• さくらインターネットの田中邦裕社長とSakana AIの石井順也氏が「100%国産AIは不可能で、合理的でもない」と明言しました
  • 2026年6月、米政府の指示でAnthropicの最新モデルが外国籍ユーザーに全面停止。「同盟国だから安心」が崩れました
  • ソブリンAIの本質は「国籍」ではなく「コントロール」。データ主権・運用主権・技術主権の3つに分けて考えます
  • Sakana AIは海外のオープンモデルを事後学習で日本仕様に変える方式。回答拒否率72%をほぼ0%にした実績があります
  • 日本企業がいますぐ確認すべきは「学習に使われないか」「データはどこにあるか」「別のAIに差し替えられるか」の3点です

使っていたAIが、ある朝とつぜん使えなくなったら。あなたの会社の業務は止まりませんか。2026年6月、これは実際に起きました。日本でいま「国産AI」が熱く語られる理由と、その熱に冷や水を浴びせる「100%国産は無理」という現実解を、専門家2人の対談から整理します。

「100%国産は不可能」――専門家2人が出した結論

2026年8月18日、ITmediaが特集「LLMはどこまで『国産』であるべきか?」の最終回を公開しました。

登場したのは2人です。さくらインターネットの田中邦裕社長と、Sakana AIの国際政治アナリスト・石井順也氏。日本のAIインフラと国産モデルの、それぞれ最前線にいる人たちです。

この2人が出した結論は、意外なものでした。

石井氏はこう言い切ります。「この4つのレイヤーを100%賄うことは不可能で、合理的でもない」。しかも「それは日本に限った話ではなく、どの国でも難しい」と続けました。

ここで出てくるのがソブリンAI(自国でAIをコントロールできる状態のこと)という言葉です。「ソブリン」は英語で「主権」を意味します。

ただし2人が語るソブリンAIは「全部を日本製にすること」ではありません。

要点は「国籍」ではなく「コントロール」。特定の相手に依存できなくなっても事業を続けられる選択肢を持っておくこと。それがソブリンAIの中身だ、というのが共通見解でした。

引き金は6月の「Claude Fable 5」全面停止

なぜいま、この議論が切実なのでしょうか。きっかけになった事件があります。

公開からわずか数日で遮断された

2026年6月12〜13日(世界標準時)、米国政府がAnthropic(クロード開発元の米AI企業)に対して、ある命令を出しました。

内容は、最先端モデル「Claude Fable 5」と「Claude Mythos 5」への外国籍ユーザーのアクセスを即座に停止せよというものです。ハワード・ラトニック商務長官から、ダリオ・アモデイCEO宛に書簡が届きました。

公開されてから、まだ数日しか経っていないタイミングでした。

しかも対象が広い。米国の外にいる人だけでなく、米国内にいる外国籍の人、さらにAnthropic社内の外国籍社員まで含まれていました

Anthropicは即日、グローバルで外部アクセスを止めました。なおClaude Opus 4.8など他のモデルは影響を受けず、通常どおり動いています。

「同盟国だから大丈夫」が崩れた瞬間

この一件が、日本の関係者に与えた衝撃は小さくありませんでした。

田中氏はこう振り返ります。「以前は『同盟国だから大丈夫』という文脈で語られていた。しかし昨今の米国輸出規制を見ると、同盟国であってもソフトウェアやサーバが使えなくなり得ることが露呈した」

最新モデルを前提に自社サービスを組んだ日本のスタートアップを想像してみてください。ある朝、「本日よりご利用いただけません」の通知が届きます。

技術的な障害ではないので、待っていても復旧しません。田中氏は「『そんなこと起こるわけない』と言われていたことが、全部起こっている」とも語っています。

田中社長の「3つの主権」で整理する

では、何をどこまで自分たちで持てばいいのでしょうか。田中氏はソブリンAIを3つに分解して説明します。

データ主権・運用主権・技術主権

田中氏の定義はこうです。

  • データ主権:データが国内に置かれ、国内に閉じて管理されること
  • 運用主権:インフラの運用や、サーバをどこに置くかの意思決定権を握ること
  • 技術主権:モデルやソフトウェアを自分たちで作れること

