塾でAIの基本を教える教材として、とても分かりやすい題材です。

2つ目はAIとの付き合い方への警告です。

日本でもChatGPTなどを使う人が一気に増えました。中には「AIが私の気持ちをわかってくれる」と感じる人もいます。

しかしこの研究は、「それは見た目に惑わされているだけかもしれない」と教えてくれます。AIを便利な道具として冷静に使うために、知っておきたい視点です。

よくある質問(FAQ)

Q1. ゲームのヤギで作ったAIは、本当に「AI」なんですか?

はい、規模は小さいですが本物です。データからルール(AND演算)を学習する「パーセプトロン」という仕組みが、ちゃんと動いています。ChatGPTのような巨大AIとは比べものになりませんが、原理は同じ仲間です。

Q2. なぜ「ヤギ」だったのですか?

『エイジ オブ エンパイアII』には、もともとヤギが登場します。研究者はこのヤギの「居場所」を0と1の信号として利用しました。特別な改造をせず、ゲームの標準機能だけで作った点がすごいところです。

Q3. この研究は何を言いたかったのですか?

「AIを人間っぽく語りすぎるのはやめよう」というメッセージです。同じ計算でも、チャット画面だと人間らしく見え、ヤギの動きだとそう見えません。つまり人間らしさは中身ではなく見せ方の問題だ、と指摘しています。

Q4. 自分でもゲームの中に計算機を作れますか?

マインクラフトの「レッドストーン」を使えば、初心者でも簡単なAND回路やNOT回路から挑戦できます。ネット上に作り方の解説も多くあります。AIの基礎を遊びながら学ぶ入り口としておすすめです。

まとめ

今回の研究のポイントを振り返ります。

  • マイクロソフトの研究者が『エイジ オブ エンパイアII』の中に本物のニューラルネットワークを作った
  • ヤギの居場所(草=0、橋=1)を信号にして論理回路を構築した
  • 完成したのは、足し算の論理を学ぶ1ビットのパーセプトロン
  • 狙いは「AIを人間っぽく語りすぎる風潮」への警告で、論文では315本中57%がその思い込みをしていた
  • マインクラフトやテラリアと同じく、ゲームが計算の土台になることを示した

まずは身近なChatGPTを使うとき、「これは便利な計算の道具なんだ」と一歩引いて眺めてみることから始めてみましょう。

参考文献

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