そして、この3つそれぞれに現実の問題が起きている、と田中氏は指摘します。

データ主権では「海外のサーバからデータを抜かれた」という問題。運用主権では「日本にサーバー投資がない」という問題。技術主権では「ソフトウェアの輸出禁止」という問題です。6月の一件は、まさに3つ目に当たります。

「学習に使われるかどうか」が分かれ目

ここで田中氏が最重要だと強調したのが、意外なポイントでした。

「一番重要なのは(入力データがモデルの)学習されるかどうか。データが日本にあったとしても、学習に使われてしまったら意味がない」

つまり「国内のデータセンターに置いています」だけでは足りない、ということです。自社のデータを自社の中に完全に閉じ込められるかどうか。そこが本当の分かれ目になります。

この考え方を進めると、面白い結論になります。田中氏いわく「中国発のオープンモデル『Kimi』や『Qwen』は高性能だが、そのモデルを国内のサーバーで使う分には、データは国外に出ない」

モデルの出身国と、データ主権の話は別なのです。

GPUは「原油」、クラウドは「ナフサ」

とはいえ、半導体だけはどうにもなりません。

田中氏も「NVIDIAのGPUを使わないという手はほとんどない」と認めています。ただし「米国企業ですらNVIDIAから買えるかどうかに全てがかかっており、日本固有の問題ではない」とも言います。

クラウドは「ナフサ」(原油から作られる工業原料)で、GPUという「原油」さえ買えれば自分たちで作れる。だから「そこから上のレイヤーの製品は全部作れる国であった方がいい」というのが田中氏の見立てです。

さくらはMicrosoftと組んだ

さくらインターネットは2026年4月3日、日本マイクロソフトとの協業を発表しました。「Microsoft Azure」のコンソールから、さくらの国内AI計算基盤を使えるようにするという内容です。

言語モデルなどの資産を国内に置いたまま、使い慣れたAzure環境から扱えます。同じ日、Microsoftは日本のAI成長に100億ドル(約1兆6000億円)を投じると発表しました。

海外大手と組むことは、ソブリンAIと矛盾しないのでしょうか。田中氏の答えは明快です。

「海外の優れた技術はどんどん日本で使うべきだ。ただ、使うだけになって日本で作れなくなるのは良くない。数年後には日本でも同等のサービスを提供できるようにする体制が必要だ」

さくらは国内で唯一ガバメントクラウドに認定された事業者です。GPUクラウド「高火力」には1000億円規模の投資計画を掲げ、売上高は2025年3月期の50億円超から2027年3月期に200億〜300億円を目指します。ただし先行投資がかさみ、2026年3月期は営業赤字。主権を持つには、それだけの体力がいるということです。

Sakana AIの「4レイヤー論」と多元化戦略

もう一方の石井氏は、AIサービスを4つの層に整理します。

4つの層のどこで戦うか

  • 素材層:電力や半導体
  • データ管理層:オンプレミス(自社設置サーバ)やクラウド
  • 基盤モデル層:AIモデルそのもの
  • アプリケーション層:実際に使うサービス

この4つを全部自前でやるのは無理。だから「レイヤーごとに海外への依存度を減らし、海外製品を使うにしても多元化してリスクを減らす」のが現実解だ、というのが石井氏の主張です。

そしてこれは日本だけの発想ではありません。石井氏は「日本や韓国、インド、オーストラリア、カナダのような『ミドルパワー』の上位国は、どこも同じ考え方をしている」と述べています。

海外モデルに潜む「価値観のクセ」

石井氏がもう1つ挙げたのが、モデルの出力に混じるバイアス(かたより)です。わかりやすいのは中国のモデルが出力をコントロールしている件でしょう。

ただし石井氏は米国も例外ではないと指摘します。「トランプ政権が既存モデルは『リベラルすぎる』と批判している。米国のモデルでも、出力に特定の価値観やバイアスが反映される可能性は十分あり得る」

「Namazu」は拒否率72%をほぼ0%にした

Sakana AIの答えが、2026年3月に発表したモデル「Namazu」です。海外のオープンモデルをベースに、事後学習(できあがったモデルに追加学習させて振る舞いを整えること)で日本仕様に作り替えます。

効果は数字に出ました。ベースのDeepSeek-V3.1-Terminusは、日本を含む政治・歴史・外交の質問の72%で回答を拒否。Namazu版ではほぼ0%まで改善したと報告されています。

狙いについて石井氏は「一方的に自分たちの主張だけを言うのではなく、日本のメディアが伝えるような、中立的かつ日本の立場もしっかり分かるようにする」と説明します。

そしてこの方式の本当の強みは、乗り換えやすさにあります。「1つのモデルが使えなくなっても、世界中の優れたオープンモデルをAI主権を担保できる形で利用できるようにしておけば、リスクは十分下げられる」。6月の停止事件への、これがひとつの答えです。

防衛分野では9.6億円の委託研究

Sakana AIは2026年2月10日、防衛装備庁の防衛イノベーション科学技術研究所と委託研究契約を締結しました。契約額は9億6546万9765円です。

テーマは、陸・海・空の部隊やドローンから届く画像・音声を統合分析し、指揮統制システム(C2システム)を高度化すること。エッジ端末で高速に動く小型の視覚言語モデルも使い、2年間の実証を進めています。

止められたら困る用途ほど、コントロールが要る。そういうことです。

他の国産LLMと何が違うのか【比較】

「国産AI」とひとことで言っても、作り方は大きく3つに分かれます。

3つのアプローチ

  • フルスクラッチ型:ゼロから基盤モデルを作る。NTTの「tsuzumi 2」やPreferred Networksの「PLaMo」がこの路線です。技術主権は最も強く持てますが、開発コストと時間がかかります
  • 追加学習型:海外モデルに日本語データを足して鍛える。ELYZAがMetaのLlamaを使う方式が代表例です
  • 事後学習・多元化型:Sakana AIのNamazu方式。ベースは選び直せる前提で、上に載せる技術で主権を確保します

NTTのtsuzumi 2は300億パラメータ。H100というGPU1基で推論できる設計を守り、推論コストを約10〜20分の1に抑えられるとされます。

PFNのPLaMo 2.2 Prime(2026年1月)は、日本語の指示追従ベンチマークJFBenchで31BモデルがGPT-5.1に匹敵する性能を出したと報告されています。

一方でSakana AIのNamazuは、性能よりも「差し替えられること」に価値を置いた設計。同じ土俵に見えて、狙う勝ち筋が違います。

海外はどう動いているか

フランスは2025年2月のAIアクションサミットで、官民あわせて1,090億ユーロのAIインフラ投資を発表しました。米中を除けば最大級のコミットメントです。2026年1月8日には、軍事・退役軍人省が省内の生成AIに自国スタートアップMistral AIの技術を採用すると発表しました。

日本も動いていないわけではありません。政府は2026年1月にソブリンAI戦略を本格始動させ、今後5年で約1兆円を投じ、約10社と組んで日本独自の基盤モデルを開発する構想を掲げています。デジタル庁が2026年3月に発表した政府向けAI「源内」の国産LLM選定では、15件の応募から7モデルが採択されました。

日本企業への影響と、いま確認すべき3つのこと

ここまでは国や大企業の話でした。では、ふつうの会社には何が関係するのでしょうか。

止まると困る現場は、すでにたくさんある

ある中小の製造業を思い浮かべてください。設計部門が図面の仕様書を海外のAIに読ませ、要点整理や英訳をさせています。その図面は自社の生命線ですが、学習に使われていないと誰が確認したでしょうか。

自治体の相談窓口も同じです。住民の問い合わせにAIが下書き回答する仕組みは珍しくなくなりました。扱うのは氏名や家族構成を含む情報。来月そのモデルが提供停止になったら、窓口は人力に戻せるでしょうか。

コールセンターでも通話の議事録と要約をAIに任せ、後処理時間を減らした企業は多い。業務がAI前提に作り替えられているほど、止まったときのダメージは大きくなります

今日からできるチェックリスト

難しい話ではありません。3つだけ確認してください。

  • 入力データが学習に使われない契約になっているか。無料プランと法人プランで扱いが違うことがよくあります
  • データが物理的にどこに保管されるか。「国内リージョン」を選べるかどうかを確認します
  • 別のモデルに差し替えられる作りになっているか。特定のAPIに直結せず、間に1枚レイヤーを挟んでおくだけで、乗り換えの手間は大きく変わります

とくに3つ目は、技術の話であると同時に経営のリスク管理です。Sakana AIが「事後学習の技術はいろいろなモデルに適用できる」ことを強みにしているのと、発想は同じです。

よくある質問(FAQ)

Q1. ソブリンAIとは、結局なんですか?

データ・運用・モデルを自分たちでコントロールできる状態のことです。すべてを国産にすることではありません。特定の依存先が使えなくなっても事業を続けられる選択肢を持っておく、というのが今回の対談で示された考え方です。

Q2. なぜ「純国産AI」は無理なのですか?

半導体レイヤーでのNVIDIA依存が避けられないからです。田中氏も「NVIDIAのGPUを使わないという手はほとんどない」と認めています。ただしこれは日本固有の弱点ではなく、米国企業を含む世界共通の課題です。

Q3. 中国製のオープンモデルを使うのは危険ですか?

用途によります。田中氏は、KimiやQwenのようなモデルでも国内サーバー上で動かす分にはデータは国外に出ない、と説明しています。一方で石井氏は、モデルの出力に特定の価値観が反映されるリスクを指摘しました。データが漏れるかどうかと、出力がかたよるかどうかは、別々に考える必要があります

Q4. うちの会社でもAIが急に使えなくなることはありますか?

可能性はゼロではありません。2026年6月の停止は最先端モデル2つに限られ、Claude Opus 4.8など他モデルは動き続けました。ただ「同盟国だから大丈夫」という前提は崩れたと考えるのが安全です。代替手段を用意しておく価値はあります。

Q5. 国産モデルなら安心ということですか?

国産であること自体が安全を保証するわけではありません。重要なのは、入力データが学習に使われないか、保管場所はどこか、そして乗り換えられるか。この3点はモデルの国籍とは別に確認する必要があります。

まとめ

  • さくらインターネット田中邦裕社長とSakana AI石井順也氏が、2026年8月18日公開の対談で「100%国産AIは不可能で、合理的でもない」と結論づけました
  • 背景には2026年6月12〜13日、米政府の指示でClaude Fable 5とMythos 5が外国籍ユーザーに全面停止された事件があります
  • 田中氏はソブリンAIをデータ主権・運用主権・技術主権の3つに分解し、「一番重要なのは学習に使われるかどうか」と強調しました
  • 石井氏は素材・データ管理・基盤モデル・アプリケーションの4レイヤーで整理し、依存の「多元化」を現実解として示しました
  • Sakana AIのNamazuは、ベースモデルの回答拒否率72%をほぼ0%に改善。防衛装備庁とは9億6546万円の委託研究も進行中です
  • 企業が確認すべきは「学習に使われないか」「データはどこにあるか」「差し替えられるか」の3点です

まずは自社が使っているAIサービスの契約画面を開いて、データの学習利用に関する設定を今日中に確認してみてください。

参考文